バカでも風邪はひきます
「びぇっくしょい」
文化祭と魔獣による襲撃があった翌日、俺は部屋で横になっていた。
学園は昨日の事でしばらく休みになり、カレンも情報収集のため魔王城に帰った。
オーバーランクのレイトや、ギルマスも昨日の事で会議をしている。
そんな皆が忙しくいろいろ考えている中、俺は何故部屋で横になっているかと言う、
「なんで、チートなのに風邪をひくんだよ・・・?」
俺が風邪をひいて寝込んでいるからだ。
どうせ、あのジジイが手を抜いたから、こんな事になっているんだろうけどな。
会議がある事の連絡がてらにレイトが部屋に来たが、俺の状態を確認するなり、
「今日の会議を休む事は伝えておくよ」
と言って、部屋を後にするほどだ。
まあ、会議は面倒だから出たくはないけどさ。
会議は俺たちギルド側の人間だけではなく、騎士団の隊長格や大臣サマ達も参加す。
実際に戦場に立つ奴だけの会議なら話は簡単なんだが、大臣サマ達は己の保身に精杯だからな。
おそらく、会議の結果は現状維持だろうから、大臣サマの説得に時間がかかる事だろう。
「ですから、結論を出すにはまだ早すぎます!」
会議室はシオンの予想通り、騒がしくなっている。
兵士たちの考えが現状維持なのに対し、大臣が難癖をつけだしているからだ。
兵士たちは命がけで戦ってきた経験から、少ない情報の中で動くのは危険と判断しいる。
しかし、守られる側の大臣達からしたら、いつまた攻められるか分からない状況で対応しませんじゃ納得が出来ない。
その結果、どちらもが主張だけを通すために大声をあげているのだ。
「今回の侵略は魔王の仕業だ。そうとしか考えられない」
「だから、先に侵略しようと?魔王は世界最強の存在だ。うかつに手を出すには危すぎる」
レイトは、現最強と謳われる無敗の剣帝として、会議を仕切っている。
「ですから、情報のない中動くのは危険すぎます。一度、情報収集をするべきで」
レイトも戦場に立つ人間だ。
うかつに行動に出る事の危険性は、彼の師匠からたっぷりと教え込まれていた。
「そんな悠長に待っていられるか。若造が出しゃばるな」
「そうだ。次にこんな事があれば、貴様らはこの国を守り切る事が出来るのか?」
レイトの意見は、保身しか考えていない大臣達に反論された。
大臣サマの一言に、兵士サイドが眉をひそめた。
「静まれ」
レイトがなにか言い返そうと口を開いたが、違う声がレイトの発言を制した。
声の主は、組んでいた腕を解き、静かに立ち上がった。
「まず、魔王の仕業と決めつけるのはよすべきだ」
レイトはいままで傍観に徹すると思っていた、シヴァが口を開いた事に少し驚いてた。
「なら、誰の仕業だと言うんだ?」
シヴァの静かなる威圧に、声を出す事を忘れている大臣たちを代表して王が尋ね。
「それはわからん」
しかし、とシヴァは言葉をつなぎ、
「戦場に魔族の姿はなかった」
確信を一つ答える。
シヴァは元最強として、魔族と何度か遭遇した事がある。
その魔族達に共通してあるものが、先の襲撃では感じられなかった。
いかに魔族最強の魔王といえど、あの数を一人で同時に操る事は出来ないとシヴァ判断していた。
シヴァに言葉に、絶大な信頼を置いている兵士たちはともかく、大臣達も言葉が出い。
もし、それが事実なら誰が仕業か検討もつかなくなるからだ。
彼らが魔王の仕業と決めていたのも、自身の常識によるもので根拠は全くなかっただから。
「それに、もしまた侵略があったら俺が全てを壊す。それで問題はないだろう?」
疑問ではない疑問に、会議室にいた全員が頷く事しか出来なかった。
暇だ。
暇すぎて、暇だ。
暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ
冗談はさておいて、暇だ。
風邪で寝込むとか生まれて初めての経験だから、どうすればいいかわからん。
読みたい本は全部読んだ。
宿題は適当に終わらせた。
鍛える事はカレンに禁止された。
結果、暇だった。
本を読みつつ、魔力の塊で再現してみたが飽きてしまった。
