帰還
シオンがいなくなってから半年。
世界は変化し始めていた。
具体的に言うなら、人間と魔族の関係がゆっくりと、しかし確実にこじれつつあるのだ。
人間側は二度に渡る進攻を、魔族による侵略行為と判断し、
魔族側はごく一部と言えど、消息を絶った同胞達が人間に討たれていた事実が判明したからだ。
全ての原因は、魔神による自分勝手なワガママだったのだが、神などというあやふやな存在を民衆の怒りの捌け口には足りなかったのだ。
そんな中、日に日に過激化する魔族達を魔王である少女は一人で抑え込んでいた。
隣にチートの姿はない。
部屋にため息がこぼれる。
この部屋の主である赤髪の少女は、ここを執務室として使っていた。
そして、シオンとカレンが初めて会った部屋でもあった。
シオンがいなくなってから、カレンは一人、別行動をとっている。
レイト達を学園に残し、魔王である彼女が戦争を回避できるよう魔族達の舵をとるためだ。
この案は、他でもないカレンが考えたものだった。
そのほうが戦争を防ぐには効率がよかったし、何よりシオンとの思い出が詰まったあの場所にいる事がカレンには辛かったからだ。
「カレン、書類を持ってきたぞ」
ノックがされ、鉄壁の筋肉ダルマことドギーが大量の書類を部屋に持ち込んだ。
「いやー、最近はとくに忙しいな。トカゲの手も借りたいくらいだ」
「私は働いているわよ?」
声に驚いたドギーが後ろに振りかえると、ジト目のトカゲと目があった。
彼女はエリート・トカゲ・ウーマンの愛称を持ち、部下達にも慕われている四天王の一人、リザだ。
「お、驚かすなよ。相変わらず影が薄いな」
「あら、私程度の気配にも気付けないほど疲れているなら、四天王を辞めたほうがいいと思うわよ」
「・・・あ?」
「何?」
二人は表情こそ笑顔だが、内心は真逆だった。
もともと二人はあまり仲がよくない。
二人ともカレンを妹だと思っているので、妹の中で一番頼りになる兄(姉)を目指しているため、最大のライバルとして相手を見ているからだ。
「ハァ」
二人を渦巻く空気が不穏な雰囲気を纏いつつある中、カレンはもう一度ため息をついた。
「お前、ちゃんと寝ているのか?」
カレンはシオンがいなくなってから、ずっとこの調子だ。
二人ともカレンの様子が変わっていることには気付いている。
幼少の頃から、カレンの面倒を見てきた二人だからこそ、変化したことが分かっていた。
逆に言えば、それほどの仲でなければ分からないほどに、彼女は隠し通していた。
「う~ん? ちゃんと寝てるよ」
「それは、何分の話よ」
ドギーたちが部屋に入ってから、初めて自ら口を開いたが、リザに即座に言い返された。
「え? 一時間半ぐらい、かな?」
カレンの発言に、二人は同時にため息をついた。
「それ、寝てるとは言わないな」
「ちゃんと寝なさいよ」
二人はさながら親のように、彼女へ意見し始めた。
「二人は、さあ」
カレンは二人の意見を無視して、小さく、
「戦争したいの?」
呟いた。
話を聞いていない事に、さらなる小言を用意していた二人も、その話の内容に考えを切り替える。
「カレンはどうなんだ?」
まず口を開いたのは、ドギーだ。
「ボクにはないよ。でも……」
「みんなが望むから、か?」
続けてリザも、カレンの本心を汲み取ろうとしていた。
「うん、二人も望んでいるのかと思って」
カレンは普段の仕事の際には、絶対見せないようなしおらしい顔をしていた。
「なんて顔をしているのよ」
「少なくとも、俺たち四天王の中には、戦争に賛成するやつはいないはずだぞ」
二人は同時にため息をついた。
二人ともう一人、ジンはカレンが魔王に就任する前から四天王を勤めていた。
何百年も前は、魔族にも複数の国があった。
しかし現在、魔族を統べる王はカレン一人しかいない。
何百年もの間、血で血を洗う戦争が続き、カレンの父親が国を統一したからだ。
当時からカレンの一族に仕えていたドギー達は戦争を知っている。
フォイドだけは、魔王が入れ替わるのと同時期に四天王の一人に上り詰めたため、彼とカレンだけは戦争を知らない。
「そうだよね、それを聞いて安心したよ」
カレンは笑顔を浮かべた。
しかし、見る人が見ればわかるだろう。
彼女が、明らかに無理をしていることが。
「ほら二人とも、今は忙しいんだから、ちゃんと働いてよね」
カレンは追い払うように、話を変える。
幼少の時期から世話をされていた二人に、ごまかしが効かないことは分かっているからだ。
「ああ、私が来たのは報告があるからなの。脳筋のせいで忘れるところだったわ」
カレンは書類に向けていた目をリザへと移す。
「城下町でまた人間の姿が確認されたってさ」
最近、カレンの家でもある魔王城の城下町で、人間の姿が確認されていた。
もともと、魔界でも有数の都市である城下町に人間が迷い込むことは珍しくない。
しかし、冷戦状態である現在、魔界全土が警戒体制を敷いていた。
「そう、そろそろ、警備を見直さないといけないね」
興味も薄げに、カレンは再び書類との格闘に精を出すのだった。
「う、うぅん」
「だから言ったではないですか」
魔王の執務室に備え付けられたベッドに、カレンは寝込んでいた。
その額には、冷やされたタオルが乗っている。
無理もない、彼女はシオンがいなくなってから半年間、ほとんど休みをとらなかったのだ。
むしろ、よくここまでもったほうである。
「仕事、しないと……」
ベッドから起き上がろうとするカレンを、ジンは優しく押さえつけた。
「寝て下さい。あなたは少し休むべきです」
ジンはため息をつきながら、あくまでも優しく彼女に布団をかぶせる。
「でも、仕事……」
「デモもテロもありません。シオン様が帰ってきたときに、体調管理ができてなかったら、笑われてしまいますよ」
カレンは考える。
仕事をしない事、体調管理ができていない事。シオンがどちらを好むかを。
「わかった」
考えた末、カレンは休息を選んだ。
仕事はいつでもできる、でもお前は取り返しがつかない。だから自分の体を大事にしろ。
そう彼が言っている気がした。
「そうだ」
二人は声のした方向に、バッと振り向いた。
なぜなら二人ともが、聞き覚えのある声だからだ。
二人の視線の先には、黒い穴が開いていた。
ジンに心当たりがなかったが、カレンはこれがなんなのか知っている。
空間と空間を行き来するとき、彼女もこの黒い穴を通っていた。
「俺は、自分を大切にしないやつは嫌いだな」
黒い穴から、再び声がした。
その声に、人は聞き間違いではなかったと安堵し、カレンに至っては涙ぐんでい。
「だから、その選択は正しいぞ」
黒い穴から、手が、足が、そして黒衣を身にまとった男が現れる。
それはみんなにとっての主人公。
「ただいま、カレン」
その男――いや、シオンはいつもの笑みを浮かべていた。
カレンは、いろいろと言いたい事があるのだろう。口を何度か開閉させて、
「おかえり、シオン」
満面の笑顔で、そう答えた。




