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魔紫

「随分と、勝手なことをしてくれましたね」

「別にいいだろ。どっちにしろ、邪魔だったんだからよ」

「そういう問題ではない!」

俺の言葉が琴線に触れたのか、ジンさんは珍しく怒鳴り声をあげた。

「分かっているのか! 貴様が何をしたのか!」

「敵を倒した。それだけだ。いつもアンタが押し付けてくる仕事となんら変わらない」

強いて言えば、自分の判断で仕事したぐらいか。

「私が与える仕事は裏で手を回しているんだ。騒ぎとならぬよう、魔族の仕業だと気付かれないようにな。しかし、お前が独断で行ったせいで、魔族全体が疑われている」

「問題があるのか? この情勢下だ。今更溝が深まったとしても、大した問題じゃないだろ」

俺は、言っていることが本気で分からないと雰囲気で示し、ジンさんを軽く挑発してみる。

「まさか、ビビっているのか? 数が多いだけしか取り柄のない人間如きを」

「人間のアナタが言っても、何の説得力もないですけどね」

ジンさんが急に正気を取り戻したかのように、いつも通り笑顔の裏に感情を隠した。

諦めたのだろう。反省の意を見せない俺を説得をすることに。

激怒しているのだろう。勝手な行動をして迷惑を被った上で、尻拭いをしなければならないことに。

俺がカレンの客としてではなくジンさんの部下としてこの場にいたのなら、きっと俺の首と胴体は繋がっていないことだろう。俺が抵抗しないという大前提がある場合ではあるが。

「ハハッ、違いねえ」

俺は部屋を出ようとするジンさんの背中に、そう言って笑いかけた。

返事はなく、扉が勢いよく叩きつけられるように閉められる。

「何をしたのか分かっているか、ねえ。分かってないわけないだろ」

一人残された部屋で、俺はため息交じりに呟いた。

一国を滅ぼした俺は、人間からも魔族からも恐怖の対象となった。当然だ、国を単独で相手どることが可能だなんて、それがどのような存在であっても化物としか言いようがないだろう。

