男装聖女と戦 1
「なんだ、消してしまったのか」
イェラーキに乗り街を出てすぐ。
背後のラディスがぼそっと呟くのが聞こえ私は勢いよく振り返った。
「お前、わかってたなら言えよ! てか付けるなよ! イリアスに見られて赤っ恥かいたんだからな」
大声で怒鳴りたいところをぐっと抑え小声で文句を言うと、ラディスはしれっと答えた。
「それは良かった」
「はあ!?」
良かったとはどういうことだ。
こちらはとんでもなく恥をかいたというのに。
するとラディスはこちらに顔を近づけ言った。
「藤花は俺のものだと奴に見せつけられた」
「!? バっカじゃないのか!」
私は小さく怒鳴ってすぐに前に向き直った。
……前から意外と嫉妬深いんだなと思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。
怒りと、よくわからない感情で顔が熱い。
「それで、あいつに部屋のことは言えたのか?」
「っ!」
私は前を向いたまま首を振る。
「言えるわけないだろ。さっきはそれどころじゃなかったし……でも、お前からは絶対に言うなよ」
じろと睨むとラディスはふうと息をついた。
「いつまで経っても希望が出なければ、俺が言うからな」
私はそれには答えず唇を噛んだ。
イリアスとは友達なのに。
ラディスが心配するようなことは、あるはずがないのに。
わかってもらえないことが、悔しくて、悲しかった。
それから私たちはほぼ無言で、ただイェラーキと後に続く馬たちの軽快な蹄の音だけが響いていた。
その沈黙が破られたのは、かなり日が傾き城の塔が見えてきた頃。
ラディスが何かに気付いたように低い声を出した。
「腰を浮かせてしっかり掴まっていろ」
「え? わっ!」
ラディスが脚でイェラーキの腹を軽く蹴り、途端イェラーキは一気に速度を上げた。
(な、なんだ……!?)
ゴールが見えて気がはやるのはわかるけれど、どうもそんな雰囲気ではなさそうだ。
城門が見えてきて気が付いたのは、城のいたるところにこの国の紋章が描かれた旗が掲げられていること。
その意味は私にはわからなかったけれど、なぜだか胸がざわついた。
「団長!」
「ラディス団長!」
門番のふたりが私たちに気付いて声を上げた。
「ご無事でしたか!」
「よくお戻りで!」
だがラディスは馬上からそんな彼らに厳しい声で訊ねた。
「どういうことだ。俺がいない間に何があった」
「そ、それが……」
門番ふたりは顔を見合わせ、言いにくそうに答えた。
「昨日、バラノスへの侵攻が開始されました」
「!?」
私は息を呑んだ。
後から追いついてきた先輩たちも城の様子を見てすぐに異常事態に気付いたようだ。
「指揮をとっているのは」
「キアノス副長です」
ラディスの顔がぐっと険しくなるのがわかった。
(キアノス副長が……?)
――城のことは私に任せてデートがてら行っておいでよ。
数日前、そう言って笑顔で私たちを送り出してくれたキアノス副長。
彼がバラノス侵攻の指揮を……?
「わかった。ご苦労」
ラディスはそう言って、門番たちが開けてくれた城門を抜け中へと入っていく。
皆、不安そうにその後に続いた。
厩舎の近くまで来てイェラーキから降りたラディスに、先輩たちが声を掛ける。
「団長」
「俺たちは……」
と、ラディスは努めて冷静に答えた。
「俺は王陛下に魔女の件を報告してくる。お前たちは指示があるまで休んでいろ。トーラ」
「は、はい!」
急に名を呼ばれ、イェラーキから降りたばかりだった私は慌てて彼と目を合わせた。
「イェラーキを頼む」
「! わかりました!」
私はイェラーキの手綱をしっかりと握りしめた。
そうして、ラディスは振り返ることなく早足で城内へと入っていった。
「なんか、大変なことになっちまったな」
傍らに立ったイリアスに私は頷く。
――まさか、ラディス団長不在のうちにバラノスへの侵攻が……戦争が始まってしまったなんて。
「たくさん走って疲れただろう。いっぱい食べろよ」
専用の厩舎で勢いよく干し草や野菜を食べているイェラーキに話しかけてから、私は城の方を見上げた。
(ラディス、大丈夫かな)
それに、敵国ながらバラノスのことが気になった。
……フレージアが仕掛けた呪いで未だ混乱の最中にあるはずのバラノス。
そんな中戦争をしかけたら勝敗は火を見るより明らかだ。
だから、王は早めの侵攻を開始したのだろうけれど。
でも、フレージアが呪いをしかけたのは、聖女である私を誘い出すためで。
(私が隠れていたから、バラノスは……)
「トーラ」
「!」
声が掛かりそちらを見ると少し離れた場所からイリアスがこちらに手を振っていた。
私はイェラーキの様子を見つつ、そちらへ向かう。
「やっぱ凄いな、お前。あのイェラーキが団長以外の言うことをきくなんてな」
「ふふん、いいだろ。オレも嬉しくってさ……で、何かわかったのか?」
訊くと、イリアスの表情が曇った。
「今残ってた奴らに聞いたんだけど、ザフィーリの奴もバラノス侵攻に参加してるらしい」
「ザフィーリが!?」
つい大きな声が出てしまったが、ザフィーリも騎士なのだ。何もおかしいことはない。
彼にとっては今回が初陣ということになる。
「いや、俺も残っていたら参加してたんだろうなと思ってさ……」
「……」
私が何も答えられずにいると、イリアスは小さく続けた。
「ザフィーリの奴、今どんな気持ちでいるんだろうな」
その問いにも、私は答えることが出来なかった。




