じゃあな
「ゼェェヤァアァ!!!」
僕の渾身の一撃は、魔神がひらりと飛び上がる事で避けられた。
「背中借りるぞ」
剣を振り切った僕の背中を踏み越え、ノエルが魔神へと追撃を試みる。
「甘いのじゃ」
魔神は嬉しそうな声とは裏腹に禍々しい黒さの大剣をノエルへ降り下ろす。
「甘いのはどっちだろうな」
ノエルは迫り来る大剣に笑顔を見せ、誰が見てもギリギリで受け止める。
勢いに負け、吹き飛ばされるノエルの後ろに隠れていたカレンとシヴァさんが、挟込むように無防備な魔神に一撃を浴びせた。
「クックック、思っていたより戦えるようだな」
吹き飛んだ魔神は、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
流石、神様を名乗るだけはある。
さっきから、死に物狂いでなんとか均衡を保っているけど、いくら攻撃を加えても無傷の魔神を見ていると、心が折れそうになってくるよ。
それでも、勇者である僕が諦める訳にはいかない。
シオンはきっと魔神を倒せる力を手に入れるだろうからね。
確証はないけど、直感がそう告げているんだ。
僕だけじゃない。
カレンもシヴァさんもノエルもアイリスも皆がシオンを信じていた。
次に彼が姿を見せた時、きっと戦況は覆される。
その事を、それだけを胸に、僕たちは圧倒的な強さを持つ魔神と対峙していた。
かつて、シオンは僕の事を主人公と呼んだ。
でも、僕は主人公じゃない。
僕の、僕たちの主人公はシオンなんだ。
「お前逹を支えているのは何なんだ?」
魔神は首を傾げていた。
彼女からすれば、不思議でしょうがないだろうね。
今まで格下相手に逆らわれた事が無かったと思うから。
「僕たちには、希望がいるからね」
僕は自然と笑顔を浮かべていた。
「また、か」
でも、魔神は対称的に顔を歪める。
「いつもいつもいつも、紫音と言う存在が全部奪う。ワシだって守れるのに、あのを救えるのに、ワシは紫音なんかよりも上手く物事を回せるのに!」
魔神の憎悪は、ただの人間である僕たちを震え上がらせるには、充分過ぎた。
同時に僕だけが魔神の気持ちを理解していた。
彼女は僕と似ている。
ただ一つ違うのは、シオンと言う名前の主人公を、彼女は認められなかっただけなだ。
「アイツさえいなければ!!!」
錯乱した魔神は、シオンの使う銀によく似た、黒く異質な力をばら蒔き始めた。
止めないと。
僕は咄嗟にそう思った。
「・・・え?」
後ろから吐息のような、微かな声が聞こえた。
嫌な予感と共に振り向くと、ルドラさんの治療を任せていたアイリスに力の一部がかっていた。
「―――や」
アイリスは僕の大切な人なんだ。
絶対に守り抜いて見せると決めたんだ。
だから、
「やめろォォオォオ!!!」
金色の閃光が、黒を消し飛ばした。
その光景は幻想的で、神々しく見えるが、見る人には感動ではなく恐怖を植え付け。
「バ、バカな」
魔神は信じられないモノを見せられたような顔をしていた。
「なんじゃ、あの密度は? ワシよりいや、あの紫音より上じゃと?」
魔神が驚愕から声を震わせているのは分かったが、その内容は、意識が遠ざかってく僕にはよく聞こえず、僕は意識を手放した。
「さすが、主人公」
ボクは今、生涯で一番驚いたかもしれない。
