宣言
「はぁ」
僕ことレイトはため息をついていた。
シオンがいなくなってから半年、僕の居場所は劇的に変化した。
まず、僕たちは進級して二年生になった。
生徒会長にも就任し、今までよりも仕事は増えた。
もう一つ、僕はこの国唯一の勇者として、様々な仕事に奔走している。
「お疲れ様です、レイト君」
部屋に戻ってきた僕を迎えてくれたのは、アイリスの声だった。
キッチンの方から、トントントンと包丁が軽快なリズムを刻んでいるようだし、きっとノエルもいるんだろう。
あの日から、彼女たちは僕の部屋によく遊びに来るようになっていた。
(それでも、僕が変えたわけじゃないんだけどね)
アイリスは、シオンがいなくなってからの一ヶ月、まともに食事もとらなかった。
ノエルも、アイリスに対する心配と腕によりをかけた料理を残されたショックで、発狂寸前まで追い込まれた。
「うん、ありがとう」
そんなある日、アイリスは復活した。
彼女の中で気持ちの整理が出来たんだと、僕は考えている。
「どうしたんですか? なんだか、いつも以上に疲れているみたいですけど」
もう、シオンはいない。
でも、彼があの時のアイリスに笑ってくれるとは思えない。
だからこそ、彼女は再び前を向いて進もうと決意したんだろう。
シオンはいつの間にか、それだけ彼女の心の中枢にいたのかと思うと、少し悔しく感じる。
「またヤマト帝国から誘いがあってさ」
ヤマト帝国は魔族との戦争推進派たちの中で、一番の勢力を誇る国家だ。
なんでも、来るべき決戦のためと謳って、各国の勇者を集めているからだ。
僕も勇者の一人として、召集を受けている。
強制じゃないし、カレンと戦いたくないから、断り続けているけどね。
「あの国か、あれはしつこいからな。同情する」
ノエルが湯気の立ち上る料理を手に、軽く苦笑する。
彼女も過去にヤマト帝国から勧誘を受けていたようで、あの国の強情さを知っているんだろう。
当時の彼女は、アイリスから離れたくないの一点張りで拒否していたようだけどね。
「でも、似非勇者はあの国に行ったのよね?」
料理を運ぶ作業を手伝いながら、アイリスは首を傾げる。
彼女の言う通り、リョウだったかな? この国でもう一人の勇者は、こちらを捨て、ヤマト帝国に行った。
「アイツは嫌いなんだよね。もちろん、それだけが行かない理由じゃないんだけどさ」
僕はアイツが嫌いだ。
なんの覚悟も持たない癖に、綺麗事しか言わないアイツと分かり合える気がしない。
勇者なんてただの称号を、まるで聖人のように讃える彼の考えには吐き気を催すよ。
ノエルも僕と同意見なのか、何度も頷いていた。
「そうか、リョウはヤマト帝国に行ったのか」
唐突に、僕たち三人のものではない声がした。
その声を僕は、二度と聞けないと思っていた。
「よ、みんな、久しぶり」
ノエルとアイリスは、信じられないものを見たような表情になっていた。
きっと、鏡に映る僕の顔も似たようなものになっていただろう。
「元気だったか?」
僕はゆっくりと振り返る。
そこには、彼の魔武器である闇衣を纏っており、心なしか以前よりも少し大人びていた。
「「シオン!」」
僕とノエルの声が重なった。
「今まで、今まで何処で何してたんだ!」
ノエルはシオンに掴みかかった。
「お嬢様が心配していたんだぞ!」
止めようとした僕を、シオンは目で制する。
彼に、抵抗する素振りはなかった。
「ああ、悪い」
そして、口を開く。
「魔神の後始末が忙しくてな、昨日終わったばっかりなんだ」
僕はある言葉が引っ掛かった。
「昨日まで? なら、もっと早く帰ってこれたはずだろう」
ノエルも同じ部分が気になったようだ。
訝しげな視線を彼に叩き付けている。
「昨日か、昨日な」
シオンはどこか言いにくそうだった。
その時は、シオンが戻ってきた事に頭がいっぱいで、彼女の様子を確認していなかった。
よくよく考えてみれば、帰還を一番喜ぶであろう彼女は、さっきから一言も喋っていなかったのに。
「昨日は、カレンに会ってた」
その言葉を最後まで待たずに、アイリスは部屋を飛び出した。
「お嬢様!?」
アイリスを追い、ノエルも部屋から出ていく。
「……どういう事か、説明してくれるよね?」
僕も追いかけたかったけど、なんとかこらえた。
まだ彼の話は終わってないからだ。
「ああ、お前には全てを話そうと思ってる」
辛そうに顔を歪めながら、シオンは話を始めた。
「大丈夫ですか? お嬢様」
ノエルはアイリスの部屋にいた。
彼女の主が、自分の部屋に戻っていたからだ。
「お嬢様は、止めてって言ってるでしょ」
アイリスはベッドの上で、うつ伏せになっていた。
声はくぐもってはいたが、それ以外の変化はないように、ノエルには聞こえた。
「アイリス、一体何があったんだ?」
