主人公になれないのなら
金色に光る剣が俺の胸を貫いている。
「――――――カハッ」
口から赤黒いものがこぼれる。
知らなかった。俺にまだ人間らしさが残っていたなんて。
両手から力が失われて、銀色に迸っていた俺の神力が消えて溶ける。
「今だ!」
「いっけぇええ!!」
レイトとカレンの声が俺に届くよりも早く、金色と紅色の奔流に飲み込まれた。
削られていく。
俺の体は普通じゃない。肉体という概念は存在せず、神力によって降臨しているに過ぎない。
つまり、二人の神力に削られている今、俺はまさに死に向かっている。
長い一瞬が過ぎて、奔流が止まる。
「やったか……?」
誰かが生存フラグを立ててくれる。
右腕と左足が消失していた。
「――効いたぜ」
俺は吐き捨てるようにして、二人の最強を睨み付ける。額が割れて、銀色の光が漏れ出てきていた。
厄介な状況だ。
レイトには主人公補正が働いてるから、奴の都合がいいようにしか事態は動かない。
弾いた奴の剣がアイリスの近くに飛んでいたのはまったくの偶然だ。偶然だからこそ、レイトの主人公補正が働いた。
しかし、レイト以上に厄介な相手がいる。それがカレンだ。
カレンの神力は他者の神力を打ち消す能力がある。封印はまだ解けていないようだがそれも時間の問題だ。
この戦いを早く終わらせなければならない。
「でも、これで終わりだって思ってねーよな?」
俺は挑発的な口調と一緒に胸に刺さった黄金の剣を引き抜く。
赤黒い血と一緒に銀の雷が迸った。
人間だったら心臓を潰された時点で死んでいる。このときばかりは人間を辞めていてよかったと思う。
「もちろんだ!」
ノエルの声、だろうか。
聴覚がうまく働かない。思いの外二人の神力が効いているらしい。
声の主を聞き分けられなくなったことに困惑していると、振動が肌を襲った。
振動が何なのか疑問に思うよりも早く、俺の左目に槍が突き刺さった。
「やれやれやれぇ!! あの化け物をぶち殺せぇえ!!!!」
誰かの怒号が、遠くなった俺の耳でもはっきりと聞き取れた。
俺と英雄二人を遠巻きに囲っていた連中が動き出したと分かったのは、鉄の剣が突き立てられてからだ。
「ガッ……ハッ……?」
俺に群がって来る暑苦しい男たち。
各々が呪詛を叫び、各々が持っている武器を俺へ突き立てる。
「今こそ好機だ! 魔神を倒せ!!」
怒号の向こうでノエルが叫んでいる気がする。
お前はいつからそんな偉くなったんだ、とか、指揮は勇者のレイトじゃないのか、とか色々と言いたいことがある。しかし、怒号の中心にいる以上、俺の声はきっと届かないだろう。
男たちに刺されているが、俺だってただ黙っているわけではない。
振り払おうと体をひねる。暴れようと猛々しく吠える。
しかし半分にまで減った四肢に力は入らず、咆哮は怒声によってかき消されていく。
同じ魔神でもサタンとはずいぶんと扱いに差があるものだ。彼女の方がまだ芯は強かったし、目的を達成しようとする強い意志を感じた。
俺にはないものばかりだ。
「――いい加減に」
俺に剣を突き刺そうと振りかぶる一兵卒。その鎧に銀色の閃光が反射する。
「しろぉ――――!!!!」
叫びは神力となりて、群がる男どもを打ち砕いた。
吹き飛ばされる者、無残にも肉片に成り果てた者もいる。
そうだ、普通は神力を食らって耐えられる人間なんていない。
普通ではない連中と仲良くしていたから、どうしても感覚がおかしくなってしまう。
俺は感覚を矯正しながら、神力で左足を再現して立ち上がる。
体が震えていた。
力が入らない。目は霞んでいるし耳鳴りがしてほとんど何も聞こえない。
いや、違うな。
俺の体はとっくに死んでいる。
神力で死体を動かしているだけで、もしも神力を止めれば俺は二度と起き上がれない。
「さすがシオンだ」
黄金の神力を全身から滲ませて、レイトが剣を拾う。
「褒めてんのか? 俺は敵だぜ?」
「でも仲間だった。僕はまだ友達のつもりだよ」
「抜かせ。殺気が駄々洩れだぞ」
「ははは。全部お見通しか」
レイトの姿が消える。
目が追いつかないことに苦笑して、俺は倒れるように半歩前に進む。
痛みで痺れている背中に熱い感覚が走った。
俺は神力を失った右手の代わりに伸ばし、振り向きざまに後ろを薙ぎ払う。
黄金と銀が交差し、衝撃が俺の髪をかき上げた。
「……さすがシオンだ」
つばぜり合いをする俺たち。すぐ近くにあるレイトの顔が、先ほどと同じ言葉を先ほどより感情をこめて呟く。
