偽勇
「そこまで!」
審判の声と同時に、僕は相手の喉を斬り裂かんと動かしていた剣を止めた。
「さすがです、リョウ様ぁ!」
試合を終わえて壇上から降りてきた僕を迎えてくれたのは、この国に一緒に来てくれた友人の女性。
「ありがとう、トスカ」
僕は彼女が差し出してくれたタオルを受け取りながら、日ごろの感謝をこめて笑顔を向けた。
「いえ、そんな礼を言われるほどではぁ……」
僕が笑顔を彼女にだけ見せると、なぜかいつも顔を真っ赤にしながら俯いて否定する。
理由を聞いたことはないけれど、もしかしたらなんらかの悲劇があったのかもしれない。
「僕でよければ、いつでも相談に乗るからね」
「はい? 何か言いましたかぁ?」
「いや、なんでもないよ」
僕らは歩みを止めることなく、他にもいろんな人の模擬戦が行われている練習場を後にした。
僕、二階堂亮はヤマト帝国で日々研鑽の毎日を送っている。
理由はもちろん、来たるべき魔王との決戦に勝利するためだ。
僕がもともといた国、ウオカイナ王国が魔族率いる魔物の群れの襲撃を受けたのが半年前。当時のオーバーランクの面々が簡単にあしらい、原因から根絶したと聞いた。
僕も半ば強引に参加し、無敗の剣帝と一緒に奮戦した。
僕は勇者だ。なのに、守られていた。無敗の剣帝は自分の責務をこなしつつ、僕の援護もしていた。
僕が守らなければならなかったのに。僕が救わなければならなかったのに。
力不足を痛感した。
僕は弱い自分が嫌いだ。だから、もっと強くならないといけなかった。
魔族襲来の恐怖から勇者を募るようになったヤマト帝国に来たのも、ここならもっと強くなれると思ったからだ。
「リョウ様、大丈夫ですかぁ?」
「――えっ?」
トスカの心配する声で、僕は周りの光景が入ってきた。
そこは僕がもともといた世界の商店街に似た風景だった。軒を連ねる店々の店主がそれぞれ声を張り上げているから、実際に同じような目的の場所なのだろう。
「模擬戦でどこか痛めましたぁ? それならすぐ帰りますよぉ」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていただけだから」
「本当ですかぁ?」
なおもいぶかしげな目を向けてくるトスカに苦笑しながら、僕は彼女の頭を優しく撫でた。少し恥ずかしいが、こうすることでトスカは静かになってくれるので、この手段はそれなりに重宝している。
「あっ!」
僕が手を離すと、トスカが残念そうな顔をしていた。
しかし、僕の眼中にはそんな様子など映っていなかった。
「大変だ、トスカ。向こうで困っている人がいる」
僕の視線の先にあったのは、男数人に囲まれた女性が腕を掴まれている姿だった。
「……別にいいんじゃないですかぁ? 友人どおしの悪ふざけかもしれないですしぃ」
「あんな柄の悪い連中と女性が仲がいいわけないじゃないか! 早く助けに行かないと!」
「ハァ、分かりましたぁ」
勢いよく駆け出す僕の後ろを、ため息をつきながらトスカはついてきた。
やはり彼女も困っている人を見捨てられないのだろう。
「離してよ! もうアンタ一人で大丈夫でしょ! 私は普通に生きるの!」
「そんなこと言わないでくれ。僕は君がいないとダメなんだ。君が好きなんだよ!」
「えっ?」
「今度は君がサポートするんじゃない。君も含めて俺に守らせてくれないか?」
「――そんなこと言われたら、断れないじゃない」
「「「「「おめでとうございやす、アニキ!」」」」」
「そこまでだ!」
女性の周りを囲んでいた男たちが上げた大声よりもさらに大きな声で、僕は男たちと女性の間に割って入った。
「この人が困っているだろ! 早く解放するんだ!」
「えっ、ちょっと待って」
「僕が来たからにはもう大丈夫ですよ。ここは任せて早く逃げてください」
「それは勘ち――」
「リョウ様の言っている意味が分からないんですか? 早くここから去りなさい」
「トスカ、その言い方はあんまりじゃないかな?」
「違いますよぉ。リョウ様の考えたような意味じゃないですぅ」
僕が咎めると、トスカは困ったような笑顔でかぶりを振った。
確かに、心優しい彼女がそんなひどい事をいうはずがない。僕の思いすごしだったようだ。
「なんだ、テメェらは!?」
「僕の名前はリョウ。勇者だ」
「なっ!? お前があの迷わブフゥ!?」