暇つぶしに、一度にどこまでの球体の魔力の塊を作れるか挑戦したら、部屋の許容に達してしまった。
消してもつまらないから、残してはいるがもう興味もわかなかった。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
ノアが、控えめなノックをしてから、部屋に入ってきた。
「おう、大丈夫だぞ」
俺は手をあげて答えてやる。
まあ、寝ているから思い切りベッドに手をぶつけたが、気にしたら負けだよな。
「今、すごい音しましたよ?」
「本当に大丈夫か、お前?」
アイリスとノエルが部屋に入ってきた。
彼女達の視界には、右手を押さえて転げまわる俺の姿が見えているが、二人とも何言わなかった。
「その手に持っている袋はなんですか?」
話をするどころではない俺の代わりに、ノアが二人に話かける。
「これは、食材ですよ。これを料理しますので、厨房を借りますね」
二人はそのまま、台所に消えた。
「いただきます」
俺は、手を合わせる。
目の前には、いつぞや頂いたグラシス家の食事が並んでいた。
グラシス家の食事は、見ただけで美味しいと思えるのだ。
そして、実際に口に運んで見た目とはイメージの違う味だが、それがまた美味しいだよ。
そんな、一食で二度楽しめるグラシス家の料理が俺の食卓に並ぶ。
こんなにうれしい事はない。
「私達で作ったんですよ」
この料理が、アイリスとノエルが作ったものだと?
グラシス家の料理長に料理を教えてもらっていたというのか。
羨ましいな。俺も教えてほしいぐらいだ。
「そうそう、私とお嬢様の料理でどちらが美味しかったか教えてくれ」
は?なんでそんな事をしないといけないんだ?
俺が怪訝な表情を浮かべると、
「勝ったほうが今日の晩御飯を作る約束で賭けをしているんですよ」
アイリスが、いつもの笑顔で答えてくれた。
言い忘れていたが、基本的には寮は二人部屋だ。
それは、貴族も例外ではない。
貴族からの不満が出てくるから、ルームメイトは生徒側で決める事が出来るけど。
俺やレイトは、オーバーランクだから免除されているが、俺の部屋にはノアも住んいる。
だから、この学園で一人部屋はレイトだけだ。
「料理は美味しい方がいいもんな。分かった、美味しい方を言えばいいんだろ?」
それなら、味覚に全神経を集中させるとしようかね。
多分、これは接戦になるだろうし、俺は風邪をひいているしね。
「「ごちそうさまでした」」
俺たちは、また手を合わせる。
料理はすべて美味かった。
二人の料理のレベルはほとんど変わらなかった。
これは、一人で作りました。と言われても疑問に思う事はない。
さすが、同じ師を持つだけはあるな。
「それで、どちらの料理が美味しかったんですか?」
アイリスは結果を知りたい衝動を抑えきれないようだ。
ノエルも結構気になっているらしく、さっきからずっとそわそわしている。
「僕は、ノエルお姉ちゃんの料理のほうが美味しかったよ」
ノアが手をあげる。
俺もノアと同じ結果だと伝えると、アイリスが肩を落とす。
「まだ、ノエルに勝てないんですね」
そして、悔しそうな顔をしている。
そんな、アイリスを見て、俺は少し複雑な気分になった。
「グラシス家の料理長として、主に負けるわけにはいきませんよ」
ノエルはアイリスの態度に苦笑いをする。
「え?ノエルが料理長だったのか?」
あのもはや芸術品とまで思える料理はお前が作っていたのか?
「だったら?」
俺のテンションに若干ひいたような顔をするノエルだったが、俺はあえて気付かな。
「料理を教えてくれ」
「絶 対 い や だ」
俺の頼みは、神速の勢いで却下された。
まあ、予想通りの結果だけどな。
なにせ、料理長は技術を広める事を嫌うようだし。
アイリスのためにしか動かないノエルが、俺のために何かをする事はあり得ないし。
せっかくの貴重なチャンスだったのに、諦めるしかないか。
俺の魔力を使われた事を自覚しながら、俺はため息をついた。
「ただいま~。あれ?アイリス達来てたの?」
俺の背後の空間から声が聞こえてきた。
バカな、後ろには何もなかったはずだぞ?
