奪還
「悪いな。手荒なマネに出るつもりはなかったんだ」
男はイスに縛り付けられた少女――アイリスに話しかけた。
男とアイリスは、木の壁に覆われた薄暗い部屋に二人きりだった。
「そう思うなら、せめてこれだけでも外してくれないかしら?」
アイリスがジャラリと音を立てながら、手錠が着けられている両手をあげた。
言葉の端々にトゲが含まれているように感じるのは、気のせいではない。
誰だって拘束されれば、不機嫌の一つや二つにはなるものだ。
失敗だった。不機嫌の裏でアイリスは反省していた。
アイリスが誘拐されたのは、これが初めてではない。
貴族という注目を集める人種で、その中でも両親が世界でも有数の有名人であったアイリスは、昔からそういった類の魔の手が伸びていた。
いつも両親が駆けつけて相手を壊滅させて終わらせていたが、親に頼り続けるのをよしとしないアイリスはいつからか降りかかってきた火の粉は自分で払うようになった。
ノエルと出会ったのも、それぐらいの時期だ。
久しぶりの誘拐は彼女に不安を抱かせず、むしろ打開の機会を探す練習にすぎなかった。
「その要求は受け入れらない。こっちも仕事なんでな」
仕事というのは、一体誰に頼まれたものなのだろう。
予想出来る内容としては、お父さんかお母さんを呼び出して脅迫するためのえさ、ぐらいしか思いつかない。
昔から似たような扱いを受けてきたからこそ、想像も容易にできた。
「そもそも、私を捕まえて何の意味があるの?」
だが、それとこれとは話が別だ。
相手の要求が分かればどう動くかも考えやすくなる。もちろん簡単に計画を話すとは思っていないが、自分の優位性を考えた相手が、どうせ何も出来ないから話して構わない、と判断する場合は意外にも多い。そのほとんどは素人ではあるが、穴を見つけるために手段は選ばない。
アイリスは、少しでも多くの情報を入手しようと躍起になっていた。
あくまでも内心だけの話であって、表情などには微塵も出していないが。
「聡明なアンタなら分かってるだろ。ただのえさだ」
――食いついた!
「それは、お父さんの? お母さんの?」
好奇心を隠して不機嫌は隠さず、アイリスは首を傾げた。
自分でもいい演技だったと思う。
「そこまでは知らないな。確か、無敗の剣帝だったはずだが……」
男は記憶を思い出すためか、深く考え込んでしまった。
何度か呼び掛けてみても、反応がない。
アイリスも男にならったわけではないが、少し思考を巡らせてみることにする。
無敗の剣帝と言えば、最強しか存在を許されないオーバランクの一角にいる人物の二つ名だ。
父と母がそれぞれ、絶対の破壊者、無敵の嵐姫と呼ばれているのは知っている。だが、それ以外のオーバーランク、新しく入った残りの二人については本名も知らない。
知らなくて当たり前なのだ。オーバーランクは秘匿されているのだから、告白でもされなければ知るすべはない。
アイリスのように、二人のオーバーランクの情報を持っていて、二人のオーバーランクと友人関係にあるほうが珍しい。
「私で無敗の剣帝を呼ぶ。お父さんやお母さんは関係ない。なんで、私がえさになるんだろう?」
考え込んでいる内に、思考が言葉となっていた。
知り合いにいるのだろうか。いや、それはない。
こういってはなんだが、父親がいかに常識外れな能力の持ち主かを知っているアイリスは、候補者を絞ることなど造作もない。
だから分かる。チートな彼ぐらいしか該当する人物はいないという結果が。
この時のアイリスには、レイトの存在がすっぽりと抜け落ちていた。
分からない。分からない、分からない!
