俺は脇役でいたいんだ
シオンへ。
久しぶり、カレンです。ヨボヨボのおばあちゃんになっちゃったけど、覚えていてくれましたか?
シオンと、世界の敵になっていた人と戦ったとき以来だから忘れちゃったかな?
ボクは昨日のことのように覚えています。
シオンが戦ったのはボクたちを守るためだよね。
戦いが終わった後、全部思い出したんだ。
君とボクが結ばれたこと。神力のほとんどがボクの記憶の封印に使われたこと。戦いのさ中、シオンが本調子じゃなかったこと。
全部思い出した。そして、長い間泣いた。同時に自分の無力さを嘆いた。
どうして頼ってくれなかったんだって。
あ、今でも怒ってるわけじゃないよ。
シオンが一人で戦ったのは、きっと運命が見えていたからなんだよね。
ボクは魔王で、レイトは勇者。
魔王と勇者は殺し合う因果にある。魔族と人間は憎み合っているし、ボクとレイトはお互いの最大戦力。相いれない存在だった。
そしてボクは、主人公であるレイトには勝てない。どんな策を講じたとしても絶対に負けてしまう。悔しいけどそれが現実だ。
でもボクがシオンに使い魔召喚されて、魔王と勇者は関わるようになった。交わらない二つが楽しく談笑するまでの仲になった。
シオンが一人になったのはボクたちの仲なら運命に抗えると思ったから。だけどまだ足りないと思ったから。
だから世界そのものに神力を使って、皆の感情を書き換えた。
シオンという第二の魔神を心底憎むように。
正しいのかどうかで言えば、確かに正解だったと思う。
ボクとレイトは絶対悪を倒すために手を取り、多大な犠牲と引き換えに勝利した。
一度結束した絆は簡単に解けず、ボクやレイトも戦争を回避するように働いたから、勇者と魔王の戦いは起こらなかった。
納得はできないけどね。
レイトはあの後、アイリスと結婚したよ。
ボクの知らない間にレイトが告白したんだって。驚いちゃったよ。シオンは知ってた?
さらにね、レイトは今までの功績の結果全世界の王になったんだよ。
魔王のボクと半分こにしようって話もあったんだけど、疲れちゃったし断ったんだ。レイト一人の方がいい世界になると思ったしね。
ノエルは軍の一番偉い人になってた。
当時初めて知ったけど、ノエルって有名な暗殺者だったんだね。正体を明かしたら一悶着あったし、鎮めるの大変だったなぁ。
アイリスは、シオンを綺麗さっぱり忘れてた。
何したのか知らないけど、彼女だけは神力が解けなかったみたい。ボクとレイトがあれやこれやと頑張ってみたけど、結局記憶は戻らなかった。
レイトは悲しいけど仕方がないって諦めてたっけ。絶対の破壊者を見なくなったのと関係があるのかもしれないって考えてたかな。シオンを悪く言う人と一緒にいたくなくて離れちゃったから結末は知らないんだ。
魔族は人間に混じって生活するようになった。
レイトたちが頑張ったからってのもあるけど、四天王の皆も尽力してくれたんだ。覚えてるかな? ジンやリザだよ。仲が悪かったから覚えてないかもしれないね。
人間も魔族も、シオンの夢でもある世界平和のために働いてくれたよ。
そしてボクは――
「そしてボクは……」
手紙から目を離して、ボクは窓の外へと視線を送る。
年は取りたくないものだね。自分が書いている文字すらも読めなくなるなんて、情けないったらありゃしない。
外はすっかりと日が落ちていた。時間を忘れるぐらい手紙を書くのに夢中になっていたみたいだ。
暗闇の中に所々白い点が見えている。レイトがいた世界にあったものらしい。確か、ショーメイと言ったかな。シオンも彼と同じ世界だったって聞いたから、彼もあの光はよく知っているはずだ。
ボクはあまり好きになれないんだけどね。
もう一度がんばるかと視線を手紙に戻す途中で、ガラスに映る椅子に腰かけた赤髪の老婆が目に入った。
赤い髪に皺だらけの顔。紅蓮の目は鋭さが抜けて、すべてを包む慈悲を宿している。