とまあ冗談は置いといて、
「お帰りなさい、カレン」
俺の正面に座っていたアイリスが真っ先にカレンに気付いた。
俺も、後ろを振り返る。
「シオン、もう大丈夫なの?」
「俺はチートだぜ?これくらいは気合でなんとか出来るよ」
最初よりは、気分が良くなったんじゃなく慣れただけだ。
カレンは額に手を当て、ため息をこぼす。
「それまだ治ってないじゃん。ダメだよ、ちゃんと寝ていないと」
カレンは俺を無理やり引きずってベッドまで運ぶ。
お前の扱いのほうが、症状を悪化させるだけだよ。
「それに、仕事のお話もあるし」
俺の扱いに抗議しようとしていると、カレンに先をこされた。
俺たちの雰囲気を察してくれたノアは、アイリスとノエルを部屋から連れ出してくた。
「大丈夫とは思うが念のためだ」
俺は部外者達が部屋を出て行く事を確認してから、部屋に隔離結界を張る。
これから話す事を聞かれて、一般人を巻き込みたくはないからな。
備えあればなんとやらだ。
「それじゃ黒幕の事だけど、こちらで手を出している奴はいないよ」
こちらというのは、魔族達の事だ。
やはり、魔王であるカレンも入れて、魔族にあそこまでの力を持つ奴はいないよ。
俺も予想出来ていた事に対しては、そこまで深く興味を持たなかった。
俺が知りたくて、カレンが調査をしてきたのはここからだ。
「調査の結果、魔神が一番可能性が高い存在だと判明したよ」
カレン達魔族が信仰する神、それが魔神だ。
普通なら、怪しいのがカミサマとかふざけてんの?となると思う。
でも、俺は普通ではない。
何より、神と直接会って話をし、さらには能力をもらったんだ。
それに、魔神と呼ばれるぐらいだ。魔獣の操作ぐらいは造作もない事だろう。
少なくとも、俺は可能性として考える事が出来る。
だがそうなると、今度は動機が分からない。
姉さんから聞いた話じゃ、神は直接世界に影響を与える事は出来ないはずだ。
世界からそのような制約が設けられているらしいからだ。
だから、世界を敵に回してまであの国を襲う理由はないはずだ。
「まあ、魔神もおとぎ話の次元の話だけどね」
考え込む俺を眺めながら、カレンは取ってつけたように言葉を繋げた。
カレンの言うとおり、今から考え込む必要はない。
あくまでも可能性の一つとして、頭の片隅に残す程度でいいだろう。
「それもそうだな。ありがとうな、カレン」
照れたような表情のカレンを尻目に、俺は結界を解除しようとした。
あれ?
「・・・結界が解除出来ない」
俺の顔から血の気が引いていく。
何度も解除しようとしているんだけど、やっぱり結界は保たれたままだ。
俺の結界は、空間魔法が絡んでいる。
いろいろ複雑な理論があるんだが、簡単に言うなら結界内の空間を切り離す。
だから、結界内の空間があった座標が必要になるんだが、なんの誤作動か戻れなくっているのだ。
つまり、俺の部屋はよくわからん空間を漂っている状態になる。
カレンもようやく自体が呑み込めてきたのか、顔が青くなっている。
「それって、ここに閉じ込められたって事?」
「そうね、このままじゃシオン達は餓死するかもね」
カレンの呟きに、俺以外の声が返事した。
この空間に侵入出来ただと?