今頃はどこの会議室も俺の対策の話題で持ち切りのはずで、それはレイトたちも例外ではないだろう。恐ろしいことだ。

しかも、問題はそれだけではない。

俺がした行為は対魔族特化の国の陥落。つまり、普通に考えて犯人は魔族となるだろう。

人間の矛先が向かうのも当然ながら犯人候補筆頭である魔族たちであり、迫害はどんどんと勢いを強くしていく。現にそのような報告を、俺も何度か耳にしている。

魔族の不満は雪のように積み重なっていき、改善のために人間に危害を加える者も増えていく。報復を受けた人間側も仕返しをしようと魔族とさらに対立していく。

するとどうだろう。行きつく果てに待ち受けるは全面戦争だ。

血で血を洗う闘争だなんて、誰も望んでいない結末だろう。少なくともカレンは望んでいない。

俺がしたのはカレンの努力を潰す行為、つまりはそういうことなのだ。

「仕方ない、と言えたら楽なんだけどな」

それだけの代価が発生すると考えなかったわけじゃない。むしろ、最初に思い付いたことだ。

それでも決行に移ったのは、俺が背負わなければならない業だと思ったからだ。

俺の自我エゴだというのは分かっている。それでも俺は背負うことにした。

俺が傍観を決め込んでいれば、レイトが同志を募ってヤマト帝国に剣を向けていただろうから。

勇者として最強の地位を築いていたレイトだ。ヤマト帝国からしつこいぐらいの勧誘があっただろう。

あれだけの勇者を集めていた国だ。緩急自在な手段を用いて巧みに交渉をしてきたのだろう。

例えば、融通の利かない相手には身近な人物を人質にして無理やり要求を飲ませたりもしていたに違いない。

レイトが俺と敵対する道を選ぶとは思えない。可能性としてはあるかもしれないが、俺に勝てないことを知っているアイツがわざわざ無駄な博打を打つとは考えられないからだ。

きっと、レイトもヤマト帝国に何らかの嫌がらせを受けるようになる。

奴は主人公だ。自分だけなら笑って流すだろうが、親しい誰かに被害が及べばどれだけ大きな相手だろうがレイトは剣を握る。

だから、俺が先に排除した。

友人を世界的な犯罪者にさせるわけにはいかないから、魔族に味方する俺が滅ぼした。

「……はぁ」

「お時間よろしいですか?」

山のように積み重なっていく面倒を前に俺がため息をついていると、閉められたドアが二度叩かれる。

「ああ、開いているよ」

俺の気だるげな返事を待っていたのか、ドアの向こうで待っていた相手が失礼します、とよく言えば真面目に、悪く言えば堅苦しい言葉を口にしながら部屋に踏み入ってきた。

「何の用だ? リリィ」

入ってきたメイド服の少女に対して、俺は視線を向けることもなく尋ねる。

彼女の名前はリリィ。以前奴隷市狩りをした時に協力してくれた元奴隷だ。

奴隷は見つけたらすぐ解放しているのだが、彼女だけは何を思ったのかまず最初に魔王城に来た。

俺を探していたらしい。それで何故ここに来たのかは分からないが、俺にお礼を言いたかったのだそうな。

それで気がつけば俺専属のメイドとなっていた。解せぬ。

「カレン様がお呼びです」

「カレンが?」

「はい。絶対に連れて来いと言われました」

リリィの言葉を聞いて、俺は雰囲気で拒否の意思を示す。

ついさっき、会えるわけがないと考えていたところなのだ。すぐに心を入れ替えられない。

俺の醸し出す雰囲気を読み取ったのだろう、リリィはため息を吐く。

「予想通りの結果になりましたね」

「予想? 誰のだ?」

「ボクのだよ」

リリィが半歩横にずれ、隙間の空いていた扉から真っ赤な影が飛び込んで来た。

影の名はカレンという。腰ほどまで伸びた真っ赤な髪と同じ色の瞳を持つ少女。

俺が居候しているこの魔王城の主であり、契約は既に切れているが元々は俺の使い魔だった魔王サマだ。

部屋に入ってきた彼女は魔王と呼ぶに相応しい般若の形相で、ズカズカと大股で俺の元まで歩んでくる。

彼女に対して俺は、明後日の方向に視線を配りながら気まずい様子で冷や汗を流す。

正直に言おう。すごく怖い。

カレンが歩を止めるまで、俺はイタズラがバレた子供のように震えていた。

「シオン」

「……はい、なんでしょうか」

「最近ボクを避けているよね。どうしてかな?」

あくまでも静かな口調だというのに、どうしてこれほどまでに汗が止まらないのだろう。

俺は汗で濡れる額とは逆に緊張でカラカラに乾いた口を開く。

「気のせいじゃないか?」

「真面目に答えて?」

優しい口調とは裏腹に、カレンは俺の顔を両の手で挟み込んで無理やり目を合わさせる。

その姿はさながら、恋人通しが口付けを交わす直前のようだ。現に近くで俺たちのやり取りを眺めていたリリィが固唾を飲む音が聞こえた。

お前が期待するような展開にはならないからな。こっちは真剣なんだぞ。

俺は現実逃避のためリリィに八つ当たりをしながら、観念してカレンの瞳を見つめ返す。

「あれ?」

叱られている最中だというのに、無意識で疑問の声が俺の口から出た。

