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驚不

灼熱の地獄が広がっていた。

赤く、紅い世界。

その中心に、一人の男が立っている。

『カレン』

――シオン。

『俺は、お前が好きだ』

ボクも、君のことが好きだよ。

『なんだよ、あんまり嬉しそうじゃねえな』

それは、君も一緒でしょ。

「なんで、シオンはそんなに悲しそうな顔なの?」

シオンはいつも通りの笑顔を浮かべている。

見ているこっちが悲しくなりそうな作りものの仮面。

『何のことだよ』

気付かれていないとでも思ってんの?

シオンが仮面を被っていることも、本当は泣きそうな顔になっていることも、ボクには全部お見通しなんだよ。

『アハハ、カレンにはばれちゃうか』

シオンが仮面を外し、もう笑うしかないとばかりに顔をゆがめる。

何故だかそれは、ボクの心を締め付ける。

『悲しそうか。その通りかもな』

シオンは続ける。ボクの気持ちにはわざと気付かないフリをして。

『俺はレイトたちと道を違えた。お前と一緒に戦うためにな』

「それは、悪いと思ってるよ」

『ああ、別に責めようとしているわけじゃない。ただ、俺はもう一度、道を違えるつもりでいる』

「それは……」

どういうこと、とは聞けなかった。

聞くまでもなく、悪い予感が続きを教えてくれたから。

『サヨナラだ、カレン』

シオンはワラウ。

そして霧のように空気に溶けて、儚く消えた。




「待って!」

ボクは手を伸ばした状態で、勢いよく上体を起こした。

誰もいない暗闇に、天蓋付きのベッドが一つだけ。

魔王ではなく、カレン個人としての部屋。言い換えれば、魔王のプライベートルームだ。

ボクは一人、ベッドの上で呼吸を乱しながら滝のような汗をかいていた。

また、あの夢。

ボクは虚空をさ迷っている手を握り、自分で言うと嫌になるけど小ぶりな胸に当てる。

嫌な夢だ。シオンとボクの立場が相いれず、敵同士として顔を会わせる。

以前にも見た悪夢。だいぶ期間が開いたというのに、未だに記憶に焼き付いている嫌な夢。

「はぁ、はぁ。うん」

そう、夢だ。どれだけリアルだったとしても、どれだけ心が警鐘を鳴らしていたとしても、これは夢にすぎない。

現実に起こる可能性はない。もし可能性があったとしても、ボクが絶対に起こさせない。

「ボクがシオンを守るんだ」

そう。何があっても、絶対に。

「そうだ」

ボクは、ポスンとふかふかのベッドに身体を預けた。

「明日、シオンに会いに行こう」

明日、彼の顔を見に行こう。

ボクの代わりに魔王としてのよくない部分を一身に受けるシオンに、労いの言葉をかけてあげないといけないからね。

「うん、そうしよう」

本当は、この胸に残る不安を片づけたいだけなんだ。

そして楽しそうに笑う彼に、早く安心したいだけなんだ。

ボクは目を閉じる。今度見た夢は、楽しかった彼との思い出の数々だった。




「どうしたんだい、カレン?」

翌朝。せっせと外行きの服に着替えていると、ノックもせずトカゲ頭のナイスウーマンが部屋に入ってきた。

「部屋に入る時はノックをしなさいって、ボク言わなかったっけ?」

「いいじゃないか、アタシとカレンの仲だ」

「ボク、一応リザの上司だよね?」

「そんな固いこと、今更気にする必要ないさね」

ケラケラと笑うこのトカゲ頭のナイスウーマンはリザという名前だ。ボクが最も信頼している四天王の一人でもある。

「それより、そんなおしゃれして、どこに行くんだい?」

「ボクの王としての沽券がかかわった、大事な話なんだけど」

もう完全に彼女のペースに呑まれている。こうなってしまえばボクが何を言ったところで聞きはしないだろう。まあ、別に諦めているからいいけどさ。

ボクはため息をついた。

「ちょっと、外に出ようと思ってね」

「ああ、あの人間のところか。恋する乙女は大変だねぇ」

「そっ、そんなんじゃないもん!」

「あっはっは、別に隠す必要ないだろう。みんな知ってることなんだからさ」

楽しそうに、トカゲ頭を揺らすリザ。

彼女にはかなわない。そう痛感した瞬間だった。

「でも、気をつけなよ」

「何に? 人間ならシオンに集中しているでしょ?」

「それはそうだけど。ほら、向こうの強い人が死んだだろ」

「うん」

「それから、魔族ならところ構わず襲ってくるバカが増えてんのさ」

