男装聖女と騎士団長の夜 1
街に到着したのは翌日の夕暮れ時だった。
数日前に立ち寄ったあの街だ。
(どうしよう……着いてしまった)
イェラーキの手綱を引いて歩くラディスの後ろで、私は内心めちゃくちゃ焦っていた。
向かう先は数日前に泊まったあの宿。
――宿に着いたら覚えていろ。
(あいつが、あんなこと言うから……!)
あれからラディスの顔がまともに見れなくなっていた。
イェラーキの背にいるときはお互い前を向いているからまだ良い。
問題は休憩中や野営の最中だ。
「団長と喧嘩でもしたのか?」
イリアスにそう小声で訊かれたくらいだから、余程私の態度はわかり易くおかしかったのだろう。
ラディスだってそんな私に絶対気づいているはずなのに、ここまで本当に必要最低限の会話しかなかった。
安心しろ、冗談だ。とか、そういう言葉を待っていたのに……。
まるで、絶対に撤回しないぞと言われているみたいで頗る落ち着かなかった。
ラディスにはまだ訊きたいことが色々とあったのに、それどころではなくなってしまった。
(ってか、なんだよ『宿についたら覚えていろ』って。もうそういう意味にしか聞こえないじゃないか!)
いや、きっと、おそらく、十中八九、そういう意味なのだろう。
私だって子供じゃないのだ。そのくらいわかっている。
……嫌ではない。
嫌ではないのだ。
ラディスのことは好きだし、愛されているのもわかるし、大切に想われて素直に嬉しい。
そんな彼のいるこの世界で私は生きていくことに決めたのだ。
この間のように怒りに任せて、というわけでもない。
拒む理由は、何もない。
……でも。
イェラーキを馬小屋に繋いでいる彼の横顔をチラ見する。
次いでその鍛えられた二の腕を見て、前にあの腕に抱きしめられたこと、そして温もりを思い出してしまった。
(やっぱ恥ずかし過ぎて無理!!)
想像するだけで顔が熱くなってきて私はすぐさま彼から視線を逸らした。
出来るならば今すぐに逃げ出したい。
なんとかラディスと同室を回避できないだろうか。
(――そ、そうだ。前回とは部屋割りを変えませんかと先輩たちに提案してみようか)
それかイリアスに頼んで交代してもらうのもアリかもしれない。
確か前回「変わってやろうか?」と言われた気がするし。
そう考えた矢先のことだ。
「明朝まで各自自由行動とする」
(え?)
宿の前でラディスが皆に告げた。
――自由行動?
「ただし、羽目を外してレヴァンタ騎士団の名を汚すようなことはするな」
「はっ!」
先輩方は嬉しそうに返事をし、早速「どの店にする?」などと話しながら宿から離れていってしまう。
お酒が大好きな人たちだ。きっとこれから飲み歩くつもりなのだろう。女の子のいるお店なんかにも行くのかもしれない。
(え、ど、どうしよう、私も)
「お前はどうする?」
「え?」
どうやら先輩方に誘われたらしいイリアスに訊かれ、渡りに船とばかりに私はそれに飛びついた。
「あ、じゃあオレも!」
「トーラ」
「はいっ!?」
背後から低く呼ばれ思わず声がひっくり返ってしまった。
恐る恐る振り返ると案の定ラディスが怖い顔をしていた。
「お前は俺と来い。話があると言ったろう」
「……わ、わかりました」
逃げられないとわかり小さく頷くと、彼はさっさと宿の扉を開け中へと入っていってしまった。
「な、なんか、大丈夫か?」
心配そうな友人に一瞬そのままついて行きたい衝動に駆られるが、私は笑顔で手を振った。
「ん、大丈夫。お前もあんま飲み過ぎんなよ」
「お、おう」
ちらちらとこちらを振り返りつつも先輩方について行くイリアスを見送り、私は溜息一つ吐いて宿の中へと入った。
(そうだ、トーラのままでいれば……!)
ラディスの後について階段を上りながら、私の頭はまだ往生際悪く回避ルートを探していた。
でもついこの間トーラの姿で押し倒されたことを思い出す。
(だ、ダメだ。あいつ、男でもお前はお前だみたいなこと言ってたし……)
前を行くラディスが足を止めたのはこの間と同じ一番奥の角部屋だった。
(もう、覚悟を決めるしかないのか……?)
小刻みに震える手をぎゅっと握り、ラディスに続いてその部屋に入った。
――途端だった。
「っ!?」
いきなり目の前が暗くなったかと思うと、強く抱きしめられて本気で心臓が飛び出るかと思った。
一気に全身が熱くなって、でもそれ以上に抱きしめる腕の強さに驚く。
「く、苦し……っ」
呻くとその腕が少し緩んでホっとしたのも束の間、耳元で囁かれた。
「口付けていいか?」
「!?」
吐息交じりのその声にドキリと胸が鳴る。
そして彼の整った顔面が近づいてきて、私は焦ってその胸を押しやった。
「ちょ、ちょっと待った!」
「もう待てない」
またも良い声で囁かれ、その手をやんわりと取られてしまった。
深いグリーンが間近に迫って、ぎゅっと目を瞑る。
「変身解くから、ちょっと待って!」
とにかく必死で私はそう叫んでいた。




