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忍びと侍女、城下町の祭りへ④

「けほっ……けほ……。すみません、助かりました……」


 桜音が殴ると、その一撃で男は気絶して水の上に倒れ込んだ。水は下から体を起こし、咳き込んだ。桜音は一気に緊張が解け、腰の力が抜けてしまってしゃがみ込んだ。


 水は呼吸が整うと、立ち上がって桜音に駆け寄り、背中に軽く手を添えた。自分がまだ震えていることに桜音は気付く。桜音は、水の首が、少しだけ赤く腫れているのに気付いた。


 水は桜音の状態を舐めるように見ると、顔を顰めて言う。


「足を挫いたんですね」

「あ……は、い……でも、軽くです」

「他に怪我は」

「えっと……膝を擦っただけです……」

「分かりました、少し待っていて」


 水は周囲を見回ると、野盗の一人の懐から縄を奪った。慣れた手つきで野盗3人を簡単に縛り、全員が逃れられないように、それぞれの足を縛って縄を繋いでいく。


「す、水さま、この人たち……どうするのですか」

「とりあえずここに放っておきます。町奉行の人が見つけてくれるでしょう。今日は祭りで、見回りも強化されていると思いますから」


 水は作業をしながら答える。そんな姿を見て、水はやっぱり忍びなのだと実感した。城の中では優しいし、女性人気が凄い。桜音と話すときは、どこか年相応な可愛らしい部分も見え隠れする。


 だが、こうして実際に戦っているのを見ると、違う世界で生きているのか、と思わされてしまう。一人で浮かれていた自分が恥ずかしくなった。


 水は「これでよし」と手をパンパンと払う。水はまた桜音に近寄って、「足を見せてください」と言った。桜音は素直に左足を差し出した。水は優しく桜音の足に触れた。


 正直恥ずかしい。でも、水はきっと、自分と同じ気持ちなど抱いてはいないだろう。水は誰にでも優しい。桜音には心を開いていると千姫は言うけれど、それは何か理由があるはずなのだから。


「少し腫れてしまっていますね」

「……はい」


 全てが突然のことで、桜音は呆気に取られた。


「……申し訳ありません、私のせいでこんなことに」


 水が自分を責めるようなことを言うので、桜音は水の顔を顔を見た。


 水の感情は、普段は読み取れない。思い切り笑ったり、感情を剥き出しにすることはまずない。だが、今は反省の色が目に宿っていた。こうなる事態は誰も予測できないものなのだから、水に責任はない。桜音はそれを伝えたくて首を横に振った。あなたは何も悪くないと伝えたかった。


「いいえ……この男たちは、私を売り飛ばして、一儲けしたかったんでしょう」

「……どうして」


 水は困ったように微笑んだ。


「見るからに、私は西洋人のようでしょう?正確には、日本との混血ですが。普通の日本人より、高く売買されるものなんです」


 だから、初めは外出を拒んだのかと桜音は納得した。


「千姫さまにそのようなことは申し出しにくく……桜音殿だけにでも伝えるべきでした。申し訳ありません」


 複雑な環境下にいる水に、掛ける言葉を桜音は選んだ。これは水に問題があるわけではなく、世の中に問題がある。自分の境遇と同じように、水も何かしらの事情を抱えているのだろう。


 水は、何度も謝罪を重ねてくる。


「怖い思いをさせてしまい、本当にすみませんでした。あと……助けていただいて、ありがとうございました。護衛としてあるまじきことでした。反省しています」


 確かに、恐ろしかった。だが、水が助けてくれたのには違いない。


 桜音は、水の手が、少しだけ震えていることに気付いた。


 桜音は、その震える手に自分の手をそっと重ねたーー震えが、止まった。


 そのまま、少しだけ二人の間に沈黙が流れた。赤くなった水の首が痛々しい。


「水さま、首は大丈夫ですか」

「赤くなっているだけです。時間が経てば治りますよ」


 水は桜音を安心させるように笑ってくれる。不安を拭おうとしてくれているのだろうか。


「水さま、助けてくれてありがとうございました」

「……いえ、助けられたのは私です」


 気まずい雰囲気が、二人の間を駆け巡る。真面目なのは水の良いところだが、少々自分に厳しくはないだろうか。


「水さま、やはり首の怪我はよろしくないと思います……。ごめんなさい、私、浮かれてしまって……今日はもう帰った方が良いですよね……」


 せっかく街に降りて来たのに、こんなことになるなんて。いいや、そんな欲を持って降りてきたから、こんなことになったのかもしれない。


「水さまの容姿は、水さまのせいではありません。むしろ……私はあなたの瞳も髪の色も、美しいと思っています。背丈もあって、皆水さまに憧れているではありませんか」


 水は黙って弱々しく笑うだけだ。


「卑下することはありません。それに、今日のこれは……水さまの懸念を把握できなかった私にも責任があります」


 水は桜音の目を見ていた。その目を桜音も見つめ返す。いつもなら、恥ずかしくて逸らしてしまうところだが、水を一人の人間として見たかった。今日は珍しく、水から視線を逸らした。そして桜音に言う。


「……いや、先に薬屋へ行って、足を診てもらいましょう。今も痛いですよね」

「……」

「桜音殿が良かったらですが……お祭り、見て回りませんか。せっかく来たんですから」


 桜音が何も答えないでいると、水は言葉を続けた。


「桜音殿、お祭り楽しみにしていたでしょう?見てから帰りましょう」


 水がそう言ってくれるので、口角が上がりそうになったのを必死で耐えた。桜音は小さい声で「はい」と答えた。水はホッとしたように柔らかく微笑むと、帯の後ろに隠して差してある脇差を左横に差し直し、桜音に背中を向けてしゃがみこんだ。


「どうぞ」

「……え?」


 水は顔だけ桜音に向ける。


「ちゃんと診てもらうまで、あまり動かさないほうが良いです」

「あ、あの、決して歩けないわけでは……。さっきはちょっと、腰が抜けてしまって」

「無理は禁物ですよ。千姫さまに、桜音殿を任せると言われているんですから」


 桜音は反論できず、ノソノソと背中へ乗っかった。「よっ」と水は立ち上がる。忍びといえど、女である水はやはり細い。そんなことより、周りから見られたらと思うと、視線が気になった。水は目立ちたくないはずだ。


「あの……、少し恥ずかしいのですが」

「大丈夫です、皆祭りと自分のことに夢中で、こちらのことなんか見ていませんって」

「それって千姫さまが言ったことですよね」

「そうでしたっけ」


 そう言い合って、二人で笑った。水とこうして接することができるなんて、夢のようだなと思いながら、桜音は水の肩に顔を埋めた。その背中は温かく、どこか安心した。

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