第76話:王女の様子
ラインハルトの妹である王女の部屋に到着。
「えっ……」
天幕の中の中で横なっていた少女の顔を見て、マリーが思わず声を漏らしそうになる。
何故なら少女の見た目は“普通の状態”ではなかったからだ。
(これは……普通の状態ではないか)
ベッドに横になっていたのは一人の少女だった。歳はマリーと同じくらいだろう。
だが全体的に痩せすぎていて、正確な年齢が分からないのだ。
(普通の王族ではありえないな、この痩せ方は)
国家のトップたる王族が、普段の食事に困ることなどあり得ない。つまり何かしらの原因があり、この王女はやせ細っているのだ。
そんなことを推測していると、ラインハルトが一歩前に踏み出す。
「サラエラ、起こしてすまないな。今体調は大丈夫か?」
「はい、お兄さま。ん? そちらの黒髪の方は? 王宮の者ではなさそうですが?」
「こいつは私の友のフィンだ。市民だが誰よりも頼りになる奴だ」
王女はサラエラという名なのだろう。ラインハルトは妹に、オレたちのことを紹介する。
「えっ……お兄さまにお友だちが? それはすごい!」
「お初にお目にかかります、サラエラ姫殿下。オレはフィンと申します」
ラインハルトから紹介されたのなら、自己紹介をする必要がある。ベッドに横になっているサラエラ姫に向かって、オレは片膝をついて礼節の挨拶をした。
こうした王宮での儀礼的な経験はないが、書物の知識で得ていた挨拶の方法。見よう見まねの挨拶だ。
「な、なんて立派な挨拶⁉」
「庶民で、あそこまで堂々とした挨拶ができる方は、初めて見ましたわ……」
「さすがラインハルト殿下が友と呼ばれる方ですわ……」
そんな時であった。
サラエラ姫のお付きの侍女たちが、何やらオレの挨拶を見てざわつている。もしかして、どこか変な部分があったのかもしれない。
だが、こういった場合は気にしないことも大事。堂々とした姿勢をくずさないでおく。
「わ、私はマリーといいます! よろしくお願いいたします、サラエラ姫殿下さま!」
少し遅れてマリーも真似して、片膝をついて名乗る。かなり慌ててバタついているが、若い彼女なりに精一杯の挨拶だ。
悪い印象は与えていないだろう。
「フィン様にマリー様ですか。私はサラエラと申します。せっかくお兄さまの紹介なので、こんな寝たままで申し訳ありません」
上半身を起こしながら、サラエラ姫も挨拶を返してくる。
健康状態はあまりよくはないが、彼女なりに精一杯の笑顔だ。
こうして挨拶を見ただけでも分かる。この王女は庶民に対しても柔らかい物腰で、明るい性格の少女なのだろう。
「きっとお兄さまが紹介してくれるお友だちなので、フィン様もマリー様も凄い方なのですね」
「お、王女様、凄いなんて誤解です! フィンさんは、ともかく、私は本当に普通な市民ですよ! ここにいるのも場違いというか、例えるなら『フィンさんという巨大な台風に引っ張られた、小さな風船』みたいなもんです!」
サラエラ姫の認識に、マリーは慌てて答える。
「ふっふっふ……風船って、面白い言い方ですね、マリー様。今まで私に会った方は、全員、こんな風に気さくに話してくれた方はいませんでした」
「あっはっは……私もフィンさんと出会ってから、なんか常識が壊れてちゃったのかも?下町育ちの私だから、前は王女様とこんな風に話せないはずなのに……あっはっは……申し訳ないです」
何やらマリーとサラエラ姫は盛り上がっている。年頃が同じということもあり、話のフィーリングが合うのだろう。
「下町育ち? ねぇ、お兄さま。マリーさまに街の暮らしの話を聞いてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
本来なら王女と庶民は、対等に口をきいてはいけない。だが王子ラインハルトの許可も下りた。
お蔭でサラエラ姫のお付きの侍女長も、特にマリーをとがめる様子はない。
「やったー! それじゃ、マリー様、よかったら街のことを聞いてもいいですか?」
「はい、もちろん。えーと、それじゃ……」
王女の希望を聞いて、マリーは自分の暮らしのことを話はじめる。
相手は王女身分の差は大きいが、周りの緊張感を与えない、これもマリーの長所なのかもしれない。
(ラインハルトの明るい妹か。だが、あれは……)
そんな楽しそうな二人の少女を見ながら、オレはサラエラ姫の異変に気がつく。
(あれはアザ……いや、何かの呪印?)
王女の寝室着の隙間からのぞく、細くて白い腕。そこには微かに幾何学模様のような文様が浮かんでいたのだ。
間近で話をしているマリーでも気がつかない、微かな文様。だが異質なものを察知したオレは、その呪印に気がついただの。
(もしかしたら、あれが彼女の衰弱している原因か? だが、どういうことだ?)
王族となれば最高の医療や回復魔法を受けることが可能。だが王女の寝室には、特に回復の専門家の姿は見えないのだ。
「フィン、さすが気がついたか。よかったらあっちで、少しだけ話をしないか?」
オレが観察していた雰囲気を、ラインハルトは察したのであろう。ラインハルトが小声で声をかけてくる。
「……はい、分かりました」
こうして神妙な顔の王子の話を、オレは聞くことになった。




