葬式
お経が聞こえる。
すすり泣く声も、無力に嘆く声も、悲しみにくれる声も聞こえる。
「これより、ルドラ=グラシスさんの告別式を始めます」
オーバーランク、無敵の嵐姫にして、アイリスの母親でもある彼女。ルドラ=グラシスさんが亡くなった。
僕はレイトとしてではなく、同じオーバーランクの無敗の剣帝として、葬式に参列している。
これから魔王討伐連合軍の重要な戦力として、すべてのオーバーランクは招集を受けていた。
その矢先に、この悲劇。
大事な戦力の損失はそれだけで痛手だし、個人的な付き合いが僕は胸が引き裂かれるような痛みがある。
「――ック」
ただ、僕の気持ちなんて、あの人に比べれば微々たるものだろう。
葬式に参列しながら、悔しさのあまり手から血を滴らせるほど握りしめているシヴァさんに比べれば。
僕は祈りを捧げるために、そっと手を組んだ。
「どうして、お母様が――」
真っ赤に腫れた目で、アイリスは誰にともなく呟いた。
彼女は答えを求めているわけではない。否、答えを求めているかもしれないが、答えがあるとは思っていない。
何度もその問いを繰り返して、いつもその答えだけが返ってこないのだから。
「アイリス。悪いけど、質問させてもらってもいいかな?」
アイリスに会うのは、あの時以来だ。
もう会える機会は少ないとは思っていたけれど、まさか次に会うのがこんな時だなんて想像もしていなかった。
「ああ、レイト。どうしたの?」
「一つ、聞きたいことがあるんだ」
僕に向ける視線にも、覇気がない。
「何?」
まるで別人のようだった。
「今回のルドラさんの殺害について、辛いとは思うけど知っている限りの情報を教えてくれないか」
僕は今回、無敗の剣帝としてこの場にいる。
だから、オーバーランクを殺した相手について調べる必要があるんだ。
「情報、ね。レイトはこんな時でも仕事が大切なんだ」
「次の犠牲を防ぐためだよ。相手の目的がオーバーランクの討伐なら、次は僕たちに牙が剥く可能性がある」
「レイトも父さんもそう簡単にやられるとは思わない」
「でも、ルドラさんはやられた」
僕の言葉に、彼女の表情が強張る。
「もしも正面から来たとしたら、相手はあの魔神級の強さだ。今度はシオンもいない。僕たちだけで何とかするしかないんだ」
かつて、僕たちは似たような状況に陥ったことがある。
その時は、僕なんかよりもずっと強い彼が身体を張って解決したけれど、もう彼とは袂を分かっている。
僕が何とかするしかないんだ。
「だから情報がほしいんだ。対策を講じないといけないから」
僕の言っていることは、実に正論だと自分でも思う。
でも、半分は本心で間違いないんだけど、もう半分はまったく別の考えなんだ。
確かに、シオンがいない以上、対策と準備を十二分に用意することは重要だ。
でも、そんな優等生みたいな考えは、無敗の剣帝だけで十分だ。
僕、レイトにとっては別の思いがある。
単純に、ルドラさんを殺めた犯人が憎い。アイリスにこんな辛い体験をさせた犯人が許せない。
そんなドロドロとした醜い感情なんて臆面も出さず、努めて笑顔で僕は話す。
その仮面は、今この時に限っては悲劇を耐えようとしているみたく偽れる。
「そう……でも、私もあんまり知らないの。寮にいたから、お母様が最近元気がなかったということぐらいしか」
それなら、僕も知っている。
ルドラさんは魔神に身体を乗っ取られた過去を持つ。見事救助には成功したんだけど、その時の後遺症で
彼女の身体には常に倦怠感が襲うようになっていたらしい。
「父さんなら、何か知っているかもしれない。お母様の近くに出来るだけいるようにしていたみたいだし」
「残念だけど、それはないよ」
「えっ? どうして?」
「無敗の剣帝と絶対の破壊者には招集がかかっていたんだ。だから、シヴァさんはルドラさんの近くにはいなかったんだよ」
情報を集めようとしている僕が、シヴァさんという可能性に行きつかないわけがない。
でも、彼は何も知らない。
知っていれば、大人しく葬式に出ているような人ではないのだから。
「つまり、ルドラ様を手にかけた輩は、ある程度の計画を練っていた可能性があるのか」
「偶然だった可能性もあるけどね」
僕とアイリスの会話に割って入ったのは、同じく泣いた後を顔に残すノエルだった。
「とにかく、犯人はルドラさんを狙ったとみて間違いないと思う」
