第13話 船長と王族
「ライフォード。迎えが来ているぞ」
おやじさんの一番弟子を自負するカークがわたしを呼んでいた。
「迎え?」
思い当たる事が無いわたしは、首を傾げてしまった。
「誰だ?」
「行けば判る」
ニヤッと笑ってカークは、わたしの背を押し出した。
修理ドックの外に出たわたしとヴィーを待っていたのは高級車だった。ドアを開けて横に立つ執事然とした姿を見た時、わたしは逃げ出したくなるのを感じてしまった。
「お久しぶりです。ライフォード様」
「ご無沙汰しています。レンバルクさん」
「おや。覚えておられましたか」
わざとらしく眼を見開く執事のレンバルクに、わたしは溜め息が出てしまっていた。
「四年もおいでになられなかったので、もうお忘れになられたかと、お思っておりましたが……私ごときを覚えておいで下さったとは光栄です」
嫌味のなだろうが、まったくもって返す言葉がない。
「ライフォード様。こちらの方は、どちら様でしょうか?」
「ヴァルキリアの航宙士でヴィヴィアン・ランスロウ」
「お初にお目にかかります。私はランハル家の執事でレンバルクと申します」
丁寧なお辞儀するレンバルクに、ヴィーは眼を丸くした。そして、慌ててお辞儀をしてから名乗る。
「ボ……わたしはヴィヴィアン・ランスロウです。ヴァルキリアで航宙士をしています」
「左様で御座いますか。以後、お見知りおきを。では、お二方、お乗り頂けますか。皆様、お待ちになっております」
嫌だとは言えずに、ヴィーを先に乗せてから乗り込んだ。その寸前に聞こえたレンバルクの言葉はとても耳に痛かった。
「連絡もせずとは、薄情な方です」
車はすぐに走り出し、街中を抜けて、やがて山間の一軒の邸宅に入って行った。玄関と言うようなポーチの前で止まり、すかさずレンバルクが降りて来てドアを開ける。
前に一度だけ訪れた事のある邸宅は、その当時のままだった。わたしは溜め息を付いて降りるしかなかった。そんなわたしをヴィーが不思議そうに見てくる。
「船長。何だか、アスディースに着いてから溜め息ばかりだね」
「四年も寄り付かなかったからね。会う人に何と言われるか……気が重いよ」
「四年も?」
「まあ、自業自得と言えば、それまで何だが……」
そうわたしが言った時、玄関が開いて二十代前半の若い女性と、初老の女性の二人が出てきた。 若い女性は笑顔を浮かべて飛びついてくる。
わたしは顔が引き攣るのを感じてしまった。
「レオン! この薄情者!」
わたしの首に手をかけたまま笑う女性に、ヴィーが冷たい視線を投げかけている。
若い女性がわたしに笑顔を向けた時から、ヴィーの周りの空気が冷たくなっているように思えてならない。なんとか平静を装う事が出来たと思う。
「クレア殿下。むやみに抱き付かないで下さい。品位を疑われます」
「やめて、他人行儀みたい。前にみたいに名前で呼んで」
「ライフォード船長。よく来ましたね」
ニコニコと笑う初老の女性も近づいて来たが、声が冷たく感じるのは気のせいだろうか。
「アーシェン陛下。クレア殿下を、お止め下さい」
「あら、どうしてですの? クレアはあなたに好意を持っているのですよ」
「お母様」
頬を染めてクレア・ランハル・アスディスは、母であるアーシェン・ランハル・アスディス、つまり、アスディース星系王国の女王陛下を振り返った。
隣のヴィーは、なぜか冷たい空気を、今度は撒き散らし初めていた。
「それにしても、ずいぶんと薄情な方だったのですね。あなたは」
ニコニコとした笑顔で言うアーシェン陛下は怖すぎた。笑顔がこんなに怖いと思ったのは初めてだ。ここは、一方的に頭を下げるしかない。
「申し訳ありません。こちらに立ち寄る機会が無かったものですから。独立して仕事に追われておりました」
「レオン」
ヴィーがわたしを見上げてくる。
笑顔を浮かべているが瞳が冷たい。おまけに、ヴィーの笑顔も怖かった。それもそのはず、魔女ヴィーがそこにいた。
「紹介して頂けます?」
「あー……」
「レオン。こちらはどなた?」
クレア殿下の声も冷たいと感じるのは、わたしだけなのだろうか?
