決意
結果から言って。
「……」
「もう終わり、なのかな?」
僕は圧倒的に優勢だった。
肩で息をする女性、トスカは僕を恨めしそうに睨んでいる。
もともと日の差さなかった周りの不毛地帯は、いくつものクレーターと切り傷のような割れ目が出来ている。そして、場所によっては上から光の柱も出来ていた。
僕と彼女が戦った証拠を視界に収めながら、僕は油断なくトスカを警戒していた。
彼女との戦闘が始まった当初こそ彼女の常人ならざるその能力に驚かされたが、それだけだ。
いくら威力がある攻撃だろうと、それこそ僕たちであっても一撃で粉砕するような破壊力を持っていようと、結局は当たらなければ意味がない。そして僕なら、そんな恐怖の一撃を避けることなど造作もなかった。
彼女は確かに強い力を持っているが、彼女自身は戦闘の素人だった。だから攻撃地点を予測するのは簡単だった。
「いい加減、当たってくださいよぉ!」
こんな風にね。
僕は一歩下がり、彼女の攻撃である不可視の瘴気を避ける。新たなクレーターがまた一つ生まれたが、僕の身体にはカスリもしない。
「はぁ、本当、嫌な人ですねぇ」
トスカが一段と大きく酸素を求めて空気を吸いながら、そんな恨みごとを言う。
「それは、褒め言葉と受け取ってもいいかな?」
「もう、分かってるくせにぃ」
全身に響く重低音を奏でながら地面にクレーターが出来ていく間を縫って、僕は手首を回して剣を構える。
そして、振り下ろした。
「無駄ですよぉ」
僕の剣が、あと数センチでトスカに届くというところで音もなく動きを止める。力技で押し切ろうと力を込めるが、やはりびくともしなかった。
「ほらぁ。ボーとしていていいんですかぁ?」
声が鼓膜を震わせるかどうかのタイミングで僕は大きく後ろに飛んだ。瞬間、さっきまで僕が立っていた位置にもクレーターが出来る。
「それ、どうやって破ろうかな」
「諦めたほうが早いと思いますよぉ。何度やっても突き破れないんですからぁ」
彼女の言うとおり、僕はこの行動を何度も繰り返していた。そのたびにナニカに行く手を遮られ、僕の剣もまた、彼女には届いていなかった。
瘴気なのか、はたまた別のからくりでもあるんだろうか。それは僕には分からないけど、問題はどうやってあの見えない壁を超えるかだ。
シオンなら、あれも超えられるのかな?
ついあの背中を思い浮かべてしまい、僕はつい苦笑した。
彼に頼ることはできないんだ。僕が彼の分まで戦わないといけない。
「そういえば……」
僕はふと気付いた。どうして、僕はシオンなら破れると思ったんだ。
彼にあって、僕にないもの。それが分かれば、僕でもトスカを倒せるはず。
シオンの戦いを思い出せ。彼の強さを思い出せ。
「ほらほらぁ。避けてるだけじゃ勝てませんよぉ」
クレーターの隙間を動きながら、僕は必死に考える。
彼が凄かったのは剣技のキレ? 圧倒的な戦闘センス? 常人にはどう足掻いてもたどり着けない身体能力?
いや、違う。それだけなら、彼には及ばないけど僕も持っている。それだけが彼の強さなら、僕だって魔神を倒せたはず。
あの時、魔神と戦っていた時、シオンはいったいどんなことをしていた。
『待たせたな』
僕の脳裏に浮かんだのは、待ち続けた希望である彼が黒い大剣を素手で受け止める姿だった。
そうだ。あの時の僕は魔神との戦いに憔悴しきって気絶していたけど、まどろみの中でもあの光景だけは覚えている。いや、あれは素手じゃなかった。何かを手に纏っていた――
「そうか、そういうことだったのか」
僕は思い出した。何故忘れていたのか分からないけど、パズルの最後のピースを見つけることが出来た。
「どうしましたぁ? まさか、あまりの恐怖で気でもおかしくなりましたかぁ?」
トスカの見え透いた挑発も、僕には届かなかった。しかし、ゆっくりと手を伸ばす僕を見て、彼女は僕が挑発に乗ったと勘違いしたのだろう、浅はかな喜びに笑みを浮かべていた。
今なら、シオンのマネが出来るかもしれない。
「喰らえ」
ゴッ!!!
