誘拐
「無敗の剣帝様、どうか我が国の手をとっていただけませんか?」
「何度も言っているとおり、お断りします」
僕は人目で高級だと分かるソファーに座り、同じく高級なテーブルに視線を落としながら言った。
ここは王城の応接室。目の前に座る脂ぎったおなかを揺らしながら動揺をあらわにしている男は、打倒魔王のスローガンを掲げて、勇者を募っているヤマト帝国の使者だ。
他国からの使者でなかったら、わざわざこんなにいいお部屋を借りようとは思わない。
「しかし、あなたほどのお方なら、すぐによき指導者となれますぞ」
「あいにくと権力に興味はありませんから」
「そういえば、麗しき我が国の王女があなたに思いを寄せておりましてね」
「確か、この国にいたもう一人の勇者にも、まったく同じことを言ってましたよね」
男の饒舌な口が、言葉に詰まった。
何度来ても僕の気持ちは変わらないのに、どうしてこうも無駄な説得が出来るのだろう。
僕は呆れながら、きっとたっぷりと蓄えた脂肪で気付かないだろうが、冷めた視線を男に浴びせる。
「……なぜ。あなたほどの勇者様が、どうして手を貸してくれないんですか!? こうしている間にも、世界中の人間が魔族の脅威に涙を流しているのですよ!」
今度はその手で来たか。
僕は胸中で吐き捨てるように呟いた。
「僕も個人で交戦経験があるから知ってますが、だからどうしたんですか?」
「なっ!? 勇者ともあろうお方が、民を見捨てるというのですか!」
「そちらにも勇者がいるでしょう。わざわざ僕が出向く必要がない」
「それで、あなたの心は痛まないのですか!」
男が立ち上がり、唾液を飛ばしながら怒鳴る。
危なかった。魔法がなかったら、ショックで気絶するところだった。
「痛まないわけではないですよ。ただ、向こうも同じことを思ってるでしょうけどね」
僕は男に怯むことなく、むしろ座るよう重圧で抑え込みながら言葉を重ねる。
「そもそも、魔族がこちらに攻撃を仕掛けてくる理由を考えたことがありますか? ないでしょうね。ふんぞり返るだけが仕事のあなたには」
阿呆でも分かる挑発に食いつこうとした男を、殺気を放って縛り上げる。
「一度だけ、彼らに直接聞いてみたんですよ。そしたら、魔族側も怨恨が原因だと言ってました」
「そんなこと……!」
「詭弁にすぎない、と? 少なくとも、僕が剣をとらない理由にはなりましたけどね」
ダラダラと汚い汗を流す男をよそに、僕は冷笑を浮かべた。
実を言うと、今言ったことは全部ウソ、方便だ。
僕が知っている魔族はただ一人、魔王カレンのみだ。
彼女以外を知らないから魔族の戦う本当の理由も分からないし、特に興味があるわけでもない。
僕が戦わない本当の理由は、シオンとカレンにはどうやったって勝てないと分かっているからだ。
ただ、僕が考えている見解には違いない。
その考えは、魔族根絶を謳うヤマト帝国には邪魔となる。
望まぬ解釈が生まれ広まれば、勇み足が止まるかもしれないからだ。
そして、最強の勇者なんて不名誉な称号を持つ僕が言えば、ウソも真となる。
勇者の影響力をその身をもって味わっているであろう男を黙らせるには、充分すぎる言葉と思想だった。
「分かりました。今回のところは諦めます」
僕の意思は簡単に曲がらない。
そう判断した男は、あっさりと引いた。
「あなたはいずれかならず、我が国に手を貸さざるをえないことになる」
最後に、そんな不吉な言葉を残して。
「そうか。それなら、警戒しないとな」
僕の話を聞き終えたノエルは、うんうんと何度も頷いた。
「助かるよ。必ず僕以外に手を出してくるだろうからさ」
ノエルがいる部屋に入りながら、僕は一息つく。
王宮でのありがたい勧誘のお話をしてきた僕は、自室に帰ってきていた。
ノエルが部屋にいるのは、たまたま玄関の前で会ったからだ。どうやら料理のおすそ分けに来てくれたみたいだったので、お茶をごちそうがてら話を聞いてもらっていた。
彼女は学生の中でもトップクラスの実力者だ。協力してもらえるなら、それにこしたことはない。
「やはり、人質でレイトを脅すつもりなのか?」
