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狩猟

「早く来い!」

路地裏に、男の怒声が響く。

「…………」

男が怒鳴っていたのは、まだ年端もいかない少女。

彼女には、鎖の繋がれた首輪があった。

「まったく、いらん手間を増やしやがって」

鎖を握っているのは、さっき怒鳴り声を上げた男の手。

少女は奴隷だ。

正確には、少女はこれから競りに出される、商品の一つだ。

「お前が奴隷になるのは決定事項なんだ。今更ムダな抵抗をしてくれるな」

少女の体にはたくさんの傷が付いていた。

彼女なりに運命に抗い、その結果だった。

「最近は変な噂を聞くんだ。こんなところで時間をとられてたまるか」

「変な噂って、どんなのだ?」

「そりゃあ勿論、黒夜叉の事に決まって――!?」

男をある疑問が襲った。

鎖を強く引っ張る彼の独り言が、気がつけば会話として成立していたからだ。

それは、知らない男の声だった。

「どうも、こんばんは。黒夜叉です☆」

俺は気持ち悪いテンションで、男に自己紹介する。

信じられない。

そう言いたそうに、男の表情は歪む。

「恨みはないが、俺のために死んでくれ」

俺は笑顔のまま、死刑宣告した。

「ヒィギ」

そこからは早かった。

俺の言葉を聞いた瞬間、男は背を向けて逃げ出そうとし、銀がそれを阻むべく、男の頭を貫く。

時間にすれば一秒足らず、それだけあれば俺には十分だった。

「さてと、大丈夫か? アンタ」

俺は人間だったモノに見向きもせず、鎖に繋がれた少女に問いかける。

「……あ、あなたは……?」

「聞いてなかったか? 黒夜叉だ」

まだ何が起こったのか理解出来ていない少女に、親切な俺はもう一度名乗る。

「いや、そうじゃなくて」

「あん?」

「なんで私を、助けたんですか?」

うん? うん。

少女の言った言葉の意味が、俺には一瞬分からなかった。

「なんで、か。なんでだと思う?」

俺は何かしらの考えを持っていそうな笑みを浮かべてみる。

本当は『彼女』を助ける事自体に意味はないんだけどな。

「え、うーん」

少女は腕を組んで、考え始めた。

「言っといてなんだけど、時間がないんだ」

えっ? と首を傾げる少女。

「取り合えずさ、君が行く予定だった場所に案内してくんない?」

少女の表情が再度凍りつく。

ダメだこれ。完全に誤解していやがる。

俺たちがその場を後にしたのは、それから10分後の出来事だった。



「さあ、今宵もこの時間がやってきました!」

会場を、マイクの音と歓声が支配する。

「何度来ても慣れねぇな。胸くそわりい」

「これより、奴隷競売オークションを開始します!!」

「これから、どうするつもりなんですか?」

俺は、いや俺たちか。

俺たちは今、奴隷市会場のど真ん中にいた。

理由はもちろん、この場にいる全てのニンゲンを狩り尽くすためだ。

「お前こそどうすんだ? ここは危ねぇ、避難した方が無難だと思うぜ?」

俺は隣に立っている少女に忠告する。

少女は、先ほどまでの布切れ同然の服ではなく、闇衣と似たデザインのローブで全を隠していた。

言うまでもなく、俺があげた衣装だ。

あのままの服装だと、何かと面倒事が増えると判断したからだった。

「そんな事言われても、私魔族ですよ? 行く宛なんて最初からありません」

よく言うぜ、俺の仕事をもっと見学したいだけのくせしてな。

少女の発言が、俺に頭を抱えさせる。

どうせ、俺を救世主か何かだと考えているんだろう。

俺はただの人殺しなんだけどな。

きっと、説明しても理解されないんだろうなぁ。

「ま、いっか。邪魔だけはしないでくれよ」

「はい!」

俺の気持ちを知らない少女は、元気に返事した。

「それでは! 本日の商品をご紹介しましょう!」

「そんじゃ、始めますか」

まずは、さっきから耳障りな声を消そうかなっと。

俺は腕を振りかぶり、投げた。

「ガペッ!?」

奇声をあげながら倒れる司会者。その横に俺は立つ。

「ハッジメマシテ、皆サン。早速だが、死ね」

最初は陽気に、最後は冷酷に俺は告げ、状況が飲み込めていない連中へ、挨拶代わに斬撃をお見舞いする。

ゴロンと転がり落ちる肉塊。

叫ぶ観客。

タノシイタノシイ奴隷市があら不思議、恐怖と憎悪が渦巻く殺戮現場に早変わり。

「逃げないでくれよ。殺す手間が増えるだろ」

我先に俺から距離を取ろうとするニンゲン達の中心に降り立ち、俺は銀色に光を反射する刀を振り回す。

もう何度も味わい、慣れてきた感覚が俺の手を伝う。

ただひたすら、相手の命を奪う。最近の俺はそればかりしていた。

「オラオラ、どうしたァ!」

化け物を見るような目、恐怖に歪んだ顔、それらを等しく斬り裂いて、俺は笑う。