ボクは苦笑してしまう。
ガラスに映るのは自分の姿だ。
魔王カレンは、戦いが終わった後すぐにその頂から降りた。
後釜ならレイトがいた。
シオンのおかげで一致団結した人間と魔族を統べるのに、魔神を倒した勇者ほどふさわしい存在はいない。
大まかにはレイトが、そして魔族にしか分からない部分はボクの下で働いてくれた四天王が手を貸したはずだ。
ボクが王である必要性はなかった。
シオンを失ったことから立ち直れなかったことも、ボクが引退する理由になった。レイトや四天王たちもボクの気持ちを知ってか、引き留めようとしなかった。
そして平和で埋まらない穴を抱えたまま、長い長い時が過ぎた。
魔神を倒した英雄はもういない。
アイリスもノエルも四天王の皆も、シオンと関わった人間は誰もいなくなった。
皆寿命で死んじゃった。
そしてボクも、もう長くはない。
「シオンはボクを憎んでいるのかな。こんなおばあちゃんは気持ち悪いって言われちゃうのかな」
やっぱりまだ目を休めるべきなのかもしれない。ちょっと気分が悪いや。
僕は思い直して目を閉じて、椅子に体を預ける。椅子がギシリと軋んだ。
死後の世界というものを、信じているわけではない。
会えるのなら、会いたいと思う。シオンがいない長い時を過ごしたんだ。心の底から渇望してしまう。
でも、シオンがボクを受け入れてくれるとは思えない。
ボクはシオンを、愛する人をこの手で殺めた。
誰だって自分を殺した相手を受け入れることはできない。もし受け入れられるほど心が広かったとしても、以前までの関係に戻れるとは限らない。
もしかしたら許してくれるかもしれない。俺が望んだことだ。悪かったな辛い思いさせて。と言って頭を撫でてくれるかもしれない。シオンは優しいから、ボクを責めないかもしれない。
だけどすっかり年老いてしまったボクは、彼に愛してもらったボクじゃない。
シオンのそばにいたい。それは確かにボクの望みだけど、彼に直接拒絶されたら、とどうしても考えてしまう。
ボクが無駄に長生きしたのは、結果を先延ばしにしたかったからだ。もう、それも叶わないけど。
『無駄なんかじゃねーよ』
聞こえるはずのない声がした。
ボクは驚いて目を開ける。
部屋には一人、ボクしかいなかったはずだ。まさか鈍りすぎて気配も読めなかったというわけではあるまい。
目を開けると、白一色の空間にいた。先ほどまでボクがいた小さな小部屋ではない。
神々しいほどに純粋な白が支配する空間に、ボクはいた。
「すべての経過を見て、俺に教えてくれた。カレンにしかできないことだ。だろ?」
白い空間には人影が二つあった。
一つはボク。そしてもう一つの影が、ボクに優しい口調で問いかけてくる。
髪と瞳は銀色。風がないのに漆黒のコートをはためかせ、非生物的で複雑な翼が二対伸びている。
忘れるはずのない顔。
忘れるはずのない声。
忘れるはずのない人が、ボクの目の前で首を傾げている。
「――シオン」
「久しぶりカレン」
そう言って、ボクが殺した最愛の人は笑った。
「どうして……?」
シオンはあのとき確かに消滅したはず。ボクをかばって、レイトの神力を一身に受けたはずだ。
生きていられるはずがない。同じ神力を扱う者として、ボクはそう判断していた。だからたくさん泣いたんだ。
「あー、それはだな」
シオンは気まずそうに頭をかいて、言葉を伸ばす。
いつだったかボクが楽しみにしていたデザートを勝手に食べたときのように、ボクを怒らせると分かっているような感じだ。
「俺、神様じゃん?」
「何をいまさら」
「まあ聞けって。んで、俺ってもともと人間じゃん?」
「うん、まあそうだね」
何を言っているんだろう。
昔話をするつもりなんだろうか。でも、ボクが質問した内容とは微妙に時期がずれている気がする。
「俺が神になったのは、別次元の俺自身と融合したからなんだ」
別次元のシオンってどういうこと?