俺に気付かせる事なく、隔離されたこの部屋に入ってくるとは、ただ者ではない。
俺たちは声のした方向、物置同然となった机のほうに体を向ける。
「ハロー、二人とも元気だった?」
そこには、見惚れるような笑顔を浮かべて片手をあげた人がいた。
「・・・姉さん?」
俺の姉ことルシアが椅子に座りながら足を組んでいた。
「ダメだよ、シオン。病人はちゃんと寝ていないと、こんな事になっちゃうんだかさ」
姉さんの口調が悪い子を叱るようなものに変わる。
やっぱり、結界が解除出来ないのは、俺の体調が問題なのか。
「今回は、特別に治してあげるけど、次からは気を付けてね」
姉さんはウインクをする。
普通ならイラッとするが、姉さんだと様になっているから怒るに怒れない。
「ルシアさんは、なぜここにいるんですか?」
カレンには不満があるようだ。
「ん?カレンちゃんは嫌だった?」
姉さんはわざとらしく首をかしげる。
この仕草をしたときは、たいてい分かってて言ってるんだよな。
「とぼけないでください。あなたはあの世界からは出られないはずです」
確かに、姉さんとは二度と会う事が出来ないはずだった。
姉さんは、有名な七大罪の一角を担う堕天使のルシファーだ。
ルシファーと言えば、神に刃向かった天使もとい悪魔として有名だよな。
その神に刃向かった罪は重く、一つの世界に永遠に閉じ込められた。
つまり、カレンの言うとおり姉さんはあの世界から出る事は出来ないはずだ。
「出てないよ」
件の姉さんは、少し雰囲気が変わった。
俺がよく知る姉さんのものから、堕天使ルシファーのそれに近くなった。
「貴様らがこの世界に入ってきたのだ。なら私が来ない理由もあるまい?」
姉さんの目が赤く染まる。
同じく深紅の目をしたカレンと比べて、その目は見る者を怯えさせるように禍々しった。
カレンは驚いた表情を見せるが、俺は可能性として考えていた。
この隔離結界は、姉さんに会う為に研究した魔法の副産物で生まれたものだから。
「それに、私はシオンを治しに来たのだ」
姉さんの言葉を合図に、俺の体を灰色の炎が包み込む。
一度だけ見せてもらった、姉さんの神力によるものだった。
「さあ、シオン。キスしよっか」
目の色はそのままに、雰囲気だけがもとに戻る。
姉さんはうろたえる俺に、少しずつ近づいてくる。
「ダメ!!!」
俺たちの間に、カレンが両手を広げ立ちふさがる。
俺はそのカレンの背中に、焦りと覚悟が見えるのは気のせいだろうか?
「じゃあ、どうするの?」
姉さんはまた首をかしげる。
姉さんには、カレンが何をするつもりなのか分かっているようだ。
「・・・ボ、ボクがする!」
カレンは叫びながら、俺のほうに振り向く。
その時に見えたカレンは、顔を真っ赤にしている事が印象的だった。
そんな事を思っていると、唇に柔らかい感触が、
驚きから見開いた視界いっぱいにカレンの顔が、
反射的に離れようとする俺の頭にはカレンの両腕があった。
姉さんが茶化しているような気がするが、俺の頭は反応する事も出来ない。
数秒か数分か、はたまた数時間経ったのか俺には分からなかったが、カレンがゆっりと離れた。
「これで、文句はないでしょ?」
カレンは俺の視線から逃れるように、姉さんに向きなおす。
その後ろから見えていた、カレンの耳は真っ赤になっていた。
「そうだね~。シオンも体調良くなった?」
姉さんは苦笑いを浮かべている。
さすがに、本当にカレンが実行に移すとは思っていなかったろうしな。
「・・・ああ、じゃあな」
俺は未だに呆然としたまま、逃げるように転移した。
「大丈夫かな?」
シオンまで影響が出るとは思っていなかったルシアは心配になっていた。
「まあでも、あなたは彼女を選ぶのね」
「当然だろ、それが俺だ」
ルシアの独り言に、返事の声があった。
ルシアは、来ると思っていた傍観者を見る事はなかった。
ただ、祈る。
シオンが選ぶ道が茨の道だと知っているから。
後ろの傍観者のような、誰も救えない道を進まないように。
可愛らしい少女と、共に進める未来を歩めるように。
ただ祈ることしか、堕天使には出来なかった。