「僕は最強と呼ばれる勇者だからね。暴力で捩じ伏せられるというのなら、こっちから頼みたいくらいだよ」
笑いながら、僕は答える。
実際、僕を倒せるような人物となると、かなり絞られてくる。
魔王であるカレンと一騎打ちしても、勝てはしないだろうが負けもしないのだから。
僕を屈服させようとするのなら、シオンぐらいの化物でなければならない。
「……」
ノエルも僕と同じ結論に至ったのか、少し苦い顔をしながら黙り込んでしまった。
気まずい沈黙が流れる。
魔神を倒して帰ってきたシオンは、僕達と敵対関係にあるカレンの元にいったのだ。
僕達の手助けしてくれた、あのシオンはもうどこにもいない。
「そういえばさ」
どんどん重くなる空気に耐えきれなくなった僕は、とっさに話題を変えた。
「今日、アイリスはどうしたんだい? いつも一緒にいるのに」
ノエルも僕の考えに気付いたようで、話題に食いついてきた。
「お嬢様なら、今日は買い物に行くとおっしゃっていたぞ」
ノエルはどこか誇らしげだった。
きっと、アイリスの予定を自分しか知らないことが、優越感に繋がったのだろう。
アイリスが絡んだ時だけ、ノエルは子供っぽくなるな。
僕はつい苦笑してしまった。
「レイト!」
安穏が壊れるのは、いつだって突然だった。
「あれ? どうして、ノエルがここに……? じゃなかった。おい大変だぞ!」
息を整えながら僕の肩を掴んできたこの男子生徒は、僕とノエル、それにアイリスのクラスメイトだ。
切羽詰まった様子から、不吉な予感がする。
「アイリスが、誰かに連れて行かれたらしい!」
その言葉に衝撃を受けた僕は、まずノエルを抑え込んだ。
「何をするんだ。離せ!!」
「彼に当たっても意味ないだろ!」
手負いの獣のような危険を孕んだ目が、男子生徒に注がれていた。
僕が止めなければ、彼女は迷わずにこの男子生徒を殺めていた。だから止めた。
「説明を、頼めるかな?」
ノエルの気迫に青くなりながらも、男子生徒はここに来るまでに集めてきただろう情報をすべて教えてくれた。
かなり情報を集めて来てくれたのだが要点が掴めていなかったので、話を聞いていた僕がまとめると、アイリスは白昼堂々誘拐されたらしい。
目撃情報は多数あるものの、犯人が男ということしか分かっておらず、容姿などの情報は皆無なんだそうだ。
「
相手がその道のプロなのは、疑いようもなかった。
「ほら、行くよ」
話を聞いている間、穴の空いた風船のように元気をなくしていったノエルに、僕は手を差し伸べた。
「アイリスを拐ったのは、ヤマト帝国とみて間違いない」
ノエルは顔を上げたが、僕は構わず話し続ける。
「でも、ヤマト帝国にも連れていかれてはいない。公になれば、待っているのは戦争だから」
戦力を少しでもかき集めたいヤマト帝国は、全力で避けたい、最悪とも呼べる結末のはずだ。
それに、向こうは誘拐した相手を、無敗の剣帝と仲がいい貴族の娘程度にしか考えていないだろうが、彼らが手を出したのはアイリス=グラシス。
絶対の破壊者と無敵の嵐姫を親に持ち、世界で一番慎重な対応を要求される少女なのだ。
あの二人がこの事件に気付いた時、それはすなわちヤマト帝国の滅亡を意味している。
最厄の事態であるそんな結末を、勇者の端くれである僕は許容できない。
「ヤマト帝国の狙いは僕にあるだろうから、残念なことに僕一人だと手に余ってしまう」
具体的にいえば、監視と妨害の山が待ち受けているはずだ。
面倒なそれら障害物を切り抜けて、アイリスを探し出す自信はある。ただ、問題は対処に時間を割かざるをえないということだ。
世界最強の夫婦に気付かれてはならないという時間制限がある以上、ムダな手間は避けなければならない。
「だから、僕に力を貸してくれないか?」
僕はノエルに再度手を差し伸べる。
彼女の助けがあるのとないのでは、天と地ほどの差がある。
この手をとってもらえないのなら、僕は勇者ではいられなくなるのだから。
ノエルは、僕の手を数秒見つめる。
――そして。
「ああ、分かった」
僕の手をがっしりと、力強く握りしめた。
「――イタタ、イタイイタイ!」
「す、すまん。大丈夫か?」
最後の最後まで格好のつかない僕だった。




