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水の昔話②

「……桜音殿、薬屋はここでしょうか」


 水の優しい声が聞こえる。水の背中に埋めていた顔を上げれば、薬屋に到着していた。水は先ほどのしんみりした様子と打って変わって、凛とした雰囲気に戻る。そうか、さっきまでの水は、素だったのかもしれない。


 水は「一度降ろしますね」と桜音に声を掛け、長椅子の近くで桜音を下ろした。水は桜音が長椅子に腰掛けたのを確認すると、店の中への顔を向けた。


「よういらっしゃい。何の薬をご入用でしょうか」


 威勢の良い若い男が出てきた。医者や学者というより、商売人という雰囲気だった。男は桜音の顔を見ると眉を顰め、そのまま水に目線を移すと固まってしまった。


「えっ……?お前らーー」


 男は困惑したように二人を指差した。その瞬間に水が男に飛びついた。そのまま転がり混むように店の中へ入る。ドンガラガッシャーン!という効果音がそのままついたように、中で騒がしい音が響いた。



 水は男の顔を見て驚いた。男は桜音の顔を見て、そのあとに水の顔を見て、気付いてしまったようだ。さっきの今でこの男に会ってしまうなど、運命とは残酷すぎる。


 水の体は先に動いていて、男に飛び付き、店の中で取っ組み合いを始めてしまった。


「お、おい水!え!?お前なんで」

「うるさい黙れ、いいか、連れの娘は葉名じゃない、いいな、分かったか」

「え?」

「分かったのか?」

「分かった分かった……」


それだけで理解した男、彼の名はリクという。リクは、水よりもいくつか歳が上で、共に訓練を受けた男だ。忍びとして買われたはずだが、どこにいるかは水は知らなかった。


 立ち上がると、水はすかさずリクの襟を掴んだ。


「密偵か」

「待て待て……今はただの薬屋だよ」


 リクは両手を胸の前に上げて、水に降参している。


  信用できるものではない。忍が街に潜入するときは、茶屋、宿屋、薬屋が多い。そして、味方ならばその場所は共有されるべき事項でもある。リクが大坂城城下町にいることに、違和感があった。


 しばしリクを睨んだ後、今は桜音の手当てが先だと思い、水はリクから手を離した。


「ったく、相変わらず油断も隙もねえなあ〜」

「まさかリクがこんな所にいるなんて思わないだろう」


お互いに愚痴を言い合いながら、二人は外の長椅子で待つ桜音の元へ向かう。


「あ、水さま……」


 桜音の水への呼び方に、リクは可笑そうに笑った。なぜ忍びのお前が‘様’と呼ばれているのかと言いたいのだろう。脇差を腰に刺していることで、水が忍びとして生きていることを理解したに違いない。


「お前っ……なんで様呼びされてんだよ……!」


 相当面白いのか腹を抱えている。お前はそれでも薬屋かと脛を蹴ってやろうかと思ったが、桜音の前だったのでやめておいた。


「あだ名だ。それ以上笑ったら蹴飛ばすぞ」

「へいへい……。で、どうしたんだよ」

「この方の怪我を見てほしい。左足首を挫いているから、湿布薬をくれないか。あと、擦り傷用の薬も」

「かしこまりましたぁ。すみませんお嬢さん、少し具合を見せていただけますかい?」


 リクはそう言って桜音の前に跪いた。桜音は少し戸惑っているようなので、水は桜音へ声を掛ける。


「桜音殿、この男は私の知り合いで、リクといいます。そこまで怪しい男ではないので、ご心配なく」

「あ、はあ……」

「そこまでって、お前なあ」


 水の雑な説明に、リクはやれやれと首を振った。


 桜音は流れに任せるといった感じで、左足を差し出す。リクはそっとその足に触れて様子を見るが、桜音はどこか恥ずかしそうにしている。


 水は、やり場のない苛立ちを覚えた。普段、桜音が関わるのは自分を含めて女の方が多い。桜音が異性と関わることに、あまり気に止めなかった。こうして目の当たりにすると、どうも落ち着かない。


「……あの、水さまととても仲がよろしいのですね」

「いやあ。昔馴染みですからねえ。仲が良いのとは少し違うかも知れませんね」

「私から見ると、とても良く見えます。水さまはいつも敬語ですし……」


 桜音の話に、リクは愛想よく「そうですかい」と和やかに答える。その流れで会話が続くのは当たり前のこと。桜音が城に仕えていることを話すのではないかという不安も生まれた。