だからこそ、彼女は心配になった。
なんで、アイリスは逃げ出したのか。
それに、シオンが絡んでいる事は明白だった。
「……負けたの」
ポツリ。
「私は選ばれなかった! 覚えてる? 魔神と戦った時のこと」
アイリスの言葉に、ノエルは頷いた。
覚えていないわけがなかった。
かつてない強敵を、迫り来ていた死を、忘れられるはずがなかった。
「あの時、シオンはカレンと来た! 私たちでは無理だったのに、彼女は成し遂げた!!」
アイリスは止まらない。
「その後も! その後も、彼女がいないとみんな死んでた!! そして――」
彼女の喉を食事を通らなかったのは、理由がある。
レイトたちが考えていたように、シオンが生死不明になったからでもあるが、それけじゃない。
同時に、失恋を味わっていたからだった。
「そして、私は負けたの!!! 魔王、カレンに」
初恋が実らなかった少女の頬を、一滴の光が伝った。
それは証。
自分がなりたかった、でもなれなかったものに対する、悲しみと喜び、彼女自身が一歩踏み出したその軌跡。
「そう、ですか」
主の本音を一身に受け、ノエルは急変した。
「それは、大変でしたね。ハァハァ」
具体的に言うと、彼女の頬は赤みを増し、漏れ出る吐息は艶やかに、頻度が増加していた。
「私で良ければ、気が済むまで相手させていただきますよ? ハァハァ」
「ノ、ノエル?」
つまり、ノエルは興奮していたのだ。
アイリスの涙目は、ノエルの理性を崩壊させてしまうぐらいに、強力すぎた。
「えっと、だ、大丈夫?」
「ハァ、ハァ」
アイリスが控え目に尋ねるも、本能のままに動くノエルには届かない。
「お嬢様」
アイリスの貞操の危機は、すぐそこまで迫っていた。
「お嬢様ァアアァァア!!」
「キャアアァァア!!」
ノエルは、ルパンダイブでアイリスに飛びかかる。
アイリスは、咄嗟に目を閉じた。
ゴチンッ、と鈍い音がした。
音がしたにも関わらず、自身に何もない事に不審に思ったアイリスは、ゆっくりとまぶたを上げる。
「イッタ〜!」
まず視界に映ったのは、赤。
「何これ、ノエル?」
否、赤く見えていたのは、真紅に染まった髪だった。
「……もしかして、邪魔だった?」
アイリスの知る限り、赤い髪の人物は一人しか知らない。
「なんで、カレンがここに……?」
「久しぶり、アイリス」
それは、アイリスとの勝負に勝ち、シオンに選ばれたはずの少女、カレンだった。
「なんでって、アイリスと話がしたかったからだよ」
カレンは魔王として、今や人間の敵となった魔族の頂点に立っている。
それでも、彼女は以前と変わらぬ、陽気な笑顔だった。
「あの時起こった事は、これで全部だ」
シオンは僕の淹れた紅茶を飲んで、一息つく。
僕を蚊帳の外に、シオン達はそこまで進んでいたなんて知らなかった。
「ありがとう、シオン。わざわざ話に来てくれて」
お礼を言われるとは思っていなかったのか、シオンは驚いていた。
「別にいいさ、礼を言われるほどでもない。それよりも、いいのか?」
「シオン、君がいなかったら、僕はずっと分からなかったんだよ? それだけでも分、礼には値すると思うけどね」
今の言葉は僕の本心だ。
シオンにとって必要ないにも関わらず、僕のために時間を割いてくれた彼に、感謝念もある。
「ありがとうな、レイト」
「それこそ、礼を言われるほどじゃないよ、シオン」
シオンはきっと、僕に責められると思っていたのだろう。
確かに話の途中で、何度か彼を非難しようとはしたけど、その説明をする時のシオの表情を見て、何も言わなかったんだ。
いや、正確にいうなら、何も言えなかった。
「……実はな、話はそれだけじゃないんだ。いや、こっちが本題かもな」
二人でしばし笑いあっていると、そう言ってシオンは切り出した。
なんでだろう? 僕はここから先の話を聞いてはいけない気がする。
聞いてしまえば、僕とシオンの道が二度と交わらないような、親友を失うような、んな予感がするんだ。
そして、僕の直感は正しかった。
「俺は、魔族側につこうと思う。理由は分かるよな?」
それだけを残し、シオンは忽然と消えた。
自分の役目を終了した彼は、得意としていた転移を使ったようだ。
「……そんな、君と戦えと言うのかい?」
残された僕は、ポツリと呟いた。
信じられなかった。
シオンは今、僕の、ひいては人間という種族全体の、敵になると宣言したのだ。
勇者として最前線に出陣する僕に伝えたのは、親友としての最後の情けだろう。
でも、同時に納得していた。
シオンがその行動に出た理由は、間違いなくカレンのためだ。
「僕は、君を殺せるのかな?」
僕は一人残された部屋で、ただ自問自答を繰り返す。
戦場で彼を殺せるか、彼は僕達の誰かを殺すのか。
答えは、出そうになかった。




