紫亮
「おじちゃーん、ここをとおしてー?」
子供に言われて初めてその存在に気付いたように、門の前で槍を立てている男が眉を寄せた。
「ダメだぞ、ボウヤ。お父さんかお母さんとはぐれた子は、ここを通せない決まりなんだ。だから、あっちのおにいちゃんのところに行ってみな。きっと何とかしてくれる」
男は不機嫌な内心を笑顔の内に一瞬で隠し、子供を極力刺激しないよう努めながら声を出した。
子供は面倒だ。少しでも不安がらせると大きな声で泣き、駄々をこねてその場を動こうとしなくなる。男は仕事上たくさんの人を相手に流れ作業をしなければならないので、ほんの少しの懸念材料も抱きたくなかった。
「じゃあ勝手に通るから、邪魔しないでね」
だからこその対応だったのだが、子供がさっきとは打って変わって落ち着いた様子だったので、男はしばし呆然としてしまった。
「ちょっと待て、どういう――」
「身体強化、極」
子供が門の前を通り過ぎて、何もない壁の前で腰を落として構えた。
男の背筋を嫌な予感がよぎったが、もう手遅れだ。
「俺流剣術無刀流、神威」
子供の周りを火花が散った。それは男の目に映った錯覚にすぎなかったが、男は勘違いだと判断しなかった。
絶対に、何がどう転んでもあり得ない、現実的に考えて実現不可能なことが起こっていた。
「ふぅ、こんなモンか」
撒き上がった砂煙の中にいた子供が気がつかない間に青年へと姿を変えていたが、男にとっては些細な問題だった。
結界が破られた。
詳しくはスケールが違いすぎてまったく頭に残っていないが、この門の周りを囲うように大きな結界が張られている。
その説明で印象に残っていたから覚えているが、例え魔王であっても簡単に破ることのできない最強無敵の結界、を売り文句にしていた。
「一時間待つから、一般人の避難を完了させてくれ」
それがどうだ、この状況。
最強と謳われた結界は一撃で破壊され、自分が先ほどまであくびを噛み殺しながら突っ立っていた仕事場には大きな風穴が開いている。
凄まじい音がしたからだろう。町の中にいる人たちが波のようになってパニックがどんどん広がっていく。これほどの大惨事を、大軍を率いているならまだしも青年はたった一人で作り出したのだ。
青年が自分に向けて何か言っているけれど異次元に住む別次元の生命体を相手にしているがごとく、脳が相手の言葉の意味を把握しようとしなかった。
「おーい、大丈夫か? ……駄目だ、聞こえてねえ」
一人の男の思考を停止にまで追い込んだ青年の名はシオンという。
「面倒だな、あんまり目立ちたくないってのに」
独り言を隠すそぶりも見せずに、シオンは自身の魔武器である闇衣を纏った。
『一時間だけ時間をやる! その間に民衆の避難を完了させろ』
シオンは風魔法を使って、町全域にいるすべての人間に聞こえるように声を響かせた。
今度は一斉にパニックが収まっていくのを肌で感じながら、シオンは腰を落とす。
「空間魔法、隔離」
シオンは魔法で自分の周りだけを世界から切り離した。こうしておけば、外からの干渉を完全に遮断することが可能なのだ。空間属性を持ち、シオンより魔力量があればチャンスがあるが、仮にも神の一人であるシオンを超えられるような人物などなかなかいない。
魔法を構成する作業を終えると、腕を組みつつ目を閉じた。
これから、一時間の仮眠をとる。もしかしたら寝坊するかもしれないけれど、別に時間通りに合わせる必要もない。ゆっくりと眠ることにしよう。
シオンは目を閉じて三秒で、寝息をかいているのだった。
仮眠を終えた俺を待っていたのは、視界を埋め尽くすほどのヒトの群れだった。
その内、真新しい鎧を着込んでいるのは、おそらくこの国の兵士だろう。戦力の増強に伴って装備を新調していてもおかしくないし、何より彼らからはこちらまで影響を受けそうなほどの緊張から動きが固くなっている。
兵士たちと比べると途端に数が少なくなるが、緊張などどこ吹く風な様子でこちらを観察している視線もある。それらはきっとこの国に集められた勇者だ。装備はまちまち、しかしどれも使いこまれているようなので、才能だけに頼っている雑魚もいないようだ。
あれだけド派手なことをしたのでこの反応は予想の範囲内。強いて問題があるとすれば、勇者の数が想定以上に多いことぐらいだ。勇者という人間がこれほどまでに存在しているとは思っていなかったし、これだけの数をそろえるのはかなり苦労したことだろう。ヤマト帝国首脳陣のムダな努力に頭が下がる思いだ。
「貴様は何が目的だ!?」
群れの先頭に立つ、とりわけ自信に満ち溢れた男が声を荒げた。息が上がっているのは、叫んだから、という理由だけではない。
俺の立っている場所を中心に、大きなクレーターが出来ていた。俺が寝ている間に何度も攻撃を試みたことは容易に予想出来る。それでもって、俺の守りを貫けなかったのだ。
「ん? あー、そうだな。えーと、イケメンの根絶?」
「ふざけるな!!」
脳細胞をフル回転させて出した答えを、男の一喝で吹き飛ばされてしまった。
俺は至って真面目に答えたつもりである。悪いのは勇者=イケメンという世界の方程式なのであって、フツメンたる俺が、苛立ちを感じないほうがおかしいのだ。
イケメン、ダメ、絶対。
「それじゃあ、かかって来いよ。どうせ俺は敵なんだから倒せばいいだろ、勇者諸君」