 リクは、桜音の足首が問題なく動かせるか確認する。桜音の足首は大丈夫なようで、水は内心ホッとした。


「少し腫れているんで、数日分の湿布薬用意しますね」

「いえ、薬なら城にありますから、急ぎ今の分だけ下さいな」


 それを聞いたリクは少しの間だけ動きを止める。この近くの城で、日中に戻ることができる場所など、大坂城しかない。そして、水とリクが互いの存在を知らされていないということは、そういうことだ。


 リクは続けて和やかに「分かりました、少し待っていてくだせえ」と言う。そして続けて水に目配せした。


「水、お前も手伝え」

「薬屋の仕事だろう、自分でやれ」

「拗ねてねえで手伝えよ、負けてやるからさ」

「……」


 水は桜音へ「少し待っていてください」と声を掛ける。桜音は大人しく頷いた。


 店内に入って行くリクの背中を水は追った。入ると、リクは水へ指差しながら、どの棚から薬を取ればいいのか指示した。水はそれに従う。手にした薬をリクへ手渡すと、リクは静かに語り出した。


「お前、あの娘とどういう関係だよ」

「……何、どういうこと?」

「風の噂だが、葉名は徳川に買われた」


 葉名の名を聞き、胸が締め付けられる。なぜそれをリクが知っているのか、理由は一つだ。リクは徳川家の密偵・忍びなのではないか。


「それと、お前はこの薬、首に塗っとけや」


 リクは水に塗り薬を投げた。水は薬を受け取るが、リクが桜音の存在を誰かに知らせてしまうのではと不安になった。


「……リク、一緒に来たあの娘のことは、黙っていてくれないか」

「はあ?言う相手なんかいねぇよ」


 リクが言っていることが本当なのかは分からない。深く問い詰めることもできず、水は「ありがとう……薬も」と言った。リクは笑って頷き、桜音の元へ戻った。水は薬を首に塗ってから、表へ出た。


「お待たせしてしてすまないね、お嬢さん。さ、湿布貼ってやるから少し見せてくんな。あと、膝の傷にはこれを塗ると良い」


 桜音は頷いて足を差し出していた。リクは、その足首に湿布薬を貼ると、包帯で巻いていく。その間、水はずっと二人の様子を見ていた。桜音は終始申し訳なさそうにするが、痛みは感じていないようだった。


「足は腫れてはいますが、そこまで酷くないので、軽く歩くくらいなら問題ないでしょう。ま、しばらく重いものを運ぶのは止めて置いた方が良いです」

「分かりました」

「祭り、このあとも見て行くんですかい?」

「はい。あの、水さま、首が腫れておりまして……」

「こいつには薬渡したんで、大丈夫ですよ」

「そうですか……。ありがとうございます」


 リクは大したことないと言いながら、「いつもは年寄りばかりで若い娘が来るのが嬉しい」などとおどけている。桜音とリクが笑い合っているのは、水にとっては面白くなかった。


「あ、そうだ。帰りに茶屋にでも寄って、団子でもアイツに食わせてやってください」

「え?」


 リクはニヤニヤと笑いながら桜音に言う。水は続きが何なのか分かって思わず「ちょっと」と言いかけた。


「水のやつ、団子が好物でしてね。取られないように、お嬢さんも気をつけて」


 リクにそう聞かされると、桜音もリクに釣られて笑っていた。桜音が柔らかく笑って水を見るものだから、水はどうにも文句が言えず、手を腰に当てて黙ることにした。人の分も食べるのいうのはリクの冗談だ。


「どうもありがとうございました。お代金はいくらでしょう」

「良いですって、そんなの」

「いけません、大事なことです」


 リクははにかんで、銭は受け取らないと桜音に言う。水からももう一度言ったが、受け取らないと貫かれた。


「なんで受け取らないんだ」

「疑るなよ、他意なんてねえさ」


 桜音が改めてリクにお礼を告げると、リクは「祭り楽しんで!」と笑った。


「じゃあ……リク、助かった、ありがとう」

「おう、俺も会えて良かったわ。お嬢さん、歩いてもいいが、無理はしないでくださいね」

「はい」


 リクの意図は今ひとつ分からないが、水はリクに別れを告げて背を向けた。リクはおそらく、徳川家の密偵だと思われる。


 これが吉と出るか凶と出るかは、今はまだ分からないーー。

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