『君を倒す!』
銀魔城に、たくさんの生物が集まっていた。
「随分集まったね。さすが、人間と魔族の連合軍だ」
「協定を結ぼうと言い始めたのはレイト側でしょ。予想してなかったの?」
生物たちを見下ろす二つの影。勇者レイトと魔王カレンだ。
「これだけの数が一時的にとはいえ手を取り合ってくれるとは思ってなかったよ。おかしいよね。言いだした本人が一番驚くなんてさ」
「レイトだけじゃないよ。ボクも驚いてる。責めるような言い方しちゃったけど」
カレンが恥ずかしそうな笑顔を見せる。
「ついこないだまでいがみ合ってたんだ。驚くのも無理はないよ」
レイトは一人だけが驚いているわけじゃないと安堵して、静かな瞳を連合軍に向ける。
魔族と人間の間には張り詰めた糸のごとき緊張が走っていた。糸が切れれば、後はどちらかが滅びるまで争う戦争に突入していただろう。
「シオンに感謝してるの?」
「はは、そうかもね。彼がいなければ、この景色はなかった」
考えごとをしている顔をカレンに覗きこまれて、レイトは苦笑した。
一色即発の両陣営が手を取ることになった、取らざるを得ないような状況を作り出した元凶は、銀魔城の内部で沈黙を守っていた。
「だからと言って、許すつもりはないけど」
そう言って、レイトは軽く踏み込み、次の瞬間には連合軍の先頭に立っていた。
「……レイト、また腕を上げたんだ」
カレンが呆れの声をこぼす。今の動きは目で追うのがやっとだった。
レイトが強くなったのか、カレンが鈍ったのか。もっとも、後者はあり得ないのだが。
「彼はあの男がいなくなってからより一層の鍛錬を積んでいましたからね」
声が聞こえて初めて隣に人が立っていると気付いたカレンは、少し目を見開きながら平静を装う。
「アイリス。久しぶり、だね」
「久しぶりです、カレン。変わらず元気そうで」
何故だか少し気まずい。
アイリスとカレンは、友人である相手との距離感がなぜか掴めない。
「準備は出来たんですか?」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」
カレンは掴めない距離感を無視して、不敵な笑みと共に返事する。
「ええ、もちろんです。あの男は今日ここで確実に絶対殺します」
目の奥に燃える復讐心は、カレンすら焦がす勢いを持っていた。
「足手まといにはならないでくださいね」
「ボクを誰だと思ってるの。敵を見逃すなんてあり得ないから、安心してほしいな」
頭が痛む。理由は分からないが、敵と言うたびに痛みが走る。
カレンは、無意識に潜む違和感を噛み殺しながら笑った。
「よく来たな、ゴミ共!」
ぞわり。
銀魔城の一番高い位置にある窓から人魔の軍勢の空を奪った声に、その場にいた全ての生物が恐怖した。
「――シオン!」
否、一人だけ。
「君を倒す!!」
恐怖とは無縁の存在、誰もが認める勇者が、上空に現れた邪神に跳びかかった。
「言うではないか人間風情が!!」
轟と響く声と共に俺は剣を創造し、レイトを逆に弾き飛ばした。
「せっかくだ。盛大に歓迎してやろう」
人間の最強が簡単にあしらわれたことに驚く連合軍に、俺は更なる絶望をプレゼントするため右手を上げる。
銀色の槍を可能な限り早く量産する。多少の質は無視だ。全員に渡るだけの数を用意する。
俺の本気によって錬成されていく槍は、一気に空を埋めていく。それはまるで今にも降り出しそうな雨雲のごとく。
「槍の雨だ。とくと味わえ」
絶望によって青ざめる者、自衛のために気絶する者、恐怖に耐えられず嘔吐する者。
生き物らしい反応の数々を冷たく見下しながら、俺は右手を下ろす。
槍の雨が、降り注いだ。
破壊の音が際限なく鳴り続ける。降り注ぐ一つ一つに必殺の威力を持つ雨だ。雨が止んだ時には地獄絵図が広がっているはずだった。
「そう簡単にはさせないよ」
しかし実際は俺の予想が外れ、紅蓮の盾が全部の槍を受け止めていた。
「ほぉ。やるじゃないか」
「ボクを舐めないでくれるかな」
俺の攻撃を防いだのは、盾と同じ紅蓮の髪を持つ少女、魔王カレンだ。
「アイリス!」
カレンが名を呼びながら、俺は向けられている殺気に気付いて、同じ人物に視線を向けた。
「はい。分かってます」
弓矢を引き絞りながら、アイリスが頷く。矢に負けぬ鋭い瞳は標的を射抜いていた。
光が三筋、アイリスの手から放たれる。
「舐めてるのはどっちだ。この程度、効くわけがない」
矢は三本とも俺に命中した。が、俺を貫けず光は霧散した。
俺は神だ。今さら、ただの人間の攻撃なんて効くはずがなかった。
「それは残念だ」
背後から声。
相手に気配を感じさせないこの声の主を俺はよく知っている。
「聞こえなかったか?」
剣を振り下ろすノエルに、俺は振り向かずに口を開く。
「効かないと言っている」
鈍い音がした。俺の体にノエルの剣が当たった音だった。
剣を通じて、彼女の驚きが伝わってきた。斬れると思っていたのだろう。両断とまではいかずとも、傷ぐらいは負わせられると思っていたのだろう。
――甘すぎる。
俺は背中に手を伸ばし、呆然としているのノエルを地面に投げ付けた。