「あー……」
魔女ヴィーとクレア。二人の視線が冷気を帯びて、言うべき言葉出てこなかった。そんなわたしを無視して二人は互いに顔を見合わせ、
「始めまして。クレア・ランハル・アスディス殿下。私は、ヴィヴィアン・ランスロウ。レオンの女よ」
艶然と微笑んで魔女ヴィーが言えば、クレアも負けずにニッコリと微笑んで言う。
「始めまして。ヴィヴィアン。私はご存知の通り、クレア・ランハル・アスディス。この国の王女。そして、レオンの良い人よ」
背筋が冷えたとはこの事だ。
戦々恐々のわたしは、アーシェン陛下を見てしまった。助けて欲しいと瞳で訴えたのだが、アーシェン陛下は笑っているだけだった。しかも、その笑顔はあいかわらずに怖いと言ったら……。
「レオンが来たんだって!」
若い男性の声が耳に届いた。玄関から出てきた男性は、わたしの顔を見て笑顔を浮かべて駆け寄ってくると、肩をつかんで言う。
「レオン! このやろう! 全然れ……」
途中で首を傾げてしまった男性だった。
「……どうした? 顔が蒼いぞ」
「アーサー殿下……」
思わずわたしは、安堵の息が出ていた。
「?」
「お久しぶりです」
助かったと思ったわたしは、アーサー殿下に頭を下げていた。そんなわたしを殿下は、首を振って止めていた。
「他人行儀はよせ。おまえはオレの戦友だ。敬語も必要ない」
「そうはおっしゃいますが、不敬罪で捕らわれたくはありません」
「何のために王宮でなく、別宅の方へ連れて来たと思っている? 親しい友人を迎えたかったからじゃないか。母上もクレアも、そのつもりだ」
「そうですよ。ライフォード船長」
アーシェン陛下は、頷いて息子であるアーサー殿下の言葉を肯定していた。わたしは諦めるしかない。確かに、あの時もここに呼ばれて、友人として扱ってくれた人達だ。
「判りました」
「おう。じゃぁ、来い」
わたしの肩に腕を回して引っ張って行くアーサー殿下を、魔女ヴィーは呆れた顔で見ていた。このままヴィーを置いて行く訳にも行かず、顔だけ振り返って言った。
「ヴィー。来なさい」
わたしとヴィーが連れて行かれたのは、邸宅のリビィングだった。そこには、すでに執事のランバルトがお茶の用意をして待っている。こう言う事はさすがに抜け目ないと、いつも感心してしまう。
王家の人達に囲まれて、さすがの魔女ヴィーも少し緊張気味のようだったし、わたしはわたしで少し居心地の悪いものを感じていた。三人の瞳が、何か言う事は無いのかとしきりに言っている。
「まずは、四年も何の連絡をしなかった事をお詫びします」
頭を下げるしかなかったから、その通りにする。隣で魔女ヴィーも殊勝に頭を下げていた。意図的に寄らないようにしていた事と、連絡をする事も避けていた。独立したてで必死になっていた事も理由だ。
そして、連絡を取ると王家の人達は、わたしに便宜を図ってくれる事が判っていたから連絡を取らなかった。自分の手で少しは名が知られなければ、トレイダーとしては一人前とは言えない。
「あれから四年。少しは名が知られるようになりました。ヴァルキリアを与えてくださったアーシェン様のおかげです」
再び頭を上げた時、王家の人達の呆れたような顔がみえた。
「どうかされましたか?」
「レオン……」
「何でしょう?」
「似合わないから止めろ」
何の事か判らなかったわたしは、首を傾げてしまった。
「何を止めるのです?」
「その言葉遣いだ」
言葉遣いが似合わないとは、驚いてしまった。そこでわたしは、隣の魔女ヴィーに聞く事にした。
「そんなに、似合わないかね?」
「いいえ。そんな事は無いとは思うわ」
魔女ヴィーも、判らないように首を振っていた。
「レオン」
少し強めにアーサー殿下が、わたしの名を呼ぶ。顔を向けると、
「その娘の前だから、猫を被っているのか?」
「はぁ?」
思わず間抜けな返事を返していた。魔女ヴィーが、不審そうな顔で見てくる。
「レオン。猫を被っているの?」
「そんな事は無いと思うよ。キミと出逢った時から、この言葉遣いだったはずだ。普通に話していると思っているからね」
「そうよねぇ……?」
頷く魔女ヴィーだった。逆に王家の人達は、何とも言えない奇妙な顔になっている。
彼らもわたしの事を何だと思っているのだろう。ルイフルのおやじさんには狂犬と言われるし、工廠のおやじさんは壊し屋とでも思っているようだし、良い評判は聞かない。
「わたしを何だと思っているんです?」
「バカ」
短く三人が声まで揃えて言う。
いや、あの、いくら何でもそれはあんまだと思ってしまったわたしは何なんだろう。魔女ヴィーまでもが、納得したように頷いている始末。
「それは、あまり言えばあまりのお言葉ではないですか」
「でもまあ、そのおかげで私達は、ここにいられるのですから、感謝はしていますよ。ライフォード船長」
苦笑と共に、アーシェン陛下が言う。
「俺は、おまえに敬語など使われた覚えは無いからな」
「私も、怒鳴られた覚えしかありませんからね」
アーサー殿下が言えば、クレアまで言う。更に、アーシェン陛下までが、
「そう言えば、私も怒鳴られましたわね」
「かんべしてください。わたしが悪いです」
