提案
ーーああ。
肉を断とうとする刃を、骨を焼こうとする魔法を、持っていた銀色の刀で一掃しながら、俺は考え事をしていた。
ーーヒマだ。
迎撃から反撃、防御から攻撃に回った刀が次々と肉片を撒き散らしていく中で、俺は大きなため息を吐いた。
仕事は順調。現在も熱心に励んでいた俺は、慣れて余裕が生まれていたからこそ仕事をしているにも関わらずヒマだと感じるようになっていた。
今宵の仕事場である円を描くように広がる大きな劇場を真っ赤に染め上げたところで、俺はべっとりと血がこびりついた刀をその場に捨てる。この刀はもう使えまい。持って帰ったところで意味はないだろう。
最近は仕事をしていてもなにも感じなくなっていた。
成長した、とは残念ながら言えない。これだけ多くの死を振りまいている以上、ただ機械的に仕事を処理できるようになったということは、すなわち人間として大切なナニカを失ったということになるのだから。
さて、俺がどんどん人間ではなくなっていくなんて些細な問題は置いといて、今はどうやったらこの渇きを潤せるか考えることにしよう。
レイトたちを鍛えることも、逆に自分を鍛えることも出来ない。
前者は言わずもがな俺たちが敵対関係にあるからで、後者については俺が強くなりすぎてしまったからだ。
自分で自分を強くなったと言うなんて思い上がりも甚だしいが、事実に相違なかった。
もちろん、俺個人としてはまだまだ足りないと思っている。当然だ。いくつかの壁が立ちはだかりはするモノの、限界の二文字は存在しないのだ。ましてや、神となった俺なら、壁も楽々越えていけるだろう。
しかし、いくら自分が弱いと認識しようと、周りまで俺に合わせてくれるわけではない。
俺という神を鍛えるには、この世界は脆すぎた。
要するに、利益と損失が合わなくなり、膨大な破壊を撒き散らさなければ、俺自身が納得できなくなっていたのだ。
だから俺は、自分を鍛えられない。ゆえに、渇きが潤うこともない。
「そうだ、いいこと思いついた」
俺は突如として降りてきたアイデアを叶えるために、血生臭い仕事場から転移した。
慣れというのは、恐ろしいモノだ。
腕だけを何本も分身させながら、ボクは自分に驚いていた。
絶えず、終わらず、増え続ける仕事に最初は嫌気がさしていた。逃げ出そうかと何度も思った。仕事なんか投げ出して久しぶりにシオンと遊びに行こうかと何度も思った。
しかし今は違う。
事務的に、機械的に手を動かすボクは、部屋が埋もれるほどあった案件を次々と片付けていき、今日に至っては終わる日など来ないと思っていた仕事が無くなりそうになっていた。
もうすぐ仕事が終わる。そうしたら、シオンとどこかに出掛けられるかもしれない。
ボクは壁に備え付けてある時計に視線を配らせて、無意識のうちに鼻歌を歌い始めていた。
「よし、終わった!」
最後の仕事を机に投げつけ、ボクは座っていたイスを勢いよく飛ばしながら立ち上がった。
「随分と楽しそうだな、カレン。何かあったのか?」
「あっ、シオン! ちょうどよかった」
ノックもせず、まるで自分の部屋に入るように、頭にタオルを乗せたシオンが部屋に入ってきた。
「あん? 面倒事なら聞かねえぞ」
「違うって。……ねえ、この後、時間ある?」
なにを勘違いしたのか、しかめっ面になるシオンにボクは笑いながら否定して、ボクは自分で実感するほどしおらしく尋ねた。
「今日はもう予定ないけど、カレンはまだ仕事があるだろ?」
「ふっふっふ、ちょうど今片付いたところだよ」
「おいおい、ウソは良くないぞ」
「ウソじゃないもん、ホントだもん!」
机をバンバン叩きながら否定するボクに対し、シオンは疑いの眼差しで答えながら適当な書類を手に取る。そしてボクから書類に視線を移し、軽く目を通し始めた。
「……マジかよ、ホントに終わってやがる」
「だからそう言ったじゃんか」
驚愕するシオンに、ボクは唇を尖らせながら答えた。
確かによくウソついてサボっていたけどさ。今回ばかりは本当に終わったのに、どうしてシオンは信じてくれなかったんだろう。
どう考えても原因はボクなんだけど、自分のことを棚に上げながらボクは不満を胸中に書き溜める。
「悪かった悪かった、俺が悪うごぜえました。だから機嫌を直してくれ、な?」
シオンが苦笑しながら右手を立てて謝った。
仕方がない。僕だって鬼じゃないんだ、許してあげるとしよう。
「鬼じゃなくて魔王だけどな」
「えっ、何か言った?」
「いや、別にー」
両手を頭の上で組んで、シオンはそっぽを向きながら答えた。
その態度は何か隠し事をしている人がするモノだよね。
『ユウシャサマが来ましたよー、各自対処してくださーい』
気の抜けたアナウンスが、ボクの居城に響いた。
シオンに言及する気も失せ、色々湧き上がっていた不満をため息として大気中に吐き出した。
「ゴメン。仕事ができちゃった」
「カレンが謝る必要ねーよ。悪いのは、空気の読めないユウシャだ」
放送を聞いたボクは、今いる執務室を出て、ボク専用の応接室に向かう。
「どうして付いてくるの?」
「ん? ああ、はるばるこんな遠いところまで歩いて来たんだ。たまには、目的の相手である俺が会ってやろうと思ってな」