「二人とも下がって」
ノエルがクレーターを作る直前で、金が彼女の体を包んだ。
「僕たちがやる」
レイトがノエルの前、まるで彼女を守るような位置に立つ。
レイトだけではない。カレンもまた、俺に切っ先を向けながら勇者の隣に立つ。
「俺を倒すために、魔王と勇者が足並み揃えるとはな。光栄だ」
「シオンを倒すとなると、ボクらも出し惜しみをしている余裕はないからね」
戦意に満ちた瞳で俺を睨みつける彼女に、俺も釣られて見つめ返す。
「降りてきなよカミサマ。人間と同じ土俵で決着をつけよう」
「お前らの要求を聞く必要がどこにある? と言わせるつもりはなさそうだな」
「そうだね。降りてこないなら引きずり落とすだけさ」
勇者がいっそ清々しい笑顔で、自信に満ちた声を飛ばしてくる。
この男なら、本当に神をその座から引きずり下ろすだろう。
俺はレイトに従い、ゆっくりと全方位から殺意を向けられる戦場に降り立った。
「ノエル、大丈夫ですか?」
「はい、お嬢様。レイトのおかげでかすり傷しかありません」
走り寄るアイリスに軽口を返しながら微笑み、ノエルは戦いの場に視線を動かす。
二人と一つが、互いに命を削り合っている。レイトたちの力になりたいとは思うが、人ならざるものと人を超えた二人の間に混ざるなんて命知らずなマネ、ノエルにする勇気はなかった。
「無音の剣聖様! 我らも戦わせてください」
残像しか捉えられない戦いを必死に目で追っていると、鼻息の荒い男の声が飛んできた。
「ダメだ。勇者と魔王の合図あるまで待機しろ」
「なぜですか!? 敵は一人、我らが束になれば勝てるはずです!」
「それは本気で言っているのか?」
人外通しの殺し合いから、血気盛んな兵士に眼を向ける。
恐らくノエルと同年代なのだろう、幼さの残る顔つきを険しくして敬礼する彼に、ノエルはため息を吐いて額を抑えた。
「シオンは数程度ならいくらでもひっくり返す。現に今も、魔王と勇者二人相手に互角に戦っているだろう?」
「確かにそうですが、我らも精鋭です。さすがの邪神でも苦戦ぐらいはするはず」
「ほぉ。お前は先ほど私が軽くあしらわれたのを見てなかったんだな。奴に生物の攻撃は通じない。シオンにとって私たちは、取るに足らない虫けらだ」
「ノエル。仕方ありません。彼はシオンという化物を知らないのですから」
希望を冷たく見据えていると、アイリスが彼に助け舟を出した。
「私たちが集められたのは、あの男にトドメを刺すためだけです。二人が全力で抑えますから、その隙を叩きます」
「たった一人にトドメを刺すためだけに、これほどの数が集められたのですか!?」
若い兵士が驚きの声を上げる。
「あの男は魔族を操りオーバーランクを二人も仕留めた化物です。これだけの数でも倒せるかどうかは分かりません」
アイリスは当然というように頷き、ノエルも無言で視線を戦いに戻した。
若い兵士は固まる。彼女たちが当然に認める化物が化物である所以を、彼は知らなかった。
銀と金が弾け、金属がぶつかりあったとは思えない重音が辺りを吹き飛ばす。
いつの間にこれほどの剣技を身に付けたんだか。
俺と互角の剣技を身に着けていた勇者の成長に、内心嬉しくなる。
「そういえば、シオンと殺し合ったことってこれが初めてだよね?」
体重と神力をかけた一撃を受け止められて鍔迫り合いながら、レイトが口を開く。
「そう言えばそうだな。だったらなんだ?」
「ううん――」
レイトは一瞬だけ力を抜いて俺の体勢を崩し、剣を振りかぶる。
「君と殺し合う楽しさを、もっと早く知りたかったってだけだよ!」
腹が立つぐらい輝く笑顔で、勇者は剣を振り下ろす。
「……そうか、知らなかったぜ」
俺は崩れる体勢の勢いを逆に活かし、レイトの剣を弾き飛ばす。
「お前が痛めつけられて喜ぶ変態だったなんてな」
「グゥッ!?」
そして、目を見開くレイトの腹を、俺は全力で蹴り抜いた。
「ボクも相手してよ!」
左手を反射的に声のした方向に向ける。紅蓮が襲ってきた。
カレンが俺に神力の塊を飛ばしてきたと理解するのに、数瞬の間もいらなかった。
「僕も忘れないでほしいな!」
右手を先ほどレイトが飛んでいった方に出す。予想通り金色が襲ってきた。
「チッ、手を焼かせてくれる!!」
俺は両手から神力を迸らせながら咆哮する。
紅と金の神力は、神である俺でさえ簡単には押し返せない。カレンの神力は無効化に特化した能力だし、レイトは主人公補正なのか俺と同じ質を保っているからだ。
だが、簡単ではないにしろ、俺は神だ。人間とは格が違う。
俺の叫びに呼応して、銀色が少しずつ二つの色を塗り替えていく。
「やっぱり押し負けるか。アイリス!」
「はい!」
レイトがアイリスに声をかける。何らかの作戦を立てているのは明白。とても嫌な予感がした。
しかし、俺は神力の相手で手いっぱいで、二人のやり取りを眺めることしかできなかった。
「彼を射抜け、僕の剣で!」
「何!?」
アイリスが弓を構える。俺が弾き飛ばしたレイトの剣を矢に引き絞りながら。
落ち着くための一息。そして――
俺の心臓を、黄金の剣が貫いた。




