第十一話:星屑の狐火
京都の丘で、星空がキラキラと無数に瞬く。送り火の残焔がパチパチと遠くで燃え、松の焦げる匂いがフワッと鼻をくすぐる。夏の夜風、ヒュウッと肌を撫でて、俺は、こんな場所で1400年前の大妖狐と向き合ってるなんて、頭ん中がぐちゃぐちゃだ。焔華、レンタルの着物で本来の妖艶な姿を取り戻したこいつは、9つの尾がフサフサ揺れ、長い銀髪が月光にサラサラ光る。紫色の目が、まるで星の炎みたいにギラリと輝くけど、どこか……寂しげだ。手元の三明剣の霊気、青白い光がバチバチ揺らめいて、俺の手をビリビリ震わせる。
「ヨシノブ、のう。お主が妾の封印を解いてから、今や人間しかおらん世を……妾、色んな目で見てきたぞよ。祭りの喧騒、温泉の湯煙、多くの人間の笑顔……ふん、悪くはなかった。だが、失望もしたのじゃ。今ならはっきりと分かる。この星に、妾の他に、妖怪は一匹たりとも残ってはおらん」
焔華の妖艶な口調が、低く響く。狐耳がピクッと動いて、はだけた着物の袖がヒラッと揺れる。俺は、心臓がドクンと跳ねて、冷や汗がツーッと背中を滑る。失望? 何だよ、それ?
「焔華……失望って、なんだ? この世界、嫌いじゃないんだろ? たこ焼き食って、ゲーセンでハシャいで、温泉行って、祇園祭で着物着て……楽しそうだったじゃん」
俺の声は、明らかに震えてた。焔華がフンと鼻で笑い、星空をジッと見上げる。紫色の目が、チラッと濡れたみたいに光る。
「ふん! ヨシノブ、お主、甘いのう。この世は、確かに面白い。人間どもの暮らし、1400年前とはまるで別物じゃ。だが……この平和、は見るからに脆いぞよ。人は皆、常に何かに追われて生きておるではないか。いずれあの第六天魔王、ノブナガのような輩が、必ずまた生まれる。どのような形であれ、この世で最後の妖怪である妾が生き残れば……ふん、早い話、次の妖怪戦争が、妾を巡って必ず起こるのじゃ」
焔華の声に、ドス黒い覚悟が混じる。俺は、ゴクリと唾を飲んで、剣の霊気を握る手がプルプル震える。妖怪戦争? コイツ、1400年前のノブナガの野望、巫女の裏切りを……全部、まだ引きずってんのか。
「戦争って……お前一人くらい、なんとかひっそり生きていけるだろ。お前、ほんとにそんなこと考えてるのか? 今のこの世界、少なくともこの国は、平和じゃねぇか! お前がまた国を焼き尽くす必要なんてな……」
「黙れ、ヨシノブ!」
焔華の声が、雷みたいにバチンと響く。9つの尾がバサッと広がり、空気がビリビリ震える。紫色の目が俺をガンッと射抜く。
「妾は四国大妖狐、焔華。四国を焼き、人の世を脅かした存在じゃ。だが、1400年封印されて、この世を見た。人間の笑顔、祭りの灯、温泉の温もり……ふん、悪くはなかった。だが、妾が生きれば、また誰かが次のノブナガになる。妾の炎が、またあの悲劇の戦争を呼ぶのじゃ」
焔華の声は、震えてた。狐耳がピクッと下がり、はだけた胸元に、薄っすら見える傷痕が月光でチラッと光る。あの傷……まさか、あれが1400年前、巫女が剣で刺した跡? 俺は、頭ん中がグチャグチャで、心臓がバクバク暴れるのを感じた。
「焔華……だから、お前、俺に自分を討てって? 三明剣の契約者って……そんな意味だったのか?」
「ふん、その通りじゃ。ヨシノブ、お主は、三明剣の霊気を集めた。妾の霊使として、契約者として選ばれた。三明剣を持つ者はな、自分を討つことはできないのじゃ。だが、次の契約者を選ぶことはできる。しかし、この剣には実体がない。不完全じゃ。実体を持たぬ霊気の剣が、全力で輝くのは今だけじゃ。さあ、時間がないぞよ。妾を……この傷痕に、躊躇わずに、剣を刺せ」
焔華が胸元の傷痕を指す。月光に照らされた傷、まるで星の裂け目みたいだ。俺は、剣の霊気を握る手がガタガタ震えて、冷や汗がダラダラ流れる。討つ? 焔華を? この夏、ここまでビクビクしながら一緒に旅したこいつを、俺が?
