調差
僕たちは着々と調査を進めていた。
「レイト、ここ最近の入国者たちの情報を調べておいたぞ」
ノエルがノックもせずに扉を開け放った。
「ありがとう。気になった名前はあった?」
事実上僕の方が立場は上なんだけど、人によっては不敬とも取れる態度だった彼女を咎めずに先を促した。
ここは無敗の剣帝専用の部屋だ。
元々はオーバーランク共有の部屋だったけど、人数が減った今、この部屋を使うのは僕だけのモノになっていた。
「ああ、そのことなんだが、あの偽物のことをほとんど覚えてなくてな。正直言って、名前の帳簿だけだと見分けがつかない」
「……うん、とりあえず調べてくれてありがとう」
ドカリと、いい皮を使っているんだろう高そうなソファーに腰がけたノエルの報告に、僕は苦笑いを返すことしか出来なかった。
ノエル、あとアイリスには仕事を頼んでいる。
オーバーランクの一人である無敵の嵐姫を殺害した犯人、その特定と居場所の絞り込みだ。
仕事が増えて首が回らなくなってきた僕の元に、当然ながらオーバーランク殺害の調査という仕事が舞い込んできた。
しかし、僕は今のままで精一杯だ。
本当に残念だけど、僕は調査をするだけの余裕がない。最低でも国単位、大きいモノだと世界にも関わるような仕事を任されている以上、私情を挟んでいる場合ではない。
だから彼女たちに任せることにした。
アイリスとノエルなら僕も信頼できるし、何より彼女たちも事件の真相を知りたいはずだと思ったからだ。
「しかし、無敗の剣帝サマも大変なんだな」
ノエルが、呆れたように言った。
「そうかな?」
「ああ。私なら発狂する」
僕は紙の山に囲まれている。位が大きくなると現場から離れてしまうとは何と言う皮肉なのだろう、と適当な考えを巡らせながら機械的に処理していても減ることのない仕事の山だ。
「ふふっ、変わるかい?」
「断固拒否する」
「それは残念」
僕は少し悲しそうに見える演技をしてから、ふっと笑った。
仕事漬けで息が詰まりそうになっている僕からすれば、このやり取りだけでも気分転換になった。
「レイト!」
もう一度、扉が悲鳴を上げながら開く。
「あの偽物の取り巻き。全部まとめたよ!」
「ありがとう。これで分かるよ」
何やら書き込まれた一枚の紙を手にしたアイリスが、僕の部屋に入ってきた。
「ノエル。入国者の名前が記載された書類はあるかな?」
「えっ、ああ。部屋に置いてきてしまった」
「そう。じゃあ、適当に五枚ほど持ってきてくれないかい?」
「五枚だけ? 全部持ってきた方がいいんじゃないか?」
「いや、面倒だからいいよ。でも、必ずランダムに持って来てね」
「分かった」
ノエルが全力疾走で走り去ってしまった。
きっと、アイリスを待たせまいと考えてのことなんだろう。
「はい、これ」
「ごめんね。こんな時に」
「ううん、大丈夫だよ。何かしていないと落ち着かないし」
アイリスが、見ているこっちが胸を締め付けられるような顔で言う。
「父さんは見つからなかったの?」
「ごめん。今も全力で捜索させているけど、収穫はないよ」
「謝る必要はないよ」
「そういうわけにもいかないよ。あの人は、紛うことなき世界最強の人間だから心配はいらないと思うけど、アイリスからしたら気が気じゃないはずだから」
「そうでもないの。父さんはフラッといなくなること多かったし。そのたびにちゃんと帰ってきたしね」
どうして、君はそう笑っていられるんだ。本当は誰よりも辛いのは君じゃないか。
「我慢しなくてもいいよ」
「ん? 何か言った?」
「だから、我慢はよくないって言ったんだ」
気がつけば、僕の口は勝手に動いていた。
「周りに心配をかけさせないようにしているのは分かっているけど、せめて誰も見ていない時ぐらい、僕の前にいる時ぐらいは、そんな辛そうに笑わないでほしい」
「ごめんなさい。見苦しかった?」
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
僕は立ち上がり、刺激しないようにゆっくりと近づく。
「僕は、いつも楽しそうに笑っている君が好きなんだ。もちろん否定するつもりはないけれど、今のアイリスは無理をしているようにしか見えない」
「……」
「泣きたいなら泣けばいい。辛いなら吐き出せばいい。僕が全部受け止めるから」