アイリスの危機を前に、遂に勇者が覚醒したんだ。
しかも、シオン以上の異常な密度の神力で、魔神の神力をかき消すと言う結果で。
レイトは気を失ったようだけど、彼が目を覚ませば魔神の撃破も現実味を増すね。
「さすが、主人公」
ボクはもう一度、同じ事を呟いた。
曲がりなりにも、シオンが認める主人公なだけはある。
今はっきりと、格の差を見せ付けられた気分だよ。
シオン以外には感じた事はなく、これからも感じる事はないと思ってたんだけど。
レイトに恐怖したのは、魔神も同じようで、未だに視界が定まっていない中、彼女はレイトに向けて歩き出していた。
「やらせないよ」
レイトと魔神の間に立つように、ボクは剣を構える。
せっかくの見える希望なんだ。守らないわけにはいかない。
「ノエル、レイトを任せても大丈夫かな?」
放心状態のノエルなら、レイトを叩き起こしてくれると思うからさ。
「分かった。何としてもレイトを起こそう。カレンは大丈夫なのか?」
愚問だね。
ノエルの質問に、ボクは笑顔で答えてあげよう。
「当然! 魔王様をなめないでよね」
魔界最強の生物として、創造主たるカミサマに刃向かってやろうじゃないか。
シオンならこういうときこそ笑うべき、とか言うんだろうな。
まあ、楽しくてさっきから笑顔から変えられないんだけどね。
「俺もやろう」
絶対の破壊者さんが、ボクの横に立つ。
「・・・ありがとう」
この人、よくわからないんだよね。
なんでただの人間のはずなのに、魔神との力の差を感じないんだろう。まあ、いっか。
「ジャマを、スルナァ!」
考える時間もないだろうし、戦闘に集中しないと。均衡は崩れたんだから。
迫りくる黒の奔流を、紙一重で避けてボクは神力を解放した。
「ガフッ」
ボクの口から血がこぼれ落ちる。
やっぱり神の名は伊達じゃなかったね。
いやー、まいったまいった。
「下等な存在がワシに喧嘩を売ったのじゃから、当然の結果じゃな」
冷めた目で魔神はボクを見下して、吐き捨てるように呟いていた。
さて、冗談は置いといて、どうしようか。
ゆっくりと近付いて来る魔神を尻目に、ボクは妙に落ち着いていた。
別に死ぬ事に恐怖はない。
今まで沢山の命を奪ったのだから、殺される覚悟はある。
ボクが足掻く理由は、守りたいからだ。
ボク自身の新しい居場所として、シオンの大事な人たちを死なせるわけにはいかな。
きっとシオンが傷付いてしまうから、
「負けたくないんだ!!!」
ボクは諦めない。
例えカミサマが相手でも、この気持ちは捨てない。
いつでも恋する乙女は最強なんだ。
「威勢だけはいいようじゃのう」
だから、神力で練り固められた黒い剣が振り落とされても、抗戦の意思だけは持ちけていけたんだ。
「言ってて恥ずかしくないのか?」
剣はボクに触れられなかった。
黒衣をはためかせ、横顔には不敵な笑みを張り付けていた。
「お待たせ」
ボクに顔だけ向けて、シオンは微笑んだ。
クソジジイと融合して、急いで魔神との戦場に戻ってみれば、カレンがピンチになっていた。
咄嗟に神力で強化した右手で、魔神の剣を掴んで止める。
「待たせたな」
よお、さっきぶりだな、魔神。
どうせ聞こえているんだろう? 返事しろよ。
「―――何故、お前がまた」
あ?
