男装聖女と魔女の村 5
ダフニさんに不思議な力で眠らされたふたり。
彼女は明朝には目覚めるはずだと言っていた。
まさか、こんなに早く気がつくなんて。
(ど、どっちだ?)
ラディスか、それともイリアスか。
(というか、いつから気づいてたんだ……?)
これまでの会話を聞かれていたとしたら、どちらにしても最悪だ。
イリアスだったら私の正体が、ラディスだったら私の迷いがバレたことになる。
「申し訳ありません」
「えっ」
そのとき急にフレージアから謝罪され、話の途中だったことを思い出した。
「困らせるようなことを……」
私の動揺を、彼女は私が返答に困っているととってくれたようだ。
「い、いや」
それに合わせて私は首を振る。
しかし、彼女は引いたわけではなかった。
ベッドからすっと立ち上がり、彼女は続けた。
「ですが、この村の者は皆、聖女様が現れるのを長い間心待ちにしていました。どうか、今一度考え直してはいただけないでしょうか」
必死な表情で懇願されて、私は内心大慌てで声を上げた。
「あ、あー、フレージア?」
「はい」
「その……言いにくいんだけどさ、実はさっきから喉が渇いてて、何か飲み物をもらえたら嬉しいんだけど」
軽く咳をしながら言うと、フレージアはハッとした様子で頭を下げた。
「気が付かず申し訳ありません! 今すぐにお持ちします」
「悪いな。あ、そんなに急がなくて大丈夫だから」
そうしてフレージアはパタパタと部屋を出ていった。
「……」
静寂が訪れる。
フェリーツィアとフヌーディがしっかり眠っていることを確認して、私は指でコンコンっと軽く背後の扉を突いた。
すると、すぐに同じようにコンコンっと音が返ってきた。
……やっぱりどちらか、いや、ひょっとするとふたりとも? 目覚めているのだ。
すぐに行動を起こさないということは、こちらの様子を伺っているのだろう。
フェリーツィアとフヌーディから視線は外さずにその場にゆっくりと腰を下ろしていく。
そして、扉の向こうに小さく声をかけた。
「気がついたのか?」
片耳を扉につけると、少しこもった声が返ってきた。
「ああ」
その低い声はラディスのものだ。
(ラディス……)
息が詰まる。
先ほどの会話を聞かれてしまっただろうか。
私の迷いを、知られてしまっただろうか。
だとしたら。
――彼に、失望されたかもしれない。
「ここは?」
短くそう問われ、私は動揺を隠しつつ小さく答える。
「フェリーツィアの家だ。身体はなんともないか?」
「お前こそ、大丈夫なのか?」
「!」
こんな状況でも私の心配をしてくれるラディスに胸がギュッと苦しくなる。
(全部、私のせいなのに)
「ごめん。こんなことになって……」
声が震えてしまいそうになるのを必死に堪えながら謝る。
すると。
「お前が無事ならそれでいい」
すぐに返ってきたそんな言葉に私は唇を噛んだ。
「ごめん……もう少しだけ待っていて欲しい」
夜が明けて、例の書物の内容が確認出来たらすぐに解放して――。
「藤花」
酷く穏やかな声で名を呼ばれた。
「お前のしたいようにすればいい」
私は目を見開く。
――やっぱり、ラディスは全部わかっている。
私の正直な気持ちも。心の迷いも。
全部わかった上で、私のしたいようにすればいいと言ってくれている。
「ラディス、私……っ」
そのとき、近づいてくる足音に気がついて私は慌てて立ち上がった。
ガチャと扉を開けフレージアが部屋に戻ってきた。
「お待たせしました」
「悪いな」
フレージアは水差しとグラスの乗ったトレーをテーブルに置くと、すぐに水を注いで私に手渡してくれた。
咄嗟の思いつきだったけれど、本当に身体は水分を欲していたようで私は一気にそれを飲み干した。
「ありがとう。美味しかった」
「良かったです」
フレージアが嬉しそうに微笑む。
グラスをテーブルに置いて、私は彼女に言う。
「質問ばっかで悪いんだけどさ、さっきフェリーツィアから聞いてちょっと気になったことがあって」
「何でしょう?」
「聖女の予言のこと」
「予言、ですか」
……そう。
先ほどのフェリーツィアの話で引っかかったことがある。
「レヴァンタの城で聞いたのは、『今年の花咲き誇る季節に聖女が現れる』って予言なんだけど」
案の定、そこでフレージアの顔が強張った。
彼女が私から視線を逸らす。
「それは……」
「やっぱり、それってあんたたちが流した嘘の予言だよな」
私がこの世界に来たのは二年前。今年じゃない。
予言なんていい加減なものだなと、これまであまり気にしてこなかったけれど。
フレージアが申し訳なさそうに頷く。
「はい……私たちが城に潜入しやすいよう予めそういう噂を流しておいたんです」
「でも、本当の予言はちゃんとあったんだよな?」
フェリーツィアは、いつまでたっても予言の場所に聖女は現れなかったと言っていた。
だから、予言自体は本当にあったはずだ。
はい、とフレージアは頷いた。
「予言があったのは二年前です。花咲き誇る季節、バラノスとレヴァンタの国境の森付近に聖女が現れると」
時も場所もばっちり当たっている。
国境の森付近……ラディスと初めて出逢った、あの森のことだ。
「しかし結局、貴女を見つけることはできませんでした……」
「それって、誰が予言したんだ?」
予言ということは、予言した者がいるはず。
しかしフレージアは首を横に振った。
「私たち聖女様の血を引く者が皆、夢に見たのです」
「夢に見た? じゃあ、その予言を知っていたのはこの村の人たちだけってことか?」
「はい。そのはずですが」
フェリーツィアから予言の話を聞いてからずっと引っかかっていたこと。
(なんでラディスは、あの時、あの場所にいたんだ……?)