ただ、ワラウ。

「仕事終わりっと」

最後の標的を斬り捨てた俺は、溜まったものを吐き出したくて、一息つく。

凄惨な光景だった。

視界を染めるは赤。どこを見渡しても、赤がない場所は見当たらなかった。

「どうだった? 黒夜叉を間近で見て」

「うぇっ!? 凄いと思いました」

少女は言葉を詰まらせながら、そう答える。

無理もない。初めて見ただろうからな、この地獄のような光景。

「あっそ。じゃあごみの中から金を集めといて」

さぞかし、俺に幻滅してくれたことだろう。してくれないと困るわけだが。

「わかりました」

少女はどこかぎこちなく答えた。

その後、俺は捕えられていた奴隷たちを解放した。

何度めかも分からない業務をまっとうした俺は、帰路につくとは言えないかもしれないが、転移で自室に帰還し、死体のように眠りこけた。



「大丈夫?」

翌朝、カレンと一緒に食卓を囲んでいると、彼女は開口一番そう言った。

「特に体の不調はないな。どうして、急にそんなこと聞くんだ?」

「本当? シオン、凄く顔色悪いよ」

皿に盛られた料理から視線を上げると、不安そうにこちらを見ているカレンと目があった。

「本当だよ。カレンは俺がウソつくと思ってんのか?」

「うん」

「即答かよ。さすがに傷付くぜ」

俺は苦笑いを浮かべながら、料理を口に運ぶ。

仕事が最近忙しいのはあるが、心配されるほどでもない。

「だって、シオンは自分のこと、ましてやボクとか他人を巻き込むようなことは教えてくれないじゃん」

「…………」

「ほらやっぱり」

ぐうの音も出ないとはこんな感じなんだろうな。

カレンのセリフは、俺も自覚している内容を正確に言い当てていた。

「今回はそれほど重大でもないから、気にすんなって。お前こそ最近どうなんだ?」

まだ不満そうにしているカレンに、俺は話を変えるべく逆に問い掛ける。

「ボクの方は問題ないよ。仕事自体は順調だしね」

「そうか。なら安心だな」

カレンの仕事は、俺の何倍も単純だ。

すなわち、人間との全面戦争を回避すること。それが魔王としての彼女の職務だ。

俺が言うのも変かもしれないが、カレンはよく働いていた。

日に日に活発化していく過激派の連中を、彼女は四天王の力を借りているとはいえ、今まで抑え込んできたのだから。

「カレン様、ここにいらしたんですね。急ぎの書類が届いてるとかで、フォイドが探してましたよ」

「えっ!? もう少し、シオンと話がしたいんだけど……」

「ダメです。いつも言ってるでしょう。カレン様はもう少し魔王としての自覚をですね――」

「分かった。すぐにフォイドのところに行ってくるね!」

ジンさんの説教から逃げるように、カレンは食器を片づけ、風のような速さで部屋から出て行った。

「まったく、アナタも気を付けてくださいね」

「ハンッ、俺が一体何に気を付けろってんだ? アンタに、か?」

俺は大人げなくも不機嫌に、そう挑発した。

「フフッ、アナタが私に勝てるわけがないでしょう。そんな簡単な実力差も計れないんですか?」

ジンさんも不敵に笑い返してきた。

でもまあ確かに、人間の状態でならこの人に勝つのは少々難しいかもしれない。

昔は魔王候補筆頭だったらしい。その実力は、まだ若いカレンよりは若干衰えているが、その差を埋められるほどの経験が、ジンさんにはあった。

俺が神としての実力を十分の一出してしまえば、圧勝出来るんだけどな。

「さあ、どうだろうかな。そんで、わざわざカレンとの時間を邪魔しといて、用件はなんだ?」

「話が早くて助かりますよ」

ジンさんはさっき、カレンを探していると言っていたが、この人が探していたのは俺のほうだろう。

なにせ、俺が奴隷商人ばかり襲っているのは、この人の指示なんだから。

「どうですか? 最近の状況は」

「奴隷の需要は相変わらずだ。俺一人じゃ奴らの常識は壊せないらしい。でも最近、魔族の奴隷は減少傾向にあると思うぜ。あんまり見かけなくなってきたからな。だからそろそろ、既に買われた奴隷たちの解放にも動こうと予定しているよ。多分、もう人間の領地には魔族はいないんじゃないか? 潜伏しているだけかもしれないけどさ。」

俺は状況の説明とこれからの予定を、ジンさんに報告する。

「そうですか。ならば、そうしてください。ただ――」

「分かってるよ。魔族の仕業だとバレないようにやるさ」

「ならいいです。それじゃ、頑張ってくださいね」

どの口が言ってやがる。どうせ、俺に失敗してほしいと思ってる癖に。

俺はゆったりと部屋を出ていくジンさんの背中に、中指を立ててせめてもの気晴らしをした。

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