ひたすら頭を下げるしかない。王家の人達の言葉は身に覚えがありすぎた。
「さて、二人とも、これで気が済みましたか?」
笑いながらアーシェン陛下は、子供達に言う。わたしは何の気が済んだか判らずに、首を傾げる寸前だった。
「四年も音沙汰無しの薄情者には、これぐらいは言ってやらないとな」
「そうね。私も、もう子供ではありませんよ。レオン」
二人は笑いながら言う。
「レオン。どう言う事かしら?」
魔女ヴィーが、とても冷たい瞳でわたしを見てきた。
この中でヴィー一人が、四年前の事を知らない。話す機会はあったが、はぐらかして話していなかった。まったくもって、後の祭りとはこの事である。
「簡単に言うとね。四年前にドラードが事件に巻き込まれて、ルイフルのおやじさんと一緒に、王家の方達を救ってしまったと言う事なんだよ」
「簡単すぎて、解からないわ」
笑顔を浮かべながら、どんどん冷たくなる魔女ヴィーの視線に、冷や汗が出てくるのを感じた。
かと言って、わたしから話すのには抵抗がある。わたしの言葉に苦笑を浮かべたのはアーサー殿下だった。
「レオン。それだけで解かれとは無理があるぞ。ヴィヴィアン。俺達はレオンに命を救われた。こいつがいなければ、俺達は今ここにいなかった。恥ずかしい話だが、クーデターが起こってな。たまたま寄港していたドラードのルイフル船長が、俺達の国外脱出を手伝だってくれたんだが、途中で見つかってレオンと俺達だけで小型艇で逃げるしかなかった。ところがだ」
アーサー殿下はわたしを指差して、魔女ヴィーに聞いていた。
「こいつは、どうしたと思う?」
魔女ヴィーに答えられるはずも無く、小首を傾げる仕草をしていた。
わたしは、そ知らぬ振りをするしかない。今考えると、良くそんな事が出来たと思う。が、同じ事が起きれば、また同じ事をするだろう。一三年前のあの時から、その意味ではわたしは、変わってはいないと思う。
「落とし前をつけさせる。そう言って、クーデターを七日で終わらせてしまった」
呆れたような顔で、魔女ヴィーがわたしを見てくる。
「レオンは、以外に熱血漢だったのね」
「ヴィー……」
「何かしら?」
「あー……」
わたしに何が言えると。何かを言うべきなのだろうが、言えば言ったで魔女ヴィーが何と返して来るか怖くもあった。
魔女ヴィーを口先で丸め込む事は、どうしても無理だった。
「公式には、ルイフル船長やレオンの事は記録されてはいないが、この国を救ったのは事実だ」
「なのに、レオンは四年前に出て行ったきり、音沙汰無しの消息不明。私達がどんな思いで過ごしてきたか……」
まったくもって返す言葉が無い。なんと言われようとも、連絡を入れなかったわたしが悪いとしか言い様がない。
「しかも」とアーサー殿下はヴィーを見て言う。
何だろうと思っていると、アーサー殿下は、わたしに顔を向けて責めるような瞳で見つめてくる。
「やっと戻ったと思ったら、そんな女の子を連れている。俺達が、嫌味の一つぐらいは言っても、文句はないはずだ」
「レオン、まさか、犯罪に手を染めてはいないでしょうね?」
ヴィーは、どう見ても一六にしか見えない。一般的には、まだ親の庇護の元にいる場合がほとんどの年齢と言っていい。親元を離れるにしても、普通は一八になってからた。心配してくれるのは判っているが、見当違いとしか思えない。
「その娘は、どう見ても一六ぐらいよ」
「クレア殿下」
黙っていた魔女ヴィーが、静かに口を開いた。
「私は確かに一六だわ。だけど、親の庇護を必要なほど子供ではないわ」
「何を言っているの。一六ではまだ子供よ」
「私が親元を離れたのは一〇才の時。それから、レオンに逢うまでは、星々を渡り歩いて一人で生きて来たわ」
アーサー殿下とクレア殿下の動きが止まった。アーシェン陛下は眼を見張り、あらまあと呟いていた。
わたしとしては、何か言うべきなのだろうが、果たして何を言えばいいのか見当もつかなかった。
「私はレオンと出逢えて自分の居場所が出来た。それまで、どこにも私の居場所なかったわ。故郷にでさえ。だから、レオンとは離れない」
「ふざけないで! レオンを巻き込まないで!」
バンとテーブルを叩いたのはクレア殿下だった。魔女ヴィーを睨み付けてから、わたしを振り返っていた。
「レオンも何か言いなさい!」
わたしはヴィーに巻き込まれたわけではないが、クレア殿下から見るとそうなるのだろう。
ヴィーが魔女だから手元に置いているわけではない、ヴァルキリアにとって必要な人材だったからだ。その事は言っておかないといけない。
「クレア殿下。わたしはヴィーをヴァルキリアから降ろすつもりはありませんよ」
「どうして!」
「ヴィーほど優秀な航宙士はいません。トレイダーとして優秀な航宙士は、手元に置きたいと思うのは当たり前です。優秀であればあるほど、誰でも喉から手が出るほど欲しいものです。わざわざ他人に渡すのは愚の骨頂です」
「でも!」
「クレア殿下。わたしはトレイダーです」
「それが答えか?」
アーサー殿下が問い掛けてきた。わたしは頷く事しかしない。なぜなら、
「それが全てです」




