第77話:控えの間にて
「フィン、さすが気がついたか。よかったらあっちで、少しだけ話をしないか?」
ラインハルトの妹サラエラ姫の様子は普通ではなかった。そんな時、ラインハルトが小声で声をかけてくる。
「……はい、分かりました」
彼はかなり神妙な顔をしていた。大事な話があるのであろう。無下には断れない。
「さて、ここなら妹にも聞こえないだろう」
ラインハルトの案内で、寝室の二つ隣の部屋に移動する。ここならサラエラ姫やマリーに話し声が聞こえる心配もない。
この室内にいるのはオレとラインハルト、あと彼の警護役である女騎士アイナスだけだ。
「さて、お前の目から見て、妹はどうだ?」
ラインハルトは真剣な表情で訊ねてくる。サラエラ姫の第一印象……いや体調のことを聞きたいのだろう。
「オレは医学の素人です。専門家に診せた方がいいのでは?」
「いや、王国でも有数の薬師や、大神官たちに専門家には、既に妹のことは診せている。だが誰も解決策を見いだせずにいるのだ」
「なるほど、そういうことだったのですね」
たいがいの怪我や病気なら、薬師や神官は回復することが可能だ。
だが世の中に原因不明なことも多い。今回は彼らプロでも治せない状況なのだろう。
「王家が手配した者でも治せないとなると、かなり厄介ですね。今回の場合は」
王族であるサラエラ姫を治療するために、今まで最高の薬師や大神官が何度も治療にあたっているのだろう。
だがそれでも一向に回復しないとなると、かなり特殊な症状なのだ。
(ん? だがどうしてオレに?)
ふと疑問に思う。
オレは一介の冒険者ギルドの職員であり、回復や治療の専門家ではない。だがラインハルトは明らかにサラエラ姫の状況を、オレに診てもらいたかったのだ。
「ところで専門家ではない自分に、どうして今回は?」
「たしかにフィンは治療の専門家ではないかもしれない。だが『達人はどんな道にも通じる』という言葉ある。だから個人的な見解でもいいから、お前の意見を聞かせて欲しい」
「なるほど、そういうことですか。それなら個人的な見解を述べさせてもらいます。おそらくサラエラ姫があそこまで体調不良に陥った原因は、“彼女の全身に施された術式”が原因かと思います」
ラインハルトは個人的な見解を求めてきた。だからオレも先慮せずに答える。
「…………」
見解を聞いて、ラインハルトの眉がピクリと動く。冷静なこの王子にしては珍しいほどの動揺を見せる。
「――――なっ⁉ き、キサマ、どうして“そのこと”を知っているのだ⁉ やはり、敵国の間者だったのか⁉」
だが警護の女騎士アイナスは感情を抑えきれなかった。腰に剣に手をおき、今にも抜きそうな剣幕になる。
この反応から推測するに、もしかしたら姫の全身の術式のことは、王国でもかなりトップシークレットなのかもしれない。
「落ち着け、アイナス。サラエラたちに聞こえてしまう」
「で、ですが、殿下……この男はなにゆえに、姫のことを、王家の秘密を⁉」
「その答えは簡単だ。“フィンほどの男”なら、一目しただけで万物が見えるのだろう。もしくは常人には見えない世界が、この男には見えているのだろう。 そうだろう、フィン?」
「……たしかに田舎育ちになので、目は良い方かと思います」
ラインハルトは買いかぶっているが、指摘のとおりオレは幼い時から視力は良い方。そのため意識を集中したら“色んなモノ”が見える。
だが特に誇ることではない。おそらく普通の者も見えている世界なはずだ。
「なるほど『目が良い方』か、上手い言い方だな。それなら妹の体調が良くなる方法も分かりそうか?」
「治療方法ですか? それは姫の診察をもっと詳しくしてみないことには。あとオレの知り合いに、その分野の専門家もいるので、後日にでも連れてきます」
知り合いとは“師匠”のこと。
特殊な呪印や術式に関して、彼女はかなりの専門的な知識があるのだ。
個人的には、破天荒な師匠を王宮に連れてくるのは気がひける。だが今回は王子あるラインハルトの頼み。師匠を紹介するのも仕方がないだろう。
「お前ほどの男が、専門家として頼る者か。会うのが楽しみだな」
「あまり期待しないでください。無礼な上に口が悪い人なので」
「はっはっは……! 『無礼な上に口が悪い人』か! それは楽しみだな!」
何やらラインハルトは嬉しそうに笑いだす。何かがツボに入ったのだろう。
「ふう……さて、まだ時間はあるが、戻るとするか?」
「で、殿下! お待ちください! 今日だけは言わせてください! この無礼な男に関して!」
そんな時だった。控えていた女騎士アイナスは、今までない行動に出るのであった。。




