第12話 船長と工廠の親父さん
アスディース星系主星アスディスは、四年前に見たままの蒼い姿を見せてくれていた。連合加入の星系国家の中では数少ない王制を布いている星系である。
中継ステーションはあるが、ヴァルキリアは入港出来なかった。ステーションの港湾管理管が、地上の王族専用宇宙港へ降りるように指示を出したからだった。
通信指示を聞いたヴィーは、眼を丸くしてわたしを見てくる。
「船長……どうして、王族専用港なの?」
それに答えるには、四年前の事を話さないといけないのだが、わたしは話す気が失せていた。
まさかとは思っていたが、本当にやるとは思ってもいなかった。
「あー、すまん。何も聞かないでくれ……」
「えっ、でも……」
「解かっているよ。わたしも話さないとはと思うが……わたしの口からは話すのは……ちょっとな。ただ、王家人達が借りがあると言っていたんだが、わたしもここまでとは思ってはいなかったよ」
四年も寄り付かなかったわたしは、この後の事を考えて頭が痛くなってきた。
これから会う人達の言葉が、なんとなく予想できたからだった。しかし、ここで帰る訳にもいかず、降りるしかないわたしは、段々気分が落ち込んで行くのを自覚した。
王族専用港に降りたヴァルキリアは、そのまま修理ドックへ迎え入れられた。
足取りも重く、わたしはヴィーを連れて船外に出た。
そこには、苦虫を潰したような顔の工廠のおやじさんが腕組みをして待っていた。何を言われるか、予想のついていたわたしは、恐る恐るおやじさんに近づいてしまっていた。
ギロリ。まさにそういう瞳で、おやじさんの瞳が動いた。
「おまえのたまには、四年も掛かるのか? ええ」
予想通りの言葉に、少し身体を引いてしまった。
「いや、あの……お久しぶりです」
「しかも、船をこんな目に合わせやがって」
「いや、その……」
「おまえ、何をした。ああ?」
「いや、その……すみません。おやじさん」
頭を下げるしかなかった。隣にいたヴィーは、呆気に取られたように、わたしと工廠のおやじさんを交互に見ているようだった。
「でぇ、そっちの嬢ちゃんは?」
「いや、あの……」
何と答えようかと迷うわたしを、尻目にヴィーは自ら名乗っていた。
「ヴァルキリアの航宙士でヴィヴィアンと言います。ヴィーと呼んで下さい」
ニッコリ笑って言うヴィーに、工廠のおやじさんが目を細めた。
「ヴァルキリアはどうだい?」
「最高の船、芸術品。ボクは好きだよ」
屈託無く言うヴィーに、工廠おやじさんの顔が崩れた。
途端に、周りの整備工からドヨメキが湧き上がった。かく言うわたしも仰け反りかけていた。おやじさんのそんな顔を見るのは初めてだった。
「船長を責めないで。ボクが頼んだから、ヴァルキリアはこんな事になったんだ」
いや、それは違う。その事はわたしが言わなければならない事だ。
「おやじさん。ヴァルキリアを、こんな風にしたのはわたしです。必要でしたから、わたしが決めて実行しました」
「必要だった?」
「はい。この姿にしなければならなかったからです」
「自分で傷つけたのか」
「はい」
嘘を言っても仕方が無い。必要だったから傷つけた。
好き好んで船を傷つけるような奴は船に乗る資格が無い。そこまで言い切る工廠のおやじさんだからこそ、誤魔化す訳にはいかなかった。殴り飛ばされるのを覚悟していた。
「良い度胸だ。若の」
周りの整備工が工廠のおやじさんから、一歩身を引いている。おやじさんの怖さは、誰よりも彼らが知っている。
「入国手続きをして来な。ざっと見積もっとく」
「お願いします」
わたしは工廠おやじさん頭を下げて、ヴィーを促して歩き出した。しばらく一緒に歩いていたヴィーだが、立ち止まって見上げてきた。
「先に行ってて。ボク、忘れ物」
くるりと回ってヴィーは駆け出した。わたしは首を傾げたが、入国手続きのために管理局へ向かった。
「おやじさん!」
呼ばれた工廠のおやじさんが振り返ると、ヴィーが駆け戻って来るのが見えた。
