男装聖女と魔女の村 6
あの時、ラディスがあの場に現れたのはずっと偶然だと思っていた。
でももし、その予言をラディスが知っていたとしたら。
偶然ではなかったとしたら……?
「藤花は、いつこの世界に?」
そう訊かれて、はっと我に返る。
「あ、えっと、2年前」
「では予言は間違いなかったのですね。その間、ずっと騎士団に?」
「いや、ずっとってわけじゃ……」
「その前はどこにいらっしゃったのです?」
「都の、宿屋で働いてた」
――そう。2年前、私はあの森でラディスに助けられ、その後彼の紹介でヴィオーラ亭で働くことになった。
それから私が騎士見習いとして城に入るまでの間、彼は度々私の様子を見に来てくれていたのだという。
騎士団に入ってからも、彼は男に姿を変えた私をいつも厳しく見守ってくれていた。
「宿屋……見つからないはずですね」
フレージアが重い溜息を吐いた。
そうだ。彼女たちはこの2年間ずっと私を探してくれていたのだ。
(私がもしあのときラディスに会わなかったら、彼女たちに保護されていたってことか)
でも、私はラディスに出逢ってしまった。
それが偶然か必然かはわからない。けれど私は――。
「……ごめん」
「え?」
私の小さな謝罪に、フレージアが目を瞬いた。
もう一度、私は彼女を見つめ謝罪する。
「ごめん、フレージア。やっぱり私はここには残れない」
ガチャと背後の扉を開ける。
「仲間と一緒に騎士団に戻るよ」
「!?」
フレージアが息を呑んで、私はそんな彼女に背を向け扉を開け放った。
暗く狭い物置部屋の中でラディスが驚いたようにこちらを見上げている。
私は笑顔で言う。
「皆のところへ戻ろう、ラディス」
「しかし、お前……」
私は腰に括っていた携帯用ナイフを手に取り、ふたりを縛っている縄を切っていく。
そしてラディスの後ろで俯いている友人に声を掛けた。
「イリアスも、もう起きてんだろ?」
ビクッとその肩が分かりやすく跳ねて、その目がゆっくりとこちらを見た。
その酷くバツの悪そうな顔を見て、私はふっと苦笑する。
「いびきの煩いお前が、こんなに静かなわけないだろ」
「……っ」
いつからかはわからないが、イリアスも私たちの会話を聞いていたのだ。
ここまできて私の正体がわからないほど彼も間抜けじゃない。
全部、イリアスにバレてしまったのだ。
ふたりを縛っていた縄が床に落ちて、私は立ち上がった。
「ごめん、あとでちゃんと話すから。とりあえず今はこの村から出よう。先輩たちもきっと心配してるだろうし」
解放したふたりと共にその狭い物置部屋を出る。すると。
「藤花……」
案の定、私たちは取り囲まれていた。
姉妹は悲しそうな顔で、フヌーディは怒りの表情で。
「藤花、おばば様の本を見たかったんじゃないの?」
そう言ったフェリーツィアに私は謝る。
「ごめん、フェリーツィア。でも、もういいんだ」
「なんで!」
――例え、帰る方法がわかったとしても。
「もう手遅れなんだ」
前の聖女であるサクラさんと多分同じ。
私も、この世界の騎士に恋をしてしまった。
ラディスのことが好きになってしまった。
それに、この世界で出逢った大切な友人がいる。
仲間たちがいる。
だからもう、私はこの世界から離れられない。
離れたくない。
だから。
「この世界の、私の居場所に戻るよ」
そんな私の言葉に彼女はまた泣き出しそうな顔をした。
「……やっぱり騎士団に戻るつもりか」
そう低く言ったのはフヌーディだ。
「ああ」
しっかりと頷く。
すると彼は私を、いや、私の傍らを恨みのこもった目で睨みつけた。
「騎士なんて……」
「フヌーディ!?」
姉妹のどちらかが悲鳴を上げた。
いつの間にか彼の手には見覚えのある剣が握られていた。ラディスたちから取り上げた長剣だ。
「騎士なんて、皆死んじまえばいいんだ!」
ラディスに向かって剣を振り上げるフヌーディ。
ラディスはその場を動こうとはしない。
「――っ」
しかし。
剣を振りかざしたままフヌーディは固まったように静止していた。
その両手が小刻みに震えている。
ラディスの鋭い眼光に完全に気圧されていた。
そんな彼にラディスが低い声音で言う。
「どうした。騎士が憎いんだろう」
「くっ……」
フヌーディが悔しそうに剣を握る手に力を入れる。……でも。
ガランっと剣を取り落とし、フヌーディはその場に力なく膝を着いた。
それを見てほっと胸を撫で下ろす。
ラディスがやられるはずはないと思ったけれど、それでもヒヤリとした。
「丸腰の相手に剣を向けた時点で、お前は騎士以下だけどな」
そう冷たく言い放ったのはイリアスだ。
「……くそ、くそっ!」
小さく何度もフヌーディが床に向かって毒づくのが聞こえた。
そんな彼にフェリーツィアがそっと寄り添う。
「ごめんな。ずっと待っていた聖女がこんなんで。でも、守ろうとしてくれて、ありがとう」
そう言い残して、私はラディスとイリアスと共にその家を出た。
「やはり行ってしまうのですね」
「!」
家の外にひとり立っていたのは、ダフニさんの傍らにいた長身の女性だ。
その得体の知れない雰囲気に思わず身を固くする。
……彼女も、私を止めにきたのだろうか。
「長老から言伝です」
「え?」
彼女は感情の読めない顔で続けた。
「残念ですが仕方ありません。聖女様がどんな騎士になられるか、楽しみにしています」
――!
それを聞いて、私の中にわだかまっていた最後の靄がさぁっと晴れていく気がした。
私は姿勢を正して彼女に言う。
「ダフニさんに伝えてください。ありがとうございます。必ず、騎士になってみせます。どうかお元気で、と」
「かしこまりました」
そうして彼女は静かに頭を下げた。
夜明け前のまだ暗い村の中を少し歩いてから、私は思い切って背後を振り返った。
「時間が惜しいし、このまま空飛んでいくか」
「は?」
「お、おい」
どうせ、イリアスにももうバレてしまったのだ。
私は目を閉じ藤花の姿に戻ると、驚いているふたりの手を強引に掴んだ。
「よし、行くぞ!」
「えっ、うそ、は!? うおわっ、うわあああーー!?」
想像していたよりずっと煩いイリアスの悲鳴を聞きながら、私たちは夜空へと飛び立った。




