男装聖女と騎士の友 1
天にはまだ星が瞬いていたけれど、遠く見える山脈の向こうがうっすらと白んでいて夜明けが近いのだとわかった。
少しひんやりとした澄んだ空気を思いっきり吸い込んだ、そのときだ。
「うわっ!?」
いきなり誰かに腰に抱きつかれびっくりする。
「イ、イリアス?」
彼はこちらを見上げ、思いっきり涙目で叫んだ。
「ムリムリムリムリ! 早く降ろしてくれ頼む!」
どうやらイリアスは高いところがダメだったらしい。
「わ、悪い。えっと、先輩たちはどこにいるんだ?」
「昨日の野営ポイントだ」
早口で答えたのは慣れた様子で私のもう片方の手を握っているラディスだ。
彼はイリアスの首根っこをむんずと掴んで怒鳴った。
「騎士が情けないぞ貴様! 早く藤花から離れんか!」
「ぎゃあーー! やめて引っ張らないで! 今はマジで勘弁してください団長ーーっ!」
お蔭で更に強く抱きしめられた私は急ぎ昨日の野営ポイントを探し始めた。
しかし眼下の深い森はまだ真っ暗で、どちらの方向に行っていいかもわからない。
(あっ、あれか?)
そのとき、細く煙が上がっている場所を発見した。きっとあそこに違いない。
私はそちらの方に向かってゆっくりと下降していった。
上空から元気そうな先輩たちと馬の姿を確認してほっとする。
本当に皆眠らされただけだったようだ。
このまま皆の前に降りるわけにもいかず、私は少し離れた森の中に静かに降り立った。
途端、イリアスはその場にへなへなと座り込んでしまって慌てて謝る。
「大丈夫か? ごめん、まさかそんなにダメだとは思わなくて」
「……」
すると、イリアスはゆっくりとこちらを見上げた。
その色んな感情の折り混ざった目を見て、私は改めて緊張を覚えた。
――今度こそ、ちゃんと話さなくては。
「あ、えっと……」
でも、何から話そう。どこから説明しよう。
そして、どう謝ろう。
「俺は先に行っている」
「え?」
その不機嫌そうな声に振り返ると、ラディスが騎士団長の顔つきで言った。
「ちゃんとトーラの姿で戻ってこい」
「わ、わかりました!」
私はそんなラディスの背中を見送る。
きっと、気を遣ってくれたのだろう。
「団長は、いつから知ってたんだ?」
「!」
視線を戻すと、イリアスがじっとこちらを見つめていて。
「お前が、聖女だって」
その言葉に覚悟を決め、私はガバっと頭を下げた。
「ごめん! 今までずっと黙ってて」
出会ってから一年と少し、私はずっと彼を欺いてきたのだ。
怒るかもしれない。
許してくれないかもしれない。
もう、友達には戻れないかもしれない。
――怖い。
「何度も言おうと思ったんだ。でも、お前と気まずくなるのが嫌で、言い出せなかった」
これまで嘘をついてきた分、全部本音で全部正直に話していく。
「でも、お前をずっと騙していたのは事実だ。どの口がって思われても仕方ないけど、でも私は……オレは、これからもお前と友達でいたいって思ってる!」
反応が怖くて、顔が見れない。
少しの間沈黙が続いて、その時間が私にはとてつもなく長く感じられた。
「……友達、か」
ぽつりと返ってきたその呟きにどきりとする。
……やっぱり、このまま友達でいたいなんて、虫が良すぎるだろうか。
手が震えそうになって、ぎゅうと強く握り締める。
「俺は、お前のこと親友だと思ってんだけどな」
「!」
顔を上げると、イリアスは笑っていた。
「お前は違うのか?」
訊かれて、私はぶんぶんと首を横に振る。
「オレも、お前のことは親友だと思ってる!」
するとイリアスは少し照れくさそうにくしゃりと笑った。
「良かった」
そのいつもの親友の笑顔を見て、ついうっかり涙腺が緩んでしまった。
「うわっ、なに泣いてんだよ!?」
慌てた様子でイリアスが立ち上がる。
私も、まさか涙が出るとは思わなくて焦って顔を覆う。
「良かったは、こっちのセリフだっつーの……っ」
(本当に、良かった……!)
これからもイリアスとこれまで通り友人でいられるのだ。
嬉しくて、ほっとして、私はそのまま格好悪く泣いた。
「トーラ……あー、トウカ?」
「トーラでいい」
ごしごしと目を擦りながら言う。
「そ、そっか? じゃあ、トーラ。俺の方こそ、お前が聖女だってわかってんのに黙ってて悪かった」
「……え?」
手を止め、ぱちぱちと目を瞬く。
「実を言うとさ、お前に呪いを解いてもらったときのこと、ほとんど全部覚えてんだ」
「え!?」
苦笑しながらイリアスが言う。
「だからさ、お相子ってヤツ? 俺だって、お前との関係がおかしくなるのが怖くて言い出せなかったんだからな」
(ラディスの言った通りだったんだ……)
そして、すぐに思い当たったのは。
「じゃあ、オレを守るとか言ってついて来たのも、オレが聖女だから?」
「や、それは……」
イリアスは視線を逸らし、しどろもどろに続けた。
「それもあるっちゃあるけど、それより、あのとき助けてもらった恩を返したかったし、友人としてもお前を守りたかったし……と、とにかくお前のことが心配だったんだからしょうがないだろ!」
少し顔を赤くして声を荒げた友人を見て、私は思わずふっと笑ってしまった。
「ありがとう。やっぱお前、良い奴だな」
「……っ」
と、イリアスはまた慌てたように私から視線を外してしまった。
「あ、あのさ」
「ん?」
「出来れば、トーラの姿に戻ってくれねーか? その、まだその姿に慣れなくて……」
「あ、ああ、そうだよな。わかった」
私はすぐさまトーラの姿に戻った。戻ったという言い方もおかしいけれど。
すると、イリアスはこちらを見て明らかにほっとした顔をした。
「でも、すげぇな。それも聖女の力なんだろ?」
「ああ」
「団長はいつから知ってたんだ?」
「ラディスには最初っからバレてたみたいだ」
「マジか。やっぱ団長すげぇな。俺なんて一年以上同室だったのに全然気づかなかったっつーの」
「実は、ラディスとはオレがこの世界に来てすぐに元の姿で会っててさ」
イリアスが目を丸くする。
「そうなのか」
「そ。だから、男装しててもすぐにわかったみたいだ」
「へえ、そういうもんか……?」
そして、イリアスはちょっと言いにくそうに続けた。
「あー、その……団長とは、付き合ってるんだよな?」
「!」
ボンッと一気に顔が熱くなって、私は視線を落とす。
「い、一応……ごめん、それも言えなくて」
「や、そりゃ言えねーよな。……いつから?」
「結構、最近……」
「そ、そっか……」
「……」
「……」
妙な沈黙が流れて、私はまだ赤いだろう顔で言った。
「そろそろ向こう行くか!」
「そ、そうだな!」
そうして、私たちはラディスたちの待つ野営ポイントへと向かったのだった。




