歩報
「――やっと」
誰もいない洞窟の奥で、おどろおどろしい空気を吸いながら、壊れそうなほどの憎悪をこめた呟きがあった。
「やっと、できた」
うっとりと粘つくような視線を、手の中の成果に注ぐ。
これがあれば、これがあれば。
壊せる。救える。喜ぶ。果たせる。
「アイツだけは許さない! 私のすべてを奪ったアイツだけは!!」
高ぶる気持ちを抑えず、むしろ背中を押しながら、喉が裂けんほど叫んだ。
裂けて溢れる血が口の端から流れ落ちるが、彼女はそれすらも気付かない。
「今度は私の番。あの男の全てを、今度は私が壊して見せる」
全ては復讐のために。
――あの人の、笑顔のために。
「ああ、見ていてください。リョウ様」
トスカが両手を胸に当て、誰にも届かない祈りをささげた。
いきなりリョウを襲ったあの敵を、自分よりも悲惨な目にあわせて、絶望の中に蹴落として、最後はむごたらしく殺してやる。
「フ、フフフ。アハハハハハハハアhクァハハハ!!」
高らかに、それこそ誇らしく嗤うトスカは、自分の手の内にある成果を愛おしそうに撫でた後、洞窟を後にした。
残るは、たとえ神ですら殺しそうな猛毒を含んだ空気だけだ。
紅い月が空を照らしていた。
山岳にそびえ立つは銀色の城。たった一人の主のみを受け入れ、それ以外の外敵を拒絶する強固な砦。
山肌に溶け込むようにひっそりと。逆に城壁は目立とうと光を反射する孤独な居城。
「いい月だ」
銀色の城唯一の主にして、この城にとってただ一人の製作者である俺は、月明かりの中でも光を反射し輝いている城のテラスから空を見上げていた。
「そうは思わないか?」
俺ことシオンは、紅い月から我が居城の部屋へと執務室とは名ばかりの部屋に視線を移した。
「――勇者」
俺の視線に負の感情を隠すことなく、真っ向から敵意を向けてくる男女がいた。
「確かに、魔界でしか見ることができない。この紅く怪しい月はね」
珍しいな。表面上とは言え、敵と見ている存在と会話が出来る勇者は。
俺は帰ってくるとは思っていなかった返事にわずかばかりに眼を丸くして、改めて勇者御一行を観察した。
外見については、どこにでもよくいる量産型イケメンと美少女。
イメージカラーなのだろうか赤や青といったカラフルな鎧で自分を守り、金ぴかな剣や実用性に劣る装飾の施された杖などを構えていた。
コスプレかよ。
俺の感想はそれだけだったが、口に出すことはできない。
「まるで魔王、君のようだ」
男女のリーダー格なのだろう、中央で一段と煌びやかな剣を構えながら言った。
俺は勇者君に不敵な笑みだけを送る。
カレンの身代わりとして魔族への憎悪を受けることになった俺は、魔王に恥じないような格好をしている。
城の外壁と同じ銀色の鎧で全身を隠し、同じく銀色の刀を腰に差す俺を冷静に見れば、どこからどう見てもコスプレとしか思えない。
「お前を倒せば、世界は救われるんだ」
なんだかよくわからないが、まともそうな勇者君の後ろに控えている男が言った。
「そうだろうね。でも、僕は知りたいんだ。どうして、君たちが人間の敵になったのか」
「人間の敵か。俺たちからすれば、何故お前ら人間が敵になったのか知りたいところだ」
勇者の言葉に動揺し、俺の言葉に激昂した。
その内の一人が、俺に向かって斬りかかってきた。
「お前らはどうして、自分を、人間を中心に考えるんだ?」
斬りかかってきたが、その刃は届かない。
俺の眼前に銀色の魔方陣が渦巻いている。それが障壁となり、刃の接近を拒絶していた。
「まあ、お前らの意見を聞いても意味ないか」
冷たい視線が勇敢な彼を射抜き、俺の動きに呼応した魔方陣が吹き飛ばした。
「お前らはここで絶える命なのだからな」
俺は腰の刀に手を伸ばし、勇者たちが地を蹴った。
魔王と勇者の戦は、終わらない。
「ここに宝箱を置いてっと」
俺は、いくつも開いたウィンドウの一つを指で弾いた。
ウィンドウには、いくつもの洞窟の画像が映っている。
