水の昔話①
水は、桜音を背負ったまま薬屋を目指す。何度か街へ降りている桜音の案内に水は従って歩いていた。
桜音は、野盗に立ち向かう、強い心を持った娘である。水はそんな桜音に心底感心した。
桜音を見て、同門のあの女を思い出した。だが、彼女と桜音は全然違う。そんな桜音に惹かれているのは確かだった。
だからこそ、野盗に捕まっているのを屋根の上から見つけたときは、余計に冷や汗をかいた。動揺のせいで失態も見せてしまった。自分が情けないと思う反面、一緒にいたのが桜音で良かったとも思った。
「桜音殿、まだ薬屋には着かないでしょうか」
「そうですね……休憩しますか?」
「いいえ、大丈夫です。少し話しても良いでしょうか」
「?はい、どうぞ……」
このまま、どうして自分が桜音を気にしていたのかを黙っているのに罪悪感があった。全てを話さなくても、少しだけでも自分のことを知って欲しかった。
「……噂で聞かれたかもしれませんが、母は日本人で、父はイスパニア人だそうです。父は船乗りでしたが、遭難して助けられ、辿り着いたのが母が暮らす海辺の村だったようです」
水自身、父の顔は知らない。水が生まれてすぐ、村を発ったと母に聞いていた。家に残された異国の書物から、少しだけ外国語を嗜んだりもした。そして、水が10歳になる頃に、村が野盗に襲われた。
「野盗は私を見ると、自分のものだと連れて行こうとしました。母はその騒動の中で殺されてしまいましたが、村の人々は喜んで私を差し出すと言ったんです。母も私も、異国人に魂を売った野蛮な人間と嫌われていましたので」
水は、この時期を恨んだことはない。母が殺されてしまったことはもちろん悲しかった。それでも、村の皆に嫌われるのは仕方のないことだと思っていた。
話していると、桜音は言葉を返せないようでいた。返事はないが、話を聞こうとしてくれているのは、空気で伝わってきた。水はそのまま話し続ける。
「そこを助けてくれたのが、忍びの師匠だったんです。私の姿を見るなり、普通に生きて行けないだろうから鍛えてやると言ってくれて」
「……そうだったんですね」
「ええ。それで、師匠の家に、忍びの見習いとして入りました。西洋の血を持っているのは私だけでしたが、師匠は複雑な境遇を抱えた子供たちに、忍びの教育をしていたんです」
水がそう言うと、桜音は黙って話を聞く。その‘複雑な境遇を抱えた子供’の中に、桜音の双子がいることはまだ黙っていようと水は思った。
「女で忍びの見習いは、私ともう一人いたんです」
「……女性での忍びはいないものだと思っていました」
「はい。ですから、私たちはかなり珍しいと思います。どうしても、男性のほうが力も強いですし」
優しい桜音が、水の話に共感して悲しまないよう、なるべく明るい声色で話す。
「少し大きくなって、その娘と一緒に、街へ出掛けたんです。師匠が遊んでこいと言ってくれて。あと、私には笠をしっかり被るようにとも」
「……」
「一緒に降りたら、今日みたいにお菓子を買って、店を見てから帰ろうとしたんですが、やはり人攫いに目をつけられて、襲われたんです。助けてくれたのが、その見習いの娘なんですが」
思えば、自分は助けられてばかりだなと水は思った。前はあの女に、今日はその姉・桜音に。
すると、桜音が口を挟んだ。
「その娘はなんという名なのですか?」
思わぬ質問に、水はギクリとした。話しすぎてしまっただろうか。
桜音は、その娘の名を聞いてみた。‘複雑な境遇を抱えた子供’の中に、自分の妹がいるかもしれないと思った。だが、桜音は妹の名前すら知らないのだ。その娘が、自分の妹なのかも分からないのに、知りたいと思った。
「……木の葉の葉と名前と書いて、葉名といいます」
水は、思ったより素直に応えてくれた。水はきっと気付いている。その娘が、桜音の双子ということを。もし、水が妹と親しかったのであれば、その境遇がどういったものかも、知ってしまっているかもしれない。
「葉名、ですか」
「……はい」
水はそのまま黙ってしまった。聞かない方が良かったのだろうか。それとも、水は何も知らないのだろうか。
「葉名という娘、とても勇気があるのですね。子供なのに、立ち向かうなんて」
「……そうですね。今日の、あなたみたいですね」
「……」
どうして水は桜音を避けていたのか。そして、そのあとになぜ親しくしてくれたのか。桜音はなんとなく分かり始めていた。
水は、桜音を見ているわけではないのかもしれない。自分よりも、ずっと先に妹のほうが水に出逢い、親しくしていたなんて。胸の奥が、酷く騒ついて痛い。
水に気に入られていると思った自分が惨めだった。お千代にも、千姫にも、茶々の侍女にも、水に特別扱いされていると言われて、優越感に浸っていた。
せっかく水が、自分の過去を話してくれているのに。素直にそれを聞くことができない自分にも腹が立った。そう思うと、泣きそうになってきた。
水は、桜音の気持ちを知らないまま背負い直し、ギュッと桜音の体を支えていた。