まるで何かを強く殴ったような音がして、僕の伸ばした手のひらから金色の閃光が飛びだした。
「なんっ!?」
トスカが猫を被ったような声じゃなく、腹から絞り出したような女性らしからぬ野太い声を出して初めて回避行動をとった。
「やっぱり、これなら君にも効くんだね」
「――びっくりしたぁ。あんな隠し玉があるなんて、聞いてませんよぉ」
「隠し玉じゃないよ。僕もあんなこと出来るとは思ってなかったし」
「……はいぃ?」
「そんな顔も出来たんだね」
予想していなかった人物の見せる意外な表情につい笑いがこぼれた。
「使ったことのない力であれですかぁ? それも実践で使うなんて、正気とは思えませんねぇ」
「いいじゃないか。君を倒す方法があれしか思い浮かばなかったんだ」
「それにしてもですよぉ」
半身を残して立ち、両手に持った剣は腰の位置で水平に構える。それはまるで居合の構えのようだった。
どうせだ。このまま彼の得意技も再現してみよう。
「シオン流剣術――」
「させませんよぉ」
「絶!」
ギャリィ!
トスカの瘴気と僕の持つ剣がぶつかり、衝撃による突風で周りの岩肌に亀裂が走った。
なんだこの技は。腕の痺れが収まらない。
「……へぇ」
自慢の一撃さえも弾かれて、トスカの表情からはとうとう余裕が消える。
もう完全に、彼女のアドバンゲージがなくなった証拠だった。
「僕としては、もう降参してほしいな。君が勝てる保証はなくなったわけだし」
「何を言ってるんですかぁ。まだ負けるとは決まってませんよぉ」
「いいや、もう君は勝てない」
僕は未だ痺れる腕を隠しながら、時間を稼ぐためにも彼女を挑発する。
「それはどういう意味ですかぁ?」
「そのままの意味さ。君が無理をしている以上短期決戦が望ましいんだろうけど、残念ながら僕は簡単には倒せない」
「そんなことはないですよぉ」
「そんなことはあるさ。現に君はもう立っているのもやっとってところじゃないか」
肩で息をしているトスカは、その尋常ならざる力を手にするためにさぞ命を削ったことだろう。それは彼女にそうするしかなかったという焦りの感情があったからだ。
加えて僕は両腕が痺れているだけだ。しかも時間経過で治る程度のもの。彼女のように命を削っているわけでもなければ、彼女のように何かにかられているわけでもない。
僕が手を焼いていた、彼女の不可視な壁ももう通用しない。神力という、一部の人間にしか使用の出来ない強力な破壊力を秘めたエネルギーが、力づくで押しつぶすからだ。
――問題は、その神力があと何回使えるかだけど。
「だからこそ、君には降参してほしい。そして、自分のしたことに対する償いをしてほしいんだ」
僕は君が憎いが、当事者であるアイリスたちのほうがもっと憎いだろう。それでも、彼女たちは同じことを君にしない。なぜなら、復讐をしても意味がないということを、彼女たちは知っているからだ。
「償い、ですかぁ」
しかし、僕の考えは単なる余裕。相手が自分より弱いと判断したからこそ起こした、同情の感情だということを知る。
「だったら、まずはあの男を断罪するべきでしょぉ!」
彼女に呼応して発生した暴風と表現するにはあまりにも暴力的な瘴気の渦が、僕を否応なしに傷つけていく。
「なんで私だけなんですかぁ! 元はと言えば、全部あの男が悪いんじゃないですかぁ! なら、まずは、あの男を殺さないといけないでしょぉ!」
トスカが叫ぶたびに、瘴気の嵐が勢いを増していく。
どれだけの憎しみが溜まっていたのか、当事者でない僕は分からない。
彼女にとってあの偽物勇者がどれだけ大切な人だったのか、彼女にとってヤマト帝国がどれだけ大事な場所だったのかも、僕には分からない。
――それでも。
「分かったよ。君は何がどうなっても止まらないんだね」
「アアァァアアアアア!!」
もはや、叫び声しか絞り出せなくなっている彼女に、僕は剣を向けた。
「なら、僕が君を止める」
しかし、この行為は今までとは違う意味を込めている。
「そして、シオンも止めるよ。僕が、この手で」
僕は勇者だ。だからこそ。
「二人には、それぞれの罪を償ってもらわないと気が済まないからね」
この、他者に全てを奪われた哀れな彼女を救ってあげよう。