「ちゃんと説明してやるって。前世の俺が神になった。だけどそれは魂だけの話で、生物の理から外れられなかった俺の体は輪廻転生した。結果生まれたのが今の俺なんだ。だから魔神を倒すために前世の俺こと神と融合して今の俺が神になったんだけど、やっぱり体は人間のままで神になっていなかった。俺は体を一度捨てる必要があったんだ」
えーと、つまりどういうこと。話が長くて理解が難しいんだけど。
ボクはシオンに責めるような視線を送る。
なんとなくわかっていた。彼はわざと複雑に、ボクが理解に苦しむように話をしている。
話をごまかして、怒らせずに済ませようとしている。
「えーと、つまりだな。俺が神として今後も存在するためには、一回死なないといけなかったってことだ。俺が全生物の敵になるようにしたのはどうせ死ぬなら大々的にしてやろうって思ってさ」
シオンが努めて明るくなるような声音と口調で、長い長い時間が過ぎたあのときの真実を教えてくれた。
「……じゃあシオンが戦ったのは全部自分のためってこと?」
「ああ。そうなるな」
「レイトに殺されたのもわざと?」
「半分はな。全力の主人公と戦いたかったのは本心だ」
「じゃあボクがずっと泣くのも分かっててやったんだ」
シオンの動きがピタリと止まった。
今まで軽快な口調と笑顔だったのに、そのどちらもが一瞬で消え失せた。
「…………悪かったって思ってるよ」
思っていなかったら力いっぱい殴っていたよ。
ボクの考えを読み取ったのか、シオンの肩がわずかに跳ねた。
「俺は死なないといけなかった。神が不在になると色々厄介だからな」
「どうして相談してくれなかったの?」
「したら止めるだろ」
「もちろん」
死にたいなんて言われたら全力で止める。
それがボクが一番好きな人だったならなおさらだ。
だけど相談してくれていれば、ボクが受ける傷は少なくて済んだかもしれない。どうせ記憶は操作されてしまうのだから、言ったところで計画に支障はなかったはずだ。
「カレンに俺の神力が通用するか確証がなかったんだよ」
言い訳がましくシオンがため息を吐いた。
ボクの神力は他者の神力を無効化する。シオンという神の全力だったからこそボクは記憶操作されてしまったんだけど、同じ生物だった頃ならきっと失敗していた。
だから不用意に情報を渡さなかったと。まあ理解はできる。納得はできないけどね。
「納得してくれよ」
「できないよ。っていうか勝手に人の心読むの止めてくれる?」
「読むんじゃなくて見えるんだから仕方ねーだろ。そっちが生物の理から抜けろよ」
「できるわけないじゃん。シオンじゃないんだから」
「俺がおかしいみたいな言い方に聞こえるぞ」
「事実でしょ」
冷めた言葉と一緒に睨んでから、ボクとシオンは同時に吹き出した。
何年経っても変わらないやり取り。ボクもシオンも昔と色々変わったのに、確かに変わらない日常の会話。
「カレン。お前が死んだら言おうと思ってたことがある」
突然真剣な顔をして、シオンが口を開く。
「どうしたの改まって」
「俺は神になったんだが、助手の天使がいないんだ」
「うんうん。それで?」
「もしよかったら、俺の天使になってくれないか? 魔王が天使ってのもおかしな話だけど」
シオンがそう言って顔を綻ばせる。何となく彼が照れているということが分かる。だけどどうして照れているんだろうか。
「俺の天使になるってことは俺と一緒にいるってことだ。永遠にな」
「永遠……?」
「言い直すぞ」
シオンは咳払いをして、大きく深呼吸をする。
なんでかな。ボクまで緊張してきてしまう。
「カレン。俺と一緒にならないか。文字通り、未来永劫永遠に」
シオンが手を差し伸ばす。
顔が真っ赤だ。ボクも同じような顔になっているだろうからあまり笑えないけど。
ボクは深呼吸をして、シオンの言葉を頭の中で反芻する。
シオンはあの日の続きを、ボクの記憶を書き換える直前の続きの話をしている。
ならボクの答えはとっくに決まっていた。
「はい。不束者ですけどよろしくお願いします」
ボクの答えを聞いて、シオンは安堵したように笑った。
昔々、世界を嫌っている人間がいた。
主人公になれず、脇役でいた人間がいた。
彼は主人公とラスボスの結末を変えるために動き、世界そのものの敵になった。
そして誰よりも長く、永遠の愛を、ようやく手に入れた。
彼の物語はここで幕切れ。
次に始まる物語でも、彼はきっと脇役でいる。
シオンが脇役でいたいと願い続ける限り。
シオンの話はここで完結です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