アイリスの思考を、一つの疑問が占領していた。
『情報は、相手が持っているだけとは限らない』
脳裏によみがえるのは、世界の何よりも大切で、しかし自分に背を向けた男の言葉。
師として仰いでいた時に、教えてくれたことだった。
『視覚で、嗅覚で、聴覚で、。お前のすべてを使って得た物を繋げることで初めて使えるんだ』
すべてにおいて達観した見方が出来た彼だからこそ言える教えの数々が、アイリスの胸には刻まれている。
ふと、体が軽くなった気がした。
また、助けられたんだ。
自分たちの元を去って行った彼は、離れてもなおアイリスの支えとなっていた。
「視覚で」
まずは見た。すると気付かなかったものが引っかかった。
重そうな鉄の扉のそばに、一つのランタンが吊るされていた。目を凝らしてみると、注目しないと分からたない程度に揺れている。
「嗅覚で」
高めに整った鼻で空気を吸い込んだ。たくさん入ってきたほこりにむせたが、情報も得た。
いつもこの部屋を使っているであろう男たちの臭い汗の匂い、部屋の材料となっている木の匂い、そしてかすかな潮の匂い。
「聴覚で」
視覚情報をいったん遮断し、耳をすませる。今まで意識の外に置いていた情報が飛び込んでくる。
複数の足音、静かな談笑、波が打ち付ける音。それら情報から、相手の規模と位置と現在地を導き出した。
「……船の中、なの?」
アイリスは思わず呟いた。
誘拐された経験があるといったが、このパターンは正直言って予想外だ。
アイリスが経験してきた誘拐というのは、大体が人目につきにくい廃墟だったりする。目的がオーバーランクをおびき寄せることなのだから、誘い込みやすく罠も仕掛けやすい廃墟は絶好の場所になるからだ。
それが船の中となると、前提からして変わってくる。
船を準備し、人手を雇い、連絡のために魔道具を用意する。個人では到底無理な大規模な計画が必要となっており、当然ながら金銭的にも大きくなる。
つまり相手は船を用意できるだけの規模を誇り、アイリスと無敗の剣帝が繋がっていると調べられるほどの情報力を持っていることになる。
それだけではない。アイリスにとっては、もう一つ大きな障害がある。
船の本来の仕事は陸地以外を繋げることだ。簡単にいえば、海の上が仕事場になる。
この場を抜け出したとしても、逃げ場がないのだ。
「あ? よくわかったな」
アイリスの声に我に返った男が、不思議なものを見るような目で称賛した。
「ここは船の中、分かってると思うがとっくに沖に出てるから、変な気は起こさないでくれよ」
男の言葉はアイリスには聞こえていなかった。
逃げられない。自分では解決できない。
助けを呼びたいが、誰がこんな場所まで来れようか。シオンはもういないのだから、助けが来るはずがない。
アイリスが諦めたその時、地面が揺れた。
「来たか!!」
男は急いで立ち上がり、頭上を仰いだ。
地面が揺れたが、ここは船の上だ。ある程度の魔力があれば、誰にでもできる。
これがオーバーランクなら、船は木端微塵になっていただろう。
「計画通りだ、さっさとここをずらかるぞ。巻き添えを食らうわけにもいかないからな」
男はアイリスの腕を掴み、無理やり彼女を立たせた。
「連中、ここにまっすぐ向かってやがるな」
男は魔力探知が得意分野だ。だから分かる。相手がどう動き、何をたくらんでいるかを。
船が揺れてから、魔力の数がどんどん減っている。それはすなわち、乗船者を薙ぎ払いながら相手が進んでいることを意味する。
男がアイリスの監視役を任されているのは、状況を読む術に長けているからだ。そして、下っ端の中では唯一、転移魔法を使えるからでもある。
男が事前の手はず通り、アイリスと一緒に転移をしようとした。
男の作戦は、相手が常識の範囲内にいれば成功していた。
「どこに行くつもりなんですか?」
先ほどよりも凄まじい轟音と木片が、部屋中に飛び散った。
「お嬢様から離れろ、俗物め」
煙撒く中、それだけで人を殺しそうな鋭い眼光が男を貫いた。
男たちが相手していたのは、普通で収まるような器ではなかった。
片や人類最強の勇者、片や人類最強の騎士。
とあるチートが関わらなくても、これだけの戦力を出し抜ける人物など世界でも数えるほどしかいない。
「「さあ、覚悟はいいな」」
レイトとノエルが声を揃えて言った。
――まるで、化物のようではないか。
相対している男には、彼らが自分と同じ種類の生物だとは思えなかった。
「ふん」
自分とは次元が違う相手を目の当たりにした男は、逆に冷静さを取り戻していた。
「お前がヤマト帝国に初めから従っていれば、こんなことにはならなかったんだ」
「やっぱり、僕が目当てなんだね」
レイトは絶対零度に少しだけ悲しみを混ぜて、男を見下し続けていた。
「無敗の剣帝が目的だったんじゃないの?」
「ええ、だからレイトなんです」
「えっ?」
「ああ。そういえば言ってなかったね。僕が無敗の剣帝、この国唯一の勇者にして四人目のオーバーランク所持者だ」
アイリスが一人驚いているのを放っておいて、男は話を切り出した。
「お前が要求を呑まなければ、いつまでもこんな仕打ちが続く。どうだ、意固地にならずに力を貸さないか?」
「何度も言ってるだろ。僕は魔族と戦うつもりはない」
「だろうな。予想通りだ。だから死ね!」
いつの間にかナイフを取り出した男が、レイトの首元へ目掛け飛びこむ。
「――もう、いいよな」
ボトリと音がした。
ノエルが、ナイフを持っていた男を腕ごと弾き飛ばした音だった。
そう出てくると分かっていたレイトは、まばたき一つしていなかった。
ノエルの我慢が限界を迎えていると知っていた彼は、目が笑っていない笑顔で答えた。
「いいよ。もう用はないから」
レイトは、男の行く末にはもう興味をなくしていた。
「待て! 話し合おうじゃないか!」
男はせり上げるうめき声を飲み込みながら、叫ぶようにノエルに制止を求めた。
「却下だ」
うるさい男の喉は引き裂かれた。逃げようとした首は重力に従って地に落ちた。
「帰ろうか」
レイトはアイリスを縛っていた鎖を一閃で破壊し、穏やかな声で告げた。
「……ええ」
アイリスは何か言いたげにしながらもレイトの手をとり、レイトの転移でその場を後にした。