逸れてしまった話を戻すため、俺はわざとらしく口角を上げて挑発する。
相手側も優秀なようだ。かなり手加減したにも関わらず、かすかな殺気に反応して緊張を吹き飛ばしやがった。
ピンと張り詰めた空気と俺を中心に扇状に向けられる槍の穂先に、思わずこちらが緊張してしまい、俺は無意識で笑みを刻んでいた。
「行くぞおおぉぉぉお!!」
「「「「「おおおぉぉぉぉぉぉおお!!」」」」」
すべての気合が音となり大気を震わせる。穂を揃えて歩を揃えて地面が揺れる。連中の思い全部が、今はベクトルを俺一人に向けて一体になる。
これほど楽しいことはない。
「神級魔法」
これが戦争か。これが争いか。
魔族が責めてきた時とは違う殺意の密度に俺の全身が粟立つ。
――ならば、教えてやろう。
「輝巨星」
――これが虐殺だ。
熱と光と波と衝撃が、士気を高めていた兵士諸君を一気に蒸発させた。恒星、太陽と同じく自ら光を放つ星そのものを、俺が連中の頭上に召喚したからだ。死体すら残させない、戦力も何もない力技である。
俺の目的は勇者を集めているヤマト帝国を滅亡させることであって、国と戦うことじゃない。手早く、事務的に処理して勝利する。
神である俺が、わざわざ人間に合わせる理由もないだろう。
「待て、シオン!」
「あぁ?」
俺の背後から斬りかかってきた影を、俺は遠心力を加えた蹴りで迎撃する。
どうでもいいが、不意打ちの時に大声を出すなんて、無駄以外の何物でもない。
影は驚きに苦悶を混ぜたようなうめき声を出しながら、持っていた剣の刃先を俺の脚に変更する。だがしかし、俺が通常の刃物ごときで傷がつくはずもなく、影は力に抗えず飛んでいった。
「……そういえば、お前もいたんだったな」
影をよく確認してみると、そこにいたのは俺をこの世界に招いた元凶、二階堂亮だった。
予想していなかった再会だ。ヤマト帝国に移っていたとは聞いていたので、てっきり蒸発していった哀れな兵士たちの中に混じっているものだと思っていた。
腰を抜かして逃げていたのだろうか。
「どうして、こんなことをしたんだ!」
「どうしてどうしてって、お前はそれだけしか言えないのか?」
「僕の質問に答えろ!!」
「相変わらずか、まったく」
俺は諦めのため息を吐きながら、大きくかぶりを振る。
昔から話が通じない奴だ。少しぐらいは進歩しているかと思っていたのに、まったくもって残念である。
ふざけているとしか捉えられない俺の態度に、単細胞生物であるリョウが苛立ちを剣で訴えてきた。
「いつも無視しやがって。お前の言う『みんな』が長い付き合いのある俺なんかと比べてどれだけの価値を持っているかは知らない。別に興味もないしな。でもなあ、お前のその幼稚な正義で、俺の意思を縛り付けるな」
俺は迫り来る剣を無視して、リョウを睨んだ。剣は役割を果たすために俺の額を割ろうとしていたけれど、刃が通らずただの棒切れと成り下がっていた。
常識で考えればまずあり得ない事象。普通ではないからこその異常。
まったくの想定外を目の当たりにしたリョウが、前の世界にいた時では見たこともないような驚いた顔になっていた。
「俺流剣術――」
呆然としていて、理解が及んでいないお前の顔なんか見たくない。嫌いではあったけれど、主人公として憧れていたお前が、一脇役にすぎない俺と完膚無きまでの実力差がついているなんて認めたくない。だから、早く死ね。
闇衣で創り出した鞘に収まった刀を腰元に据えて、黒糸で縛られた刀の柄に触れる。これで、俺が持っている剣技の中でも最強クラスの威力を誇る奥義、絶を繰り出す準備が終わった。
「「絶!!」」
俺とリョウのちょうど中間で、岩を砂に生まれ変わらせるほどの剣の波がぶつかり合う。衝撃が生んだ風で俺の前髪が踊り狂う中、俺に去来した感情は驚きと謎の喜びだった。
反用しやすくするために全力は出さなかった。同じ仕事をしていると、最初は持っている力全てをつぎ込む。だが、経験を積んでくると次第に問題ないレベルで手を抜き始めるだろう。それと同じだ。しかし、威力は人間だったころとほとんど遜色ないはず。俺だったら、反動で腕が引きちぎれている。それだけの威力は持っているはずだった。
「シオンを倒すことはできないみたいだ。でも、止めることは出来る。これ以上の凶行をシオンにさせるわけにはいかないんだ!」
突発的に発生した風を器用に乗りこなし、リョウは驚愕している俺へと嬉しそうに鋭い視線を向ける。
リョウの右腕に損傷は見受けられない。つまりは俺がチートな肉体を手に入れて初めて使えるようになった技を、コイツは己の鍛錬だけで使いこなせるまで成長したということなのだ。
「そう言えば、お前はなんでも出来たんだったな」
「そんなことない。でも、シオンは止めたいと思っている」
「止められないさ。リョウなんかには」
「止めてみせるよ。親友なんだから」
俺を親友と呼んでくれるのは、きっと世界中を探してもお前だけなんだろうな。
俺とリョウは、もう一度自身が持っている武器を鞘に収め、そして居合の構えをとった。
もう一度、絶を放つ。リョウも同じ考えなのだろう。
先の魔法の影響で家屋が崩れ落ちた音を合図に、俺たちは仲の良い友人どおしが戯れるように、無邪気に命を削りあった。
この日、ヤマト帝国は一人の男によって滅ぼされた。
――――世界の運命そのものの転機になるとも知らずに……