「お前だって凄いぜ。俺に単騎で渡り合うとは、さすが主人公だ」
俺は神にまでなったっていうのに、ホント主人公補正が羨ましい。
「僕はレイトだ。主人公じゃない」
レイトが一瞬だけ力を抜き、僅かながら俺の姿勢を崩す。次の瞬間には力を込めて、俺を弾き飛ばした。
「シオン、君はいつも僕を見ようとしないね」
「あ? 何言ってんだ。俺はお前を一番に信頼してんだぞ」
あのバカ幼馴染、紛い物勇者と違って、レイトをライバルだと認めてすらいるというのに。
「信頼? それは主人公に対してでレイトにじゃないだろ?」
「……何が言いたい」
俺は崩れた体を銀を杖に立ち上がり、レイトを睨み付ける。
神力が無ければ感情が読めるんだが、主人公補正に阻まれてしまう。
「シオン。君が僕を主人公と呼ぶように、僕にとって君は主人公だった。同じ場所に立てるのなら、僕は今でも君を尊敬していたよ」
「今じゃ絶対悪だ。ラスボスだぜ?」
言いたいことは分かっている。だからこそ俺は不敵に表情を崩す。
俺は転生者でチートで神にまで成り上がった。
話を聞いただけだと俺は正に主人公。世界の中心に立つべき存在だ。
でも俺は、自らを主人公だとは思えない。
そもそも俺がこの世界に来たのは勇者召喚に巻き込まれたからだ。チートだったにも関わらずライバルがいて、神なのに人間相手に苦戦している。
どれもこれも、勇者という絶対の主人公がいたからだ。
俺ではなく、レイトを中心に世界が回っているからだ。
だから俺は主人公にはなれない。脇役でしかない。
主人公になれないのなら、悪役になるしかない。
「うん。分かってる」
レイトが半身を残し、腰の後ろで剣を水平に寝かせる。まるで居合いの構えみたいだ。
溢れるほどの黄金が、彼の剣を飲み込んでいく。
「だから僕が倒す。君だけは、絶対に」
抑揚なく静かに、しかし激しい闘志を感じさせてくれる声。
俺は言葉を返さず、微笑を浮かべて両手から神力を伸ばし、右手に持つ銀を左手に持つ銀へ縦に刺した。即席の刀のように。
刀を水平に腰に回し、体を倒すように前のめりに踏ん張る。鞘に収まっている刀からは溢れる神力が稲妻となりて眩く走る。
「俺流剣術――――」
「シオン流剣術――――」
言葉はほとんど同じ。タイミングも同一。
ならば何をしようとしているのかも必然と出てくる。
お互いが全力で同じ技をぶつけようとしていた。
「「――――――絶!!」」
一歩で距離を詰め、これまた同じことを考えていたのかレイトも同様に、俺たちは空中で金と銀の刃を巻き散らかす。
絶は空間そのものを斬り払う抜刀術。限界まで力を溜め、刹那の間に何百も剣を振るう。
故に常人は技そのものを発動できないし、訓練して技と呼べる状態まで鍛えたとしても腕にかかる負荷が絶大で長時間の維持はできない。
神となり人間では得られない強度を手にした俺と互角に渡り合うなんて、人間には不可能なはずだった。
「うぉおおおお!!!!!!」
既に振るった数は万を超えた。人間だった頃ならとっくに腕が引きちぎれていたであろう長い一瞬を、レイトは追ってきている。
予想はしていた。
俺という脇役が考えた必殺技を主人公であるレイトが使えないわけがない。幼馴染のリョウだって俺の技を見よう見まねで再現したぐらいなのだから。
わずかばかりの嫉妬に蓋をして、俺は膠着してしまった状況を打破しようと考える。もちろん、手を動かしながらだ。止めれば間違いなく死んでしまう。
「……シオン」
轟音と思考の渦の中にいる俺を呼ぶ声。
声は背中、前方に全力を注いでいたから無防備になっている、から聞こえてきた。
背筋を指先でなぞられたような悪寒が走る。
後ろにいるのは誰なのか、考えるまでもなかった。
愛する人。俺が魔神と呼ばれる原因となった人。
魔王、カレン。
俺やレイトに並ぶ実力者に背後を取られていた。
「ボクを忘れないでほしいな!」
禍々しい剣が、俺の心臓へと突き立てられる。
視界が紅蓮に染まった。
神力を直接体内に注がれたんだと直感で理解する。
刀が、右腕が、神力が消滅した。
「チィッ!!」
「えっ――!?」
レイトとの均衡はカレンによって崩された。
俺は舌打ちを一つして、残っている左手でカレンを押し飛ばす。
「はぁぁああああ!!!!」
レイトの絶が、剣が、金色の奔流に飲み込まれて。
俺の体はあっさりと消滅した。