「へえ、そうなんだ」

ルドラさんが亡くなった。

その知らせはボクの元まで当然届いている。でも、ボクに大した感想は浮かんでこなかった。

彼女は敵だった。絶対の破壊者と一緒に先代の魔王としのぎを削ったりもしていたらしい。ボクには関係のない話だけどね。

会ったことが一度だけ、それも顔を会わせただけだから、どんな人なのかは分からない。

だから、何か感じることもなかった。

「随分と適当な返事じゃないか」

「それはまあ、ね。普通の人間に負けるわけないし」

「それはそうだけど、気を付けるにこしたことはないでしょ」

「まあ、そうだね。忠告ありがと」

ボクは心優しい彼女を部屋に残し、颯爽と足を動かす。

目指すのは、彼が作った彼だけの城。

きっと、シオンは驚いてくれるだろうな。

彼の反応を考えるボクは楽しくなって、ついハミングを口ずさんでいた。




「今日こそ魔王を倒すぞー!」

「「「おぉー!」」」

鎧を着た人間の男たちが、何やら気合を入れている。

銀色に輝く大きなお城。言っちゃ悪いが、センスが悪いとしか思えない偽りの魔王の住まう場所。

確か、銀魔城だったかな? そんな適当な名前を付けられたこの砦に、シオンはいる。

「君たち、この城に何の用かな?」

「なんだ、君は?」

ボクの問いに答えたのは、ひときわ体格のいい男。多分、この男たちの指揮を請け負っているのだろう。雰囲気が他とは少し違う男。

「今質問しているのはボクだよ」

「なっ!?」

――でも、そんなことは関係ない。

男の背中から、一本の剣が生えていた。腹を突き破り、鎧を貫通しているその剣は、ボクが握っている。

「ゴハッ」

「質問に質問で返すなって、習わなかったの?」

――ボクとシオンの邪魔をするなら、容赦なく切り捨てるよ?

「だから、死ぬんだ」

周りにいた人間たちが、腰に差している剣に手を伸ばす。

「遅すぎるよ」

だが、男たちの剣が抜かれることはない。伸ばした腕が、既に彼らから離れていたからだ。

阿鼻叫喚。

耳障りなそれら鳴き声を、ボクは実力で無理やり黙らせた。

「ホント、シオンが仕事を手伝ってくれて助かるよ」

ボクの自慢の紅い髪、それとまったく同じ色を地面にぶちまけている肉の塊は無視して、ボクは城に扉に手をかける。

ここから銀魔城は迷路になっている。道を間違えれば、それはもう色とりどりな罠が待ち構えている。

「こんなに働いてくれたんだ。ちゃんとご褒美をあげないとね」

が、あくまでも人間用の罠だ。ボクには通用しない。

ところどころ行き止まりにたどり着きながら、ボクはもう一度扉に手をかける。

この先にあるのが銀魔城の玉座だ。ボクの目的の人物もこの扉の向こうにいる。

何故かはやる動悸。ついこの間まで普通に会話出来ていたのに、少し会わなかっただけでこうも緊張するものなのか。

ボクは新発見を胸に、ゆっくりと手に力を込めて扉を押す。

気分は勇者だ。ボクの元に尋ねた勇者たちもこんな気分を味わっていたなんて、少しずるく思う。それだけ、心ときめく気分だった。

「シオーン、遊びに来たよー!」

ボクはこの気持ちに不安を隠して、努めて明るい笑顔を作った。

『よぉ、カレン。久しぶりだな』

ボクの突然の訪問に少し驚いて、それでも楽しそうに彼も笑う。

――はずだった。

「……あ、あれ?」

そこにボクが望んでいた彼の姿はなく、わざとらしい禍々しさを持つ背もたれが異常に長いイスだけがポツリとあるだけ。

玉座はもぬけの殻だった。




カレンがサプライズで銀魔城に来ているとは知るよしもない俺は、一人森の奥を目指し歩いていた。

懐かしい、という感情が俺に満ちる。

思い返せば、転生してすぐにたどり着いた場所もこんな鬱蒼とした森だった。

別の用事でたまたまあの場所に来ていたアイリスとノエルに会って、俺の人生が決まったんだ。

もしもあの時出会っていたのが彼女たちじゃなかったら、レイトと会うことも、カレンと会うこともなかっただろう。

「こんなところで何してんだよ」

そして、アンタと会うこともなかったんだろうな。

「クソガキ……」

アンタの大切な人も亡くならなかっただろうし、アンタがこんなことをすることも無かったんだろう。

「久しぶり、おっさん」

俺は刀を抜きながら、絶対の破壊者、シヴァ=グラシスと対峙する。

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