「お前、まさか聞こえないのか?」
普通なら神はおろか、神に使える天使ですら、人間程度なら思考を読めるらしい。
ジジイはもちろん、今は堕天した姉さんも出来るって言ってたんだよ。
最初は驚いたけど、今は分かる。
ジジイと融合した後の俺も生物の考えなら読めるからだ。
「な!? 何故、それを?」
図星だったのか、魔神は動揺を露にする。
やっぱりか。
「不思議に思っていたんだ。俺を狙う理由を、自分もただでは済まないであろうそやり方を」
新たな力を手に入れたからこそ、理解出来た真実。
俺のものではない記憶が教えてくれたからこそ、同情出来た過去。
「お前、神になりそこなったんだろ? 恐らく俺のせいで」
神力を扱えるだけでは、神にはなれない。
何かしら、世界の頂点に長期間、君臨する必要があるんだ。
魔神は、世界一の強さを持ち、神力も使えた。
でも、それでも、魔神は神としての力がない。
「お前が、それを言うなァァア!」
ある日、俺が魔神の世界に生まれたからだ。
知っての通り、当時の俺は魔神を打ち破り、神と言う称号を得た。
そして、魔神が神になろうとした理由である、姉さんの封印の解放を一部ではあるが、達成してしまった。
「ごめんな」
魔神の咆哮を一身に受け、俺は頭を下げる。
さぞ、悔しかっただろう。
さぞ、憎かっただろう。
さぞ、悲しかっただろう。
自分の存在意義を、夢を、目標を、全て奪った俺には、頭を下げる事しか出来ない。
俺ではなく、ジジイの仕業と言っても、それは言い訳にしかならない。
今の俺は、紫音でもあるから。
「――――――ッ!!!」
魔神は怒りを言語にせず、実力行使にうって出た。
「ごめんな」
襲いかかる黒の奔流は、途中で止まり、俺たちには掠りすらしなかった。
「俺だけなら、お前の気が済むまで無抵抗でいてやれるけど、みんなは巻き込めない」
止めたのは、言うまでもなく銀色。
俺の神力は更に力を増し、魔神程度の神力なら余裕で防げるようになっていた。
「・・・すごい」
俺の後ろからその光景を眺めていた誰かが、ポツリと呟いていた。
実際、魔神以外で俺と同じ事が出来る奴はいない。
俺はもう人間を辞めたんだ。
「もう、諦めろ」
お前じゃ俺には勝てないんだからよ。
「嫌じゃ、負けてない。まだワシは戦えるんじゃ」
神力が増え、徐々に俺たちへと近付いてくる。
「いーや、無理だ。お前では届かない。知ってんだろう?」
紫音の記憶では、魔神とは何度も手合わせしている。
「嫌じゃ嫌じゃ、お前はシオンであって紫音ではないのじゃ。だから、ワシでも倒るはずなのじゃ」
やっぱり、それが理由か。薄々、そんな気がしていたんだ。
だだをこねる魔神に、俺は無意識にため息をついた。
「またか、またそのため息か! いつもいつも、ワシが何かやる度に、呆れたようなため息をついて、そんなにワシのやる事はしょうもないか!?」
どうやら魔神は、とことん俺が気に入らないらしい。
・・・分かったよ。
「そこまで言うなら、思う存分俺と戦え。そして、決着をつけようじゃねーか」
お前は嫌だったろうが、俺いや違うな、紫音にとってサタンと言う幼女は、実の妹のように思っていたんだぜ。
せっかくの妹のワガママだ。付き合ってやるよ。
「ウゥウゥウウアァァアァ!!!」
先ほどとは比べ物にならない強さを以て、再度黒が押し寄せてくる。
「チッ!」
予想以上の力に俺は舌打ちをした。
サタンの神力は俺にはまだ届いていない。
だが、その威力に空間は耐えきれなかったようで、少しずつヒビが入っていっているのだ。
このままだと、カレンたちが空間の崩壊に巻き込まれて死んでしまう。
それだけは、阻止しないといけなかった。
「転移!」
だから俺は、みんなを飛ばした。
散々巻き込まれてきた俺が、誰かを巻き込む事のないように。
「待ってよ、シオン!!!」
カレンが俺を呼び止めようとしていたが、関係ない。