「カレン、お前、痩せたか?」

カレンの頬に手を当てて、気になった部分を撫でる。

カレンは俺が行方不明になった時、不眠不休で仕事に没頭していた。少しでも考える時間が出来ると、嫌なことばかりが頭の中を駆け巡るからだ、と本人に聞いた。

それから俺が戻って、一時は昔ほどまでに回復していた。

だというのに、今改めて確認したら一番やつれていた時に戻っているように感じる。

「う、うん。最近忙しいからね」

俺からの予想外の反撃に、カレンは顔を真っ赤にしながらそう答えた。

最近忙しいのだとしたら、それはやはり俺のせいだ。

俺が勝手な行動に出たから、結果的に魔王であるカレンにしわ寄せが集まっていくのだ。

「……すまん」

「? なんでシオンが謝るの?」

カレンは本気で分からないと言いたげに首をかしげる。俺はそれが演技だと分かっているから、余計に罪悪感に駆り立てられる。

「俺が原因だろ、それ」

「? ……ああ、違うよ。これはボクの個人的な都合。あ! もしかして、シオンがボクを避けてたのは、勇者連合のことなの⁉︎」

勇者連合というのは、言わずと知れたヤマト帝国を示している。

魔族は国という小さな敷居を設けていない。あるのは種族の壁ぐらいだ。その壁も魔王の前では取り払われる。種族の長同士が集まって、定例的な情報交換をしているからだ。

そのため、魔族には国の概念を理解出来ない者も多い。彼ら彼女らは人間が作る国を、それぞれの特徴で呼んでいる。

勇者が多く揃っているヤマト帝国を、魔族たちは勇者連合と名付けていた。

「……カレンに迷惑をかけているのは事実だ」

「バカだなぁ。ボクは魔王だよ? 部下の粗相ぐらいで迷惑に思わないって」

カレンが呆れたように笑う。今度は本心から思っているのだろう、演技には見えなかった。

「戦争をするしないに関わらず、勇者連合はいずれなんとかしないといけないと思っていたからね。被害がなかっただけマシだよ」

「被害はあるだろ。各地で魔族が虐げられているって聞いたぞ」

「うん、確かにそうだね。でも、それはシオンのせいじゃない」

カレンは笑顔を彩った表情で俺から離れた。

何やら残念そうな舌打ちが聞こえた気がしたが、カレンと俺は取り合わなかった。

「魔族と人間は分かりあえない。それぞれがそれぞれを共通の敵と認識しているからね。だから、同志討ちが起こらない。きっと人間が滅びれば、魔族が滅びれば、敵がいなくなった世界の覇者はかつての仲間通しで戦争を起こすだろうさ」

ただの予想も、世界の半分を支配しているカレンが言うと説得力が違う。

確かに現在どこにも戦争や紛争などといった、意見の不一致から起こる大規模な武力の行使は行われていない。世界が完全に二分している今は味方通しの大きな消耗が隙となり、勝敗に関わらず待っている結末は蹂躙だからだ。

魔族と人間が互いに対立しているからこそ、この世界は仮初めの平和が訪れていた。

二つの種族にさらなる共通の敵でも現れれば、きっと世界は本物の平和に包まれるのだろう。

「いつかは訪れる均衡が崩れる瞬間を、シオンはほんの少し早めただけ。向こうの戦力を大幅に削ってくれたんだから、ボクとしてはむしろ褒めたいぐらいなんだよ?」

「カレン、お前。戦争を起こす気なのか?」

「まさか。……でも、仕方ないと割り切る覚悟はある」

目の前の魔王は、触れてしまえば壊れてしまいそうな儚い表情で、笑った。

俺の胸を一筋の痛みが走る。彼女を守りたい、心の底から渇望した。しかし、俺には何も出来ない。

カレンは魔王で、俺は神の一柱だ。本来なら対立していてもおかしくない関係である俺たちは、互いの未来に強く干渉できなくなっていた。

どれだけ手を伸ばしても、本当の意味で彼女のそばにはいられない。彼女と手を取り合うことができない。

「これでこの話はおしまい!」

鏡を見れば、きっと今にも泣きだしそうな情けない顔が映ることだろう。

重くなった空気を吹き飛ばすように、努めて明るくカレンは手を叩いた。

「カレン様、用件はいいのですか?」

「あ、そうだった!」

今まで空気のように気配を消していたリリィが、何かをカレンに思い出させる。

俺も空気を変えるべく、この虚無感に覆い尽くされた胸中にふたをして、出来るかぎりの笑顔で話を聞く。

「シオン、ボクのケーキ食べたでしょ! せっかく楽しみにしていたのに!」

「はっ? なんのことだ?」

「とぼけたって無駄だからね。リリィが見ていたんだよ」

「いや、それ俺じゃ――」

「問答無用!」

カレンがいつの間に取り出したのか、グラムという名の剣を振り下ろした。

薄れゆく視界の中、最後に見えたのは両手を合わせて言葉なく俺に頭を下げるリリィの姿だった。

テメ、覚えてろ……。

神力の籠っていない剣で脳天を真っ二つにされた俺は、最期にリリィへの恨みを抱きながら地に伏せるのだった。

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