僕は両手を広げ、拒絶しないという意思を全身で表す。
「僕にも、アイリスの重荷を背負わせてくれないかな?」
「ダメです」
僕の提案は、一刀両断されてしまった。
「レイトに頼ってしまうと、私は私でいられなくなる。か弱く、惨めになってしまう」
「いいじゃないか。僕たちは弱いんだ。強くあろうとする必要なんてない」
「でもレイトは強いじゃない」
「そんなことないよ。親を殺されれば、僕はきっと復讐に取りつかれる」
アイリスみたいにうわべだけの冷静も保てないだろうね。
僕は自己分析して、あまりの格好悪さに思わず自嘲した。
「私は両親がいないなんて慣れっこだもの。大丈夫よ」
「僕にはとてもそうは思えない」
「大丈夫よ!」
唐突に、アイリスは声を張り上げた。
「心配される必要なんてない! 私は大丈夫だもの。そう、大丈ーー」
「もう止めなよ」
強くあろうとする彼女を、僕は壊れ物を扱う時みたく優しく抱き締めた。
「自分に言い聞かせるぐらいなら、初めからしない方がいい。アイリスはアイリスだ。弱くても、惨めでも、その事実は変わらない」
「君からすれば、僕は強く見えるんだろう。でも、僕からすれば、耐える君はとても強く見える」
「だから気張るな。上を見るのも大切だけど、辛い時は下を向いてもいいんだよ」
僕はほんの少し躊躇してから、彼女の頭を撫でる。
「アイリスは主人公と違うんだから、誰かに身をゆだねてもいいんだ」
ひどい言い方だけど真実だから仕方ない。
アイリスは主人公とは違う。だから頼る強さを覚えるべきなんだ。僕や彼にはない、差し伸べられる手があるのだから。
アイリスは何も言わず、僕の胸元に顔を埋めたままだ。
ただ布越しにかすかに伝わるこの冷たいぬくもりが、彼女が今どんな顔になっているかを物語っていた。
「……」
僕は何も語らず、ただ愛おしい彼女の頭を撫で続けた。
どれくらいそうしていたのだろうか定かではないけれど。
「うん。ありがとうございます、レイト」
僕から離れたアイリスからは、張り詰めた糸のような危うい緊張感がなくなっていた。
「ううん、このぐらいだったらいつでも力になるよ」
僕としても役得に違いないからね。絶対に言わないけど。
「レイト、書類持ってきたぞ」
「ありがとう、ノエル」
空気を読んでもらって。
部屋に入ってきたノエルに、僕は心の中で手を合わせた。
彼女がこの付近に戻って来ていたのは随分と前の話だ。それでも、ノエルは部屋の扉を開けることはなかった。
多分中から、僕たちが何をしているか雰囲気だけでも伝わったからだろう。
「今度、何か奢れよ」
「あはは、前向きに検討しておくよ」
笑いながら、僕はノエルから入国者たちの名簿を受け取る。うん、確かに五枚あるね
「アイリス」
「ん? 何?」
「取り巻きの情報が書かれた紙、くれないかな」
「ええ、これよ」
アイリスからも紙をもらって、僕はそれぞれの書類を適当に床に落とした。
「何をやってるんだ」
当然ながら書類は散らかり、ノエルとアイリスが僕の足元に広がった書類を片付けようとしゃがみこむ。
「ああ、大丈夫。僕が掃除するから、放っておいて」
「でも――」
「分かったわ。やめましょ、ノエル。ここはレイトの部屋なんだから、彼の言うとおりにしないと」
「ありがとう、アイリス」
僕は、アイリスとそしてノエルが書類たちから離れるのを確認してから、静かに目を閉じる。
そして、何をしているか意味不明だろうけど見物の姿勢を崩さない二人を気配で感じながら、僕は足元に落ちている紙を二枚拾い上げた。
「うん、見つけた」
僕が拾い上げた二枚の紙には、たくさんの名前が記入されている。その中にたった一つだけ同じ名前があった。
「――トスカ。彼女が今回の事件の真相に関与しているはずだよ」
「フフッ。次は、誰にしましょうか?」
不気味に呟く声がこだましていた。
「さあね。次は君がなればいいんじゃないかな」
返るはずのない言葉に、返事をする声がある。
不審に思って、トスカは声が返ってきた方向を振り向いた。
「やっぱり君だったんだね」
そこに立つのは世界最後にして最強。偽物でも思いあがりでもない自他ともに認める勇者。
「さあ、覚悟はいいかな?」
レイトは剣を抜き、トスカと対峙する。