「女性相手に数で迫るなんて、サイテーですよぉ。こんな連中は一度お灸をすえないといけませんよね、リョウ様ぁ」
僕の名前に驚きを見せた男の顔面に、トスカの足の裏が突き刺さった。
「う、うんそうだね」
スカートなのにあんなに足を上げても大丈夫なのだろうかと心配したが、どうやら相手側はそれどころではないようだ。
敵意のこもった視線を浴びせてくる行為を僕は宣戦布告と受け取り、とりあえず一番近くにいた男の顔面に鍛え続けている拳をめり込ませる。
男は後ろに控えていた男を巻き込んで飛び、鼻血を流しながら気絶するというなんとも無様なやられ方をした。
「アンタ、大丈夫!?」
「自分に迷惑をかけていた奴の心配をするなんて、アナタは優しいんですね」
僕がそう言うと、なぜか女性は熱のこもった視線を向けてきた。
きっと言葉が出ないほど感謝しているに違いない。
「リョウ様ぁ、早く片付けましょうよぉ」
「うん、分かった」
数分後、男たちは全員地に伏していた。
女性は僕が最初に殴り飛ばした男にすがりつきながら泣いていた。一番しつこく絡んでいた男だったから、さぞ嬉しかったのだろう。
人助けをした後は気分がいい。
「それじゃあトスカ、ケアは頼んだよ」
「分かりましたぁ」
いつも通り、トスカに女性の後を任せる。
面倒事を彼女に押し付けていると思われるかもしれないが、トスカ自身がこれを望んだのだ。
彼女ばかりに背負わせるわけにもいかなかったので僕は当然反対したのだが、トスカの強い意志に最後は折れてしまった。
そんなトスカのケアは少し気になるが、彼女は僕に作業を見られるのが恥ずかしいらしく、一度も見せてくれたことはない。
何度頼んでも結果は変わらなかったので、僕はトスカに全部任せて大人しくその場を後にした。
「残念でしたね、せっかくの告白だったのに――」
トスカの悪意がたっぷりこもった声が聞こえた気がしたが、彼女がそんなことを言うはずがない。
きっと気のせいだ。
「さてと、暇になっちゃったな」
もともとトスカが先導して町を歩いていたので、僕はこれと言って目的がない。
帰って休息するのも一つの手なのだが、今日は軽く体を動かした程度だから休むのは勿体ない気がする。
「武器でも見てみようかな」
ヤマト帝国は対魔族国家の中でも随一の戦力を持っている。世界中から勇者を集めていることもそうだが、設備の充実化、特に武器や防具の質は世界でもトップクラスだと思う。
中でも僕が一番驚いたのは、銃火器が売られていることだ。
僕と同じように異世界から呼ばれた勇者がいたようで、銃火器がこの国でだけ作られている。他の国には技術が伝わっていないようだ。
銃火器があれば、それほど力を持たない一般市民でも戦うことができる。それは防衛に大きな意味をもたらしている、とこの国の上層部の人から聞いた。
僕に銃は正直合わないが、剣一つとっても他の国とは比べようもない品しかないので、暇つぶしには十二分な成果を出してくれるだろう。
それに、後でトスカも追い付いてくるだろうしね。
簡単な予定を立てた僕が、武器屋に足を向けようとしたその時。
大きな音と一緒に、首都であるこの街を覆っていた結界が壊された。
「ッ!?」
僕は息を呑んだ。
この街を守っていた結界は、魔族用の最高硬度のものだ。僕なんかにどうこう出来るものではないし、たとえ魔王であってもそう簡単には破れない。人間という枠組みに限った中で破壊が出来るとすれば、それはこの世に壊せぬものなしとの呼び声高い絶対の破壊者ぐらいだ。
その結界が破られた。
鐘をたたく音が街を賑わせ、民衆の叫び声が色どりを付けている。
僕が行かなければならない。
『一時間だけ時間をやる! その間に民衆の避難を完了させろ』
体を動かせなかった。
現場に急行しようとした僕の足を地面に縫いとめた声は、周りの人たちに冷静さを一瞬で取り戻させる不思議な力を含んでいた。
だが、僕が動けなくなったのに声の力は関係ない。ただ、その声はよく知る人物のそれだった。
「――なんで」
僕は踵を返して、城を目指してひた走った。
「どうして、君がこんなことをしたんだ」
道中で避難を始めた他の人の邪魔にならないよう、家屋の屋根の上などといった道ならざる道を進む。
「どうして、紫音が!!」
僕の声に答えなど、存在しなかった。