例え神と言えど、空間の崩壊に巻き込まれると、代償が必要になる。
死にはしないが、時を失ってしまうのだ。
空間だけだと、時間の概念は存在しない。
空間とは、その場にあるだけの器でしかないからだ。
その器に時という流れが加わって、初めて世界として成り立つ。
しかし、空間が壊れてしまえばどうだろうか。
器が無ければ、流れも生じない。
そんな場所に放り込まれて、元の時間、元の場所に帰る事は、絶望的な可能性しかない。
多分、もうみんなには会えないと思う。
「シオンは、シオンはどうするつもりなの!?」
「―――俺は、さ」
俺は神力を空間にも流し込んで、少しの間時間稼ぎを試みる。
「俺はこの世界に転生出来て良かったよ」
いろんな事があったよな。
「お前と初めて会った時、まさか使い魔召喚で着替えに遭遇するとは思ってなかったぜ」
「止めて、そんなこれが最期みたいに言わないでよ!!!」
カレンの声は、既に涙声になっていた。
後ろを振り返れば、涙で顔をグシャグシャにしたカレンの姿があるだろう。
「海にも行ったし、体育祭、文化祭も楽しかったよな」
でも、振り返らない。
俺の頬にも、同じモノが流れているとバレてしまうからだ。
「でも一番は、お前と会えた事だ。お前がいたから、俺は戦えた」
嗚咽しか聞こえないが、もう一つの気配がカレンに近付いていた。
「また会えるから、絶対に会いに戻るから」
もう一つの気配は、アイリスのモノだろう。
他はみんな、来た時の穴を通って出ていったのに、カレンが行かないから、心配したんだろうな。
「じゃあな」
カレンは、アイリスに連れられて、この空間を後にした。
「シオン!!!」
ボクが手を伸ばす中、空間に開いていた穴が音もなく消えた。
「なんで、なんでシオンを置いて行ったの!!?」
シオンと離れるなんて嫌だ。
パァン
乾いた音と一緒に、ボクの頬に痛みが走った。
「シオンは逃げろと言いました。シオンはまた会えると約束してくれました。なのになぜ、カレンはシオンを信じられないんですか!?」
ボクは叩かれたんだ、と理解するのに数秒の時間がかかった。
「だって、あの話し方は会えない人に対するモノだった! アイリスは途中から聞いていたから知らないんだ!」
レイト達はボク達の気迫に、言葉を挟めなかった。
「ええ、私ではよく分かりません。でも、シオンが嘘をつかない人だって知ってます」
荒ぶるボクと打って変わって、アイリスは静かだった。静かに、泣いていた。
「私だけではありません。彼と関わった人ならそう感じます。カレンは違うようですけど」
ボクが反論しようとすると、視界にレイトが入ってきた。
彼は確かに泣いていなかった。
心の底からシオンを信じているからこそ、レイトは悲しんでいなかった。
「そんな事ない。ボクだってシオンを信じている」
冗談じゃない。実際に仕えた、ボクの主様なんだよ?
ボク以上にシオンを信頼している生物はこの世界にいないはずなんだ。
「だったら、大丈夫ですね」
アイリスは、涙を拭いはせず、凛としていた。
「シオンを一番信用しているカレンなら、帰ってくるまで待てますよね?」
その姿はさながら、シオンと対峙する前の魔神のように、自信に満ち溢れていた。
そんな目で見ないでよ。
まるで、ボクが間違えているみたいじゃん。
「もちろん、ボクだって待てるよ!」
アイリスにのせられている気もするが、ボクの気持ちに変化はない。
穴が閉じた今の段階では、ボクたち側からは会いに行けないんだ。
だったら、シオンを信じて待つだけだ。
・・・待つしかないんだ。
その後、ボクたちはその場を離れ、アイリスの家で一晩過ごした。
シオンが帰ってくるとしたらこの場所だったし、ノエルやルドラさんの容態もあまりよくなかったからだ。
ルドラさんを無事救い出した事を祝って、パーティーを開き、楽しくしかしどこか物足りなさを感じた祝宴は、何日も続いた。
結局、シオンが帰って来る事はなかった。