ボクの一歩後ろを付いて歩くシオンが、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「ボク一人で大丈夫だよ」
「万が一がないとは言い切れないだろ」
「シオンはさっきまで仕事だったんでしょ。すぐ行くから休んでなよ」
「それはカレンも一緒だろ」
何をどう言っても、シオンは付いてくるつもりらしい。
……心配だなあ。
シオンが楽しそうに首を突っ込んでくる時は、大体が大事になる。ユウシャサマは個人か少数で我が魔王城に訪れることが多いから、基本的には簡単な仕事なんだけど、シオンがいる以上ただでは済まないと思う。
「そうまで言うなら、手は出さねえよ」
ふてくされたようにシオンが呟き終わると同時にボク専用の応接室に到着した。
そしてそのまま、ボクよりも早くドアノブに手をかけたシオンが、扉が壁に激突するほど勢いよく引っ張った。
「出たな、魔王!」
「フハハハハッ! よくぞ来たな、ニンゲン!」
「止めなさい」
今回のユウシャサマと思しき美少年が、警戒心と緊張感を丸出しにしながら叫ぶ。
どうしてユウシャサマは、みんながみんな顔が整い過ぎているんだろう。
人形みたいで、とても人間とは思えない。
そして、まるで誰かが乗り移ったように高らかに笑い出したシオンの頭を、ボクは素早く叩いた。
「何しやがる」
「ボクの仕事の邪魔しないでよ」
「いいじゃねーか。俺だって魔王の役やってみてーよ」
口を尖らせるシオンにボクはため息を吐いて答えた。
ボクは好きで魔王をやっているわけではない。それどころか遊びですらないと言うのに、シオンの目にはそう映っていなかったらしい。まったく、シオンには困ったものだ。
どうでもいいけど、シオンの魔王像を初めて知った気がする。ボクとは正反対じゃないか。
「魔王め! まさか、女の子を誘拐していたなんて。許せない!」
「「……はぁ?」」
「待っててね。今僕が助けてあげるから!」
ユウシャサマというのは、どうしてこうも人の話を聞かないのだろうか。
普通に考えて、先ほどのやり取りを聞いていればボクたちのどちらが魔王なのかすぐに分かるはず。
「さあ、剣を取れ、魔王!」
ユウシャサマは勘違いしたまま腰に刺していた剣を抜き、シオンにその切っ先を向けた。
「フン、貴様程度、剣を抜かずとも倒せるわ。――ダメだ、もう飽きた」
途中までノリノリだったくせに、急激に冷めた様子でシオンは髪をかきあげた。
そのまま、戦意をあらわに飛びかかろうとしたユウシャサマの頭を、転移で音もなく隣に移動したシオンが果実をもぎ取るように握りつぶした。
「ああ、嫌だ。ジンマシンが出てきやがった」
「だから止めればよかったのに」
「そうだな。クッソ! 慣れないことはするもんじゃないな」
シオンが自分の体を抱くように、両腕をかきむしる。
「カレン、お前はいつもこんなことしてんのか?」
「うん。勇者連合が潰れてから、我こそはユウシャだー、なんて言いながらここまで来る人間が増えてきたからね」
「やっぱりか……なあ、一つ頼みがあるんだけど」
「ダメ」
「おいおい、まだ何も言ってないだろ」
ボクはシオンの頼みを聞かずに突っぱねる。
なぜだろう。聞いてしまってはいけない気がするんだ。
「実はさ。一つ、許可してほしいんだ」
「絶対にダメ」
「まあ聞けよ。勇者に成り上ろうとしているバカどもは後を絶たないだろ。で、連中が集まるのはこの魔王城。それはとても迷惑なことだ」
「それは、そうだけど」
「だからさ。人間界と魔界の境界に魔王城のデコイを作ろうと思うんだ」
「いい考えだと思うけど、誰が魔王を演じるの?」
ボクは質問しながらも、その答えを知っていた。
いや、知っていたというよりは、分かっていたと言ったほうが正しいか。
シオンはボクが眉を寄せてその答えを拒んでいると気付いていながらも、それを無視して口を開いた。
「ああ、その通り。俺が演じてやろうと思っている」
やっぱりか。
不敵な笑みを浮かべるシオンを前に、ボクは単純に予想が当たったことに嬉しくなって、外れてほしい予想だったから悲しくなって、結果として色々な感情でごちゃまぜになった表情をさらしていた。
「そんなに寂しいか?」
「――だって」
「正直にいえば、俺も寂しいけどな。でも、これは誰かがやらないといけないんだ」
そんなこと、言われなくても分かっている。
ユウシャサマがこの魔王城に来るたびに、通りすがりの魔族たちが被害に遭っている。ボクはみんなの命を背負っている王として、早急に対処しなければならない。
そして、王の観点から見れば、シオンのアイデアは実に素晴らしかった。
しかし王ではないボク、カレンとしては嬉しいはずがなかった。
「そうか、実際に出来るか心配なんだな。それなら大丈夫だ、俺がなんとかするさ」
本当は分かっているくせに、どうしてそんなに笑っていられるんだ。
ボクは満面の笑みを浮かべたシオンに頭をなでられながら、彼に気付かれないように頬を膨らませた。
「……悪いな」
ボクの耳に、小さな謝罪が届いた気がした。