俺が指で弾いたウィンドウに映る画像の奥に、一筋の光が集まり、やがてゲームでよく見る宝箱になった。
俺がしているのは、魔王の替え玉に出来る数少ない仕事だ。
ダンジョン作成。
俺はこの銀魔城(二秒で名付けた)を難攻不落のダンジョンにするために、迷路の選択や罠の設置などなど勇者を拒むための高き門を創っている。
ただ、勇者の中でも主人公としての純度が高い連中なんかは、一発で迷路を解き、罠を間一髪で切り抜けたりするので、あまり意味をなさないのが実情だ。
ただ、他にすることもないので、俺は中身が空っぽの宝箱やミミック、ごく稀に希少な武器なんかが入った宝箱なんかを配置していた。
勇者たちには効果が薄いが本気で罠を仕掛けたりもしているので、もう手を加えられる場所がこれぐらいしかないのだ。
「失礼します」
俺が指だけが別の生物になったかのように高速でさまざまなウィンドウを操作していると、二度のノックと共に声が聞こえてきた。
この城には俺しかいない。階下のダンジョンには絶えず挑戦者がいるが、連中は襲撃者なのでカウントしない。
「コーヒーをお持ちしました」
ノックをしたであろう相手は俺の返事を待つことなく戸を開けた。
銀でできたのっぺらぼう。どう動かしているのか気になる滑らかな身体。
流暢な日本語を話すコイツは、どこからどう見ても人形にしか見えなかった。
「お前なあ。俺に用事があったらどうするんだよ」
「用事? そんなモノがいつまでも城にこもってばかりの主にあるのですか?」
「俺をニートみたいに言うんじゃない」
そっと俺の出すウィンドウに隠れないようにコーヒーを置きながら悪態をつくコイツも、俺が作った仮想生物だ。
「ニートだなんて、主にはもったいなき称号でございますよ」
「ぶっ飛ばすぞ、コノヤロウ」
「どうぞ。主が暴力でしか勝てない幼稚な方だと言うのなら、ご自由に」
そう言われてしまえば、手を出した瞬間に俺の負けになってしまうじゃないか。
随分と口が上手い奴を作ってしまった俺は、あまりの天才っぷりに頭を抱えた。
割りと冗談ではない。自分よりも口の上手い生物を作るなんて、天才以外に何と言えばいいのか。
ああ、天災か。
俺は一人、脳内で浮かんだ結論に納得した。
「用はコーヒーだけか? ならさっさと出て行け」
「そう邪険にしないでください。悲しくなってしまいます」
お前に感情はないはずだぞ。
「まず悲しいと感じる感情がありませんが」
俺は固く握りこぶしを作った。
すると、目にも止まらぬ速さで人形は部屋から出て行く。
なかなかどうして、利口な奴だ。
俺が本気になる一線を見極め、ギリギリの境界線上でタップダンスした挙句、下がるタイミングを熟知している。
俺の記憶をインストールしたからだろうか。奴が俺よりも俺を理解している気がするのは。
「クッソ、あんの野郎。次会ったら覚えてろよ!」
もちろん、おちょくられて冷静でいられるほど俺は大人ではない。
冷静に分析している脳内とは違って、表では顔を怒りで真っ赤にしていた。
仕方ないだろう。色々とチートに磨きがかかったからといっても、俺は世間一般からすればまだ子供なのだから。
《シオン!》
そんな時だった。カレンからの念話が飛んできたのは。
《おう。久しぶりだな》
実際には久しぶりと言えるほど日は開いてないかもしれない。
それでも、俺は久しぶりという言葉がまず最初に出てきた。
関係がこじれたわけではないが、半同棲生活が終わってから初めての会話なんだ。少しぐらい感慨深くなっても問題ないだろう。
《うん、久しぶり――じゃなくて、大ニュースなんだ!》
《ああ? まずは落ち着けよ。深呼吸でもしてさ》
律儀に深呼吸をしているらしい、珍しく焦った様子のカレンに、俺は疑問符を浮かべた。
なんとなく嫌な予感がする。
まるで、ルドラさんが魔神に連れ去られた時のようだ。
そして、俺の予感は見事な精度で的中した。
《ルドラさんが、何者かに殺された!》
世界が、ゆっくりと破滅へと歩み出していた。




