第十二話:夏の追憶
夏休み、最後の日。松山の山、朝靄がモヤモヤ漂い、鳥のさえずりがチチッと響く。俺、ヨシノブ、21歳、国立大の3年生は、リュックに焔華のキツネのぬいぐるみをぶら下げて、ようやく見つけたボロボロの祠の残骸を手に持つ。隣には、巫女の子孫、彩花。年齢は失礼だから聞かなかったけど、20歳くらい、黒髪がサラサラ揺れて、静かな目が俺をチラッと見る。焔華が消えてから、胸の奥がズキズキ疼いた。たこ焼き、ゲーセン、温泉、祇園祭……あの夏、全部があっという間で夢だったみたいだ。けど、この祠の残骸は、冷たくて重い。焔華の気配が、確かにここにある気がした。
「ヨシノブさん……この祠が、焔華様のものよね? 供養したいって、無理言ってごめんね。うちのご先祖が……彼女を傷つけたから」
彩花の声は、静かで切ねぇ。私服でいいのに、わざわざ着てきた白い巫女装束が朝靄にフワッと揺れる。俺は、ゴクリと唾を飲んで、祠の残骸を握る。
「いいよ、彩花さん。俺も……形だけでも、焔華をちゃんと送りたくて。この祠、1400年前の傷痕だろ。なんか、放っとけなくてさ」
俺の声は、震えてた。焔華の赤い目、9つの尾、のじゃロリのやかましい口調……全部、頭ん中に焼き付いてる。あの夜、三明剣の霊気で彼女の胸元の傷痕を貫いた瞬間、青白い光が星屑みたいに散った。焔華の最後の言葉が、耳の奥に響く。
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俺の地元の寺で、苔むした石段がカツカツと靴底に響く。夏の終わり、まだまだ暑く、湿った空気が木々の匂いをムワッと運んでくる。彩花と一緒に、祠の残骸を持って寺の門をくぐる。現住職、40代くらいの坊さんだ、婿養子なんで僧侶としては素人っぽいけど、目はキラッと鋭い。祠の残骸を見た瞬間、顔がサッと変わった。
「こりゃ、たまげた……こいつは、四国の大妖怪、妖狐様の祠じゃあねぇか! 見ろ、この札がな、本物の陰陽師のものなんだとよ。嫁の爺さんから昔聞いたことはあるんだがな、なんでも松山の山の奥深くに埋められたって伝説の、本物は、初めて見たぞ。けど……なんか、空っぽだな」
坊さんの声に、驚きと確信が混じる。俺も、冷や汗がツーッと背中を滑る。空っぽ……そりゃそうだ。焔華は、俺が解放して三明剣で討った。霊気も、彼女自身も、星屑みたいに消えた。でも、なんかバレたらヤバい気がして、咄嗟に口を開く。
「あ、これ、最初から空っぽだったんですよ。ほら、見ての通りただの古い祠で……あの土砂崩れの後に出てきたんです。あの違法盛土の。でも、なんか供養してやりたくて。できますかね?」
彩花がチラッと俺を見て、小さく頷く。坊さんは、眉をピクッと動かして、祠をジロジロ見る。
「ふむ……まあ空っぽでも、こいつの気配は、ただモンじゃねぇ。よし、ワシみたいなモグリじゃなく、由緒ある神社から神主さんを呼ぶか。こいつはな、ちゃんと送らねぇと、なんかヤバい気がするでな」
坊さんがゴソゴソと電話をかけ、1時間もしないうちに、地元の神社から神主が3人、ドカドカやってきた。白い装束がサラサラ揺れ、鈴の音がチリンと響く。やっぱり、本職ってのは見た目はしっかりしてるもんだな。祠の残骸を囲んで、なんかゴニョゴニョお経みたいなのを唱え始める。妖怪にお経が効くかよ。あいつが聞いたら鼻で笑いそうだなって、ちょっと思って、寂しくなった。線香の煙がモクモク立ち上り、独特の匂いが鼻をくすぐる。俺と彩花は、寺の縁側に座って、静かに見守る。
「ヨシノブさん……本当の焔華様って、どんな子だった? ご先祖の記録だと、私も家に絵巻があるんだけど、大きな狐のような怖い大妖怪として描かれてるけど……あなたと過ごした夏、子どもみたいで楽しそうだったよね」
彩花の声は、優しくて、なんか胸をズキッと刺す。俺は、ぬいぐるみをギュッと握って、目を閉じた。焔華の笑顔、毎日マヨネーズまみれのたこ焼きを頬張る姿、祇園祭で着物をヒラヒラさせてハシャぐ姿……全部、頭ん中にフラッシュバックする。
「……めっちゃ、楽しかったよ。焔華、10歳のガキに見えるのに、あれでもすげぇ力で、いつも俺を振り回して……でも、なんか、いつも寂しがり屋だった。1400年だもんな、やっぱ。人間の基準じゃ測り知れねえと思うけど、当時の巫女のこと、ノブナガのこと、ずっと忘れられなかったんだ」
俺の声は、震えてた。彩花が静かに頷いて、俺の肩にそっと手を置く。温かい。焔華のヒンヤリした霊体の感触とは全然違う。やっぱ、人間は人間なんだ。線香の煙がフワッと漂い、神主の鈴がチリンと響く。祠の残骸が、なんか軽くなった気がする。
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供養の後、俺と彩花は、山の頂上に登った。焔華が封印されてた場所、ボロボロの祠があった場所。夏の陽射しがギラギラ照りつけ、草の匂いがムワッと鼻をくすぐる。新しい祠は、小さくてシンプルだけど、なんか……今風で凛としてる。神主たちが復興して、ひっそり祀ったらしい。俺は、祠の前に小さいキツネの置きものを置いて、双手を合わせる。
「わらわはな、この山から眺める人の街並みが、一番、好きだったのじゃ!」
焔華の声がした気がした。はっとして、後ろを振り向く。眼下に広がる街、瓦屋根がキラキラ光り、遠くで夏祭りの余韻がチラつく。俺は、ゴクリと唾を飲んで、リュックのぬいぐるみを見つめる。
「焔華……お前、ほんとにこのなんもない街が好きだったんだな。妖怪戦争、起こさせねぇよ。次のノブナガなんて、絶対出さねぇ」
彩花がそっと微笑む。巫女装束が風にヒラッと揺れ、黒髪がサラサラ舞う。
「ヨシノブさん、焔華様、きっと喜んでるよ。あなたが彼女を自由にした。私も……ご先祖の罪、ちょっとだけ償えた気がする」
俺は、胸がキリキリ締め付けられるようだった。焔華の赤い目が、最後の「ありがとうな」が、耳の奥で響く。涙がポロッとこぼれて、ぬいぐるみに落ちる。
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今日で夏休みが終わる。長いようで、短い、不思議な夏だった。京都の駅のホーム、電車のガタゴト音が響く。彩花が手を振って、俺も振り返す。ちゃっかり、連絡先も交換できた。リュックにぶら下がるキツネのぬいぐるみが、ユラユラ揺れる。
この世に、妖怪はいないとみんなは言う。けど、俺は知ってる。焔華、四国の大妖狐、それは確かにここにいた。たこ焼き食って、ゲーセンでハシャいで、温泉で笑って、祭で着物着て……空虚だった俺の夏を変えた。
「焔華……また、どこかで会おうぜ。レンチンのたこ焼き、食おうな」
俺は、呟きながら、電車に乗り込む。窓の外に、京都の街が遠ざかる。星空、送り火、焔華の笑顔……全部、胸に焼き付いてる。この夏は、終わったけど、なんだか新しい始まりみたいな気がした。
(完)