「うん。無差別だとしたら、レイトや父さんの耳に届くぐらいの実力者じゃないと難しいはずよ」
「弱っていたと言っても、私は勝てないぐらいの強さがルドラ様にはあったからな」
「そう。この国に入ってきた以上、ルドラさんを倒せるほどの実力者に僕たちが気付かないはずがない。なのに、気付かなかった」
「つまり、相手の用意していた道具が気配を隠ぺいしていたか」
「お母様用に特別に準備されたナニカがあったのか」
「恐らく前者はないと思う。僕に通用しても、シヴァさんにはそういうモノは効かないから」
「つまり、ルドラ様を倒すために道具を用意していた」
「でも、ここで疑問が一つ」
「どうして、今ごろルドラさんに手を出したのか」
「半年以上前からお母様は弱っていた。狙うチャンスはいくらでもあったはずなのに」
「このタイミングで狙ったからには、何か理由があるはずだ」
「その理由が分かれば、ルドラさんを狙った犯人も分かるはずなんだけどね」
僕たちはそこまで論じてから考え込んだ。
ルドラさんを倒した目的よりも、今になって行動に出た理由を探り当てるべきだ。
そうすれば、対策も取りやすくなるんだから。
――どうして、このタイミングなのか。
そこを突き詰めていけば、答えが見えてくる気がする。
最近にあった大きな出来事といえば――
「――何があった?」
僕の思考を読んでいるかのように、ノエルが口を開く。
「最近だと、やっぱりすぐ出てくるのはヤマト帝国じゃないかな?」
次いで考えながら、アイリスが言葉を口にする。
「僕の推測だけど、あんなことができる人間は一人しかいない」
「一人? どういう意味だ。あれは魔族の仕業なんじゃないのか?」
「うん。そういうことになってるみたいだね」
「ということは、私たちが知っている内容とは別の真実があるんですね」
国家機密となっているんだけど、これだけの惨事になった以上関係ないか。
痕跡を調べた結果、一国を潰したのがたった一人の人間だというところまで判明している。
判明しているけれど、世間には魔族たちの仕業という扱いになっている。
世論を操作するのは国家の常套手段。つまりはそういうこと。
「あの国を落としたのはたった一人の人間だよ。魔族のように大きな爪や、鋭い牙の痕跡はなかった。全部同一の魔力痕と同じ切り傷だったんだ」
「それなら、カレンみたいな人型の魔族かもしれないだろう」
「それはないね。僕にもマネできないほどの鋭い斬撃なんだから」
「……なるほど。剣帝サマ以上の剣技となると、一人しか思いつかないもんね」
「そうなんだ。シオンしかいないんだよ」
僕は諦めたように笑う。
僕の師も務めていた彼なら、一つの国を相手取るぐらい鼻歌交じりにこなして見せるだろう。
僕が言うのもなんだけど、それだけの化物なんだから。彼というニンゲンは。
「だが、あのアホがヤマト帝国をやったのだとしたら、今回の件とは関係ないんじゃないか?」
「そうだね。別の線を探ったほうがいいと思う」
「――ううん、ちょっと待って」
アイリスがあごに手を当て、さながら探偵のように呟いた。
「レイト。それは本当にシオンの仕業なのね?」
「ああ。僕よりも凄い剣士なんて、彼以外に考えられない」
「ノエル。ヤマト帝国には確かあの偽物勇者も行ったんだったよね?」
「え、ええ。そうですけど」
「ちょっと待ってくれ。まさか、偽物勇者、リョウが今回の首謀者だとでも言うつもりなのかい? あり得ない!」
思い出すのも忌々しい。アイツは僕よりも、なんならノエルやアイリスよりも弱いかもしれないぐらいの強さしかなかったんだ。ルドラさんを倒せるはずがない。
「いや、違うの。偽物じゃなくて、その取り巻きが気になるのよ」
「取り巻きだって?」
「偽物でも勇者の一人、きっと首を突っ込むに決まっている。そして、シオンにやられる。でも、もしも」
「奴の取り巻きだけが生き残っていれば」
「もしも、犯人がシオンだと気付いていれば、行方が掴めない彼よりも、ゆかりの地であるここに眼を付けるんじゃないか」
最後は僕が、まるで奇跡を目の当たりにしたかのような調子で唱えていた。
あり得ない。その言葉が出てこない。
本当に砂漠の中にある砂一粒ぐらいの小さなものだけれど、そんな馬鹿げたことが起こる可能性が存在する。
そして、奴もシオンに主人公と呼ばれていた人種。
例え砂漠にある一粒の砂であろうと、掴み取れる人間なのだから。




