男装聖女と魔女の村 3
フヌーディの冷たい視線が突き刺さる。
「聖女様、あんたも人を殺したことがあるのか?」
「……っ!」
その視線から逃げるように俯き、私は首を横に振った。
……私はまだ、人を傷つけたことがない。
でも、このまま正式に騎士になることが出来て、戦場に赴くことになったら……?
――聖女様は、戦争がお好きなのですか?
先ほどのダフニさんの言葉が耳に蘇る。
いざ戦場に出たとき、私は目の前の敵を手に掛けることが出来るのだろうか。
演習で何度も手にしたことのあるあの重い剣で、本当に人を斬ることが出来るのだろうか……?
想像したら胃の辺りが気持ち悪くなってきて、そんな自分にまた動揺する。
(私、今更怖気づいてる……?)
騎士になるという本当の意味を、私は全然わかっていなかったのかもしれない。
騎士になるという本当の覚悟が、全然足りていなかったのかもしれない。
そのことに、今になって気付いてしまった。
(最低だ……)
私が俯いている間も、フヌーディの辛辣な言葉は続いていた。
「そりゃあ良かった。聖女様が人殺しなんて笑い話にもならねーよ」
「フヌーディ!」
「でも、そこで眠ってる冷徹騎士団長はきっとこれまでに何百って人を殺してる。だから団長になれたわけだろ? それで英雄扱いされてよ、ばっかじゃねーの。……騎士なんて、人の皮を被った悪魔みたいな奴らばっかりだ」
「フヌーディ、いい加減にして!」
「……違う」
思わず、小さく声が漏れていた。
「あ?」
(違う)
彼は……ラディスは、冷徹なんて言われているけれど、実際には仲間思いの優しい人だと私は知っている。
例え、これまで多くの人を傷つけていたとしても、悪魔なんて言われるようなやり方をする人ではないと信じている。
……私は、もしかしたら騎士になる資格がないのかもしれない。
彼と同じ場所には立てないかもしれない。
でも。
それでも……。
私は顔を上げて、フヌーディの目をまっすぐに見返した。
「少なくとも、うちの騎士団にそんな奴はいない」
それは、今騎士団に身を置く私だからこそ、胸を張って言えることだ。
もし非道なことを考える奴がいたとしても、それを止める奴が絶対にいる。
それが、ラディス団長率いるレヴァンタ騎士団だ。
「……っ」
私の強い眼差しにフヌーディは一瞬怯んだように顔を歪めた。
静かに私は続ける。
「オレは、ダフニさんに例の書物を見せてもらったら、ふたりと一緒にこの村を出るつもりだ」
「!?」
私の言葉に皆が息を呑んだ。
フヌーディがこちらを睨む。
「騎士団に戻るってのか」
「異世界に帰るってこと?」
彼の声にフェリーツィアの声が重なった。
私はゆっくりと首を横に振る。
「わからない。……でも、悪いけどこの村に残るつもりはないよ」
「そんな……」
はっきりとそう答えると、フェリーツィアがショックを受けたような顔をした。
そんな彼女に私はふっと苦笑する。
「あんたたちがオレを……聖女を保護する必要なんてない。これから先現れる聖女がどうかはわからないけど。少なくともオレは、守ってなんてもらわなくて平気だ」
……小さな頃から聖女を守れと言われてきた彼女たちには申し訳ないけれど。
聖女として、この村で守られながら暮らすという選択肢は私の中にない。
と、フェリーツィアがギっと凄まじい形相でフヌーディの方を睨みつけた。
「フヌーディ! あんたのせいよ!」
「いって!」
バシっと彼女に思いっきり背中を叩かれたフヌーディが悲鳴を上げる。
「あんたが酷いことばっかり言うから! 藤花に嫌われちゃったじゃない!」
「い……っ! 痛ぇって! おいっ」
「バカバカ! やっと、やっと見つけたと思ったのに~~っ!」
そして、なんとフェリーツィアは顔を真っ赤にしてわあんっとまるで子供のように泣き始めてしまった。
そんな彼女を見て目を丸くしていると、フヌーディも慌てた様子でそんな彼女を宥め始めた。
「な、なにも泣くこたないだろ!?」
「うるさい! あんたに何がわかんのよバカフヌーディ!」
「フェリ、落ち着いて!」
それまで黙って私たちを見守っていたフレージアが見かねたようにふたりの間に入った。
「姉さん……っ」
フェリーツィアは姉の顔を見るとその胸に抱きついて今度はうぅ~と声を殺して泣き始めた。
そんな妹の背中をよしよしと撫でるフレージア。
「まったく、聖女様がびっくりしてるわよ」
「だって、だって、姉さん、やっと聖女様を見つけたのに……」
「そうね。フェリはとてもよくやったわ」
そんな姉妹を見ていて、なんだかズキズキと良心が痛んだ。
はぁ、と大きな溜息をついてフヌーディが私を見た。
そこにさっきまでの剣呑さはない。
「とりあえずさ、このふたりがあんたを守るために命を張ったってことだけは覚えといてくれよな」
「……ああ」
私にはそう短く返事をすることしかできなかった。