「ふざけんな、焔華! 俺、やっぱりこんなのできねぇよ! お前、それで死ぬんじゃねぇのか!? 霊力は尽きねぇって言っても……マジで、死……消えるだろ!」
俺は、泣き叫びながら剣の霊気を地面に叩きつけそうになる。焔華は、静かに微笑んだ。9つの尾がフサフサ揺れ、銀髪がサラサラと夜風に舞う。
「夜風が気持ちいいのう。ヨシノブ、お主は、ほんとうに甘い。妾は大妖狐じゃ、心配するな、死なん。妾の霊力は新たな形になる。次の戦争を防ぐためじゃ……さあ、妾を自由にしてくれ。それが、真の目的じゃ。なあ、ヨシノブよ。妾の封印を解いてくれて、ありがとうな」
焔華の声は、優しくて、切ねぇ。紫色の目が、赤くなって、涙がポロッとこぼれる。ヤバい。時間がないんだ。狐耳がピクッと下がり、はだけた胸元の、凄惨な傷痕が月光でキラリと光る。俺は、胸がキリキリ締め付けられて、頭ん中が真っ白になる。巫女の裏切り、ノブナガの野望、三明剣の宿命……この夏は、このために全部繋がってたってのか。
「焔華……俺、お前が好きだ。だからこんなの……嫌だよ……」
「ヨシノブ、時間がないぞよ。三明剣の霊気が、消える前に……やれ!」
焔華がグイッと俺の手を握る。ものすげえ力。今までの比じゃねえや。ヒンヤリ冷たいのに、ジワッと熱い霊体の感触。剣の霊気、青白い光がギラギラ輝いて、まるで時間が止まるみたいに感じた。俺は、歯をギリッと噛んで、涙がボロボロこぼれる。ダメだ、できねぇ……けど、焔華の目は、覚悟に満ちてる。
「焔華、ごめん……!」
俺は、叫びながら、三明剣を焔華の胸元の傷痕にズブリと突き刺した。瞬間、青白い光がブワッと弾け、ドス黒い煙がモクモクと巻き上がる。硫黄の匂いがムワッと鼻を刺し、焔華の体がグニャリと揺らめいた。9つの尾がフサッと広がり、銀髪が星空にサラサラ舞う。
「ハハ…ヨシノブ、よくやった……それでこそ……そうじゃなあ、妾も、お主のことは、悪くなかったぞよ……。ああ、妾、ようやく、自由、じゃ……」
焔華の声が、静かに響く。赤い目が、優しく俺を見つめる。次の瞬間、彼女の体が青白い光に包まれ、キラキラと星屑みたいに散っていった。剣の霊気も、煙のようにシュウッと消えた。俺は、膝からガクッと崩れ落ちて、地面に手を突いた。涙がポロポロこぼれて、思い出がグルグル揺れる。
「焔華……お前……ほんとに消えたのか……?」
夜風がヒュウッと吹き抜け、送り火の残焔がパチパチ燃える。焔華の気配は、どこにもねぇ。けど、胸の奥には、確かになんか温かいものが残ってる。たこ焼き、ゲーセン、温泉、祇園祭……旅で出会った人たち。この夏、焔華と過ごした時間は、全部しっかり焼き付いてる。
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どうやって帰ったのかは記憶にない。翌朝、京都の丘で、朝靄がモヤモヤ漂い、鳥のさえずりがチチッと響く。俺は、軽くなったリュックをガシッと背負って、丘を降りる。焔華のキツネのぬいぐるみが、リュックにぶら下がって、ユラユラ揺れる。ちょっとダサいけど、これでいい。三明剣は、全部消えた。ガワだけでも残したのは、そうか。そういうことだったのかもな。焔華も……消えた。けど、彼女のやかましい口調の言葉は、今でも頭ん中にガンガン響く。
「ほれ、ヨシノブよ! いいか、次の時代のノブナガを生むでないぞ。気に食わぬ妖怪を人に置き換えた、哀れな戦争を防ぐのじゃ!」
俺は、ゴクリと唾を飲んで、京都の町を見下ろした。瓦屋根が陽射しでキラキラ光り、遠くで祇園祭の余韻がチラつく。この夏は、ただの冒険じゃなかった。焔華の宿命、俺の選択……全部が、俺の人生を変えた。
「焔華……お前、どこかでまだ生きてんだろ? また……たこ焼き食おうぜ」
俺、呟きながら、ぬいぐるみの手をギュッと握る。夏の京都の風が、ヒュウッと吹き抜けて、なんか……焔華の笑い声が聞こえた気がした。