「どうした。嬢ちゃん?」
「あの、話があるんだけど……」
「ほう。何だ?」
「ヴァルキリアの事なんだけど……」
「ふむ……こっちに来な」
工廠のおやじさんは、ヴィーを連れて修理ドックの事務室に向う。大人しくヴィーは、その後を付いて行った。中に入ると、おやじさんはヴィーに椅子を勧めて座らせる。
「さて、何を聞かせてくれるんだ」
「ヴァルキリアが、あんな姿になったのは理由があるんだ」
「だろうな。奴が船を、理由も無くキズつける訳は無いからな。何があったのか、嬢ちゃんが教えてくれるんだろ」
「うん」
そこでヴィーは、ヴァルキリアをキズつける事となった一件を、工廠のおやじさんに話せて聞かせる。
ただ、レインの力の事は秘密にして、人体実験のために連れて来られた女の子を助けるためと説明をしていた。
「あれも、やる事が徹底しているな……」
話を聞いた工廠のおやじさんは、呆れたような溜め息を付いて首を振っていた。
「人助けだったんだ。だから、船長を怒らないで」
頭を下げるヴィーに、工廠のおやじさんは笑っていた。
「心配するな。もとより怒っていない」
「本当に?」
「本当だ。奴には前科があるからな」
「前科?」
「おうよ。だからな、判っている」
苦笑している工廠のおやじさんに、ヴィーはホッとしていた。
「嬢ちゃんは、航宙士だったな。ヴァルキリアには驚いただろう」
「うん。ヴァルキリアは、おやじさんが趣味で造って聞いたけど、本当なの?」
「そうだ。元々は王家専用の高速船として造っていたんだが、アーシェン女王が褒美として奴に渡ように言われたからな。まあ、奴もドラードから降りて独立するのに、ちょうど良かったのかも知れない」
「船長が独立したのは、ここだったの?」
「そうだ。四年前になる。それから、一度も来なかった。少々、苛めても良いだろう」
ウインク一つ、工廠のおやじさんはヴィーにして見せる。呆れたようにヴィーはおやじさんを見てしまった。そして、笑い出してしまった。
再び、わたしが修理ドックに戻った時、ヴィーが工廠のおやじさんの隣で、笑っているのに出くわして驚いてしまった。
「船長! こっち!」
わたしを見つけたヴィーが手を振る。近づくわたしに、工廠のおやじさんは笑いながら言う。
「この嬢ちゃんを大事にしな。おまえには必要だろう」
唖然としてしまった。ちょっと前にも、同じ言葉を聞いた覚えがある。ルイフルのおやじさんも同じ事を言っていた。
「さて、ヴァルキリアだが、エンジンの換装に七日。船体の補修とシステムの調整を同時にやる。ヴァルは少し預かるぞ。仕上げまで……一〇日ほどだな」
これは早い方だろう。普通に修理ドック入りすれば、二〇日前後はかかる修理のはずで、いかに工廠のおやじさんが船を愛しているか良く判る。
「すみません。よろしくお願いします」
「似合ねぇ事をするな。おまえに頭を下げられるのは、怖い」
「怖い? どうして、おやじさん」
ヴィーが首を傾げていた。フンと鼻を鳴らして、工廠のおやじさんはわたしを見る。
「前に頭を下げた時は、船を一隻潰したからな。おまえが頭を下げると、ろくな事にはならん」
わたしは何と返すか悩んでしまった。
工廠のおやじさんの言う通りで、前の時は船を一隻オシャカにしてしまっていた。それも理由があって、その事をおやじさんも知っているはずだなのだが……。
「それは、わたしのせいですか?」
「潰したのは、おまえだ」
そう言われると返す言葉が無くなる。ヴィーは、疑問に思ったようだった。
「船長。船を潰したの?」
「いや、それには理由が……」
「見苦しいぞ」
ギロリと工廠のおやじさんに睨まれてしまった。おやじさんにとって、理由はどうあれ、船を潰す事は怒りに触れる事だった。
「あー……わたしが悪いです」
満足したように、工廠のおやじさんは頷いていた。ヴィーは、さらに首を傾げてしまっている。
そこに救いの手が差し伸べられた。実際は救いの手ではなかったが、この場を辞退するのには良かった。




