91 現実は引きこもってもやってくる
世の中には色んな人が存在すると言うものでありまして、その中でもニートやら引きこもりと言われる人が居る。
個人的には「何たる金持ちの所業!」とハンカチを歯で切り裂きながらも泣き叫びたい衝動にかられませんけどね。
持論としては「悪人は暇人」だし「ニートと引きこもりは金持ち」と思っています。
だって金がないと出来ない事じゃないですか?
真っ白に燃え尽きたぜ……。
あえてムナを形容するならば、そんな感じだろう。
まさしく、己の許容できる範囲をぶっちぎった存在にぷちっと叩き潰された感じとでも言うか。
「せ、せめて……」
あれ、生きてた?
とか言いたく成る程の憔悴っぷりではあるが、何か保護者的な意識が僅かに勝ったのかよろよろしながらも動き出している……そのまま放っておいたら、虚空の彼方の見えないお友達と仲良くなってしまうのではないかと思わされる程度には不憫な空気が駄々漏れだ。
「マイナだけでも守らなくては……」
まるで油の切れたロボットの様な動きではあるが、それでも徐々に我を取り戻してきたのだろう。
どちらも同じくらい可愛い子供ではあるが、ムナにとっては優先順位でもあるのかと思ったのは仕方がないだろう。
「あ……大変申し訳ないのですが、どちらも同じ程度には狙われていますよ」
声のトーンは僅かな違いではあったが、その気持ちが事実であるのは確かな様であり。
「だ、大丈夫……です、か……?」
思わず、アインスが声をかけてしまう程度には駄目な大人になっているのが判る。
「な……だ……ユウナは男の子ですよ!」
悲鳴に近い叫び声を前に、秋水は逆に哀れみの顔しか出来ない。
ある程度は予測していたからだが、キャシーの瞼が僅かに動いたあたりで「おや?」と思ったのかも知れない。
「ええと……私は理解できないと言うかしたくないですけど、世の中には色々な趣味の人が居ると言う事ですかね……げ、元気出してください」
ここで下手な慰めをしたところで何の救いにならないどころか、追い討ちをかけるだけだと言う話もあるのだが……どちらかと言えばこの場合は放置してあげるのが親切だろうと言うのも、また憚られる。
「どうかしたんですか?」
秋水に掛けられた声に、カーラは「ああ……」と反応する。
ちなみに、ムナは落ち込んだまま這い上がってくる様子はなく。実際には追い討ちをかけているが浮上させようと努力しているのは見えなくもないのが、アインスと言う存在だ。
「いや、彼は……駆け引きに関してはまだまだだなと……」
「普通に考えたら……どうなんですかね?」
実際、アインスは下級ランク保持者だし情報ギルドの所属である以上はアインスへの評価が辛かったり厳しかったりするのか秋水には判らない。キャシーに聞けば答えてくれるかも知れないけれど、流石に立ったままのキャシーに声をかけるのは目立つような気もしないでもない。
「途中まではなかなかだと思ったのだが……彼は、どうやら優しいみたいですね?」
「どうなんですかね……良い人物だとは思いますよ。印象ですけど」
「印象は大事ですよ」
大事にしてくださいね、と言うカーラの言葉にそうですか、以外の言葉を秋水は見つける事が出来ない。
「カーラさん……」
「はい」
見た感じからすると気力で立ち上がってるだけで攻撃力皆無と言われても納得したくなるが、あくまでも行っていたのは話し合いであって拳闘でもなければ殺し合いでもない。ムナが憔悴しているのはムナ自身の心の問題であって、他の誰のせいでもない。
とりあえず……暴露したのは確かにカーラであり、追い討ちを掛けたのはアインスである事に違いはないけれど元凶と言う意味で言うのならば関係は全くないのだ。
「二人を……二人は、まだ……」
「ええ、間に合います」
鷹揚に頷くカーラと、息も絶え絶えのムナとでは駆け引きと言う戦略を使っても分が悪すぎるのではないかと言う気になる。
「逆を言えば、今動かなければ間に合わなくなると言う事です」
ムナが可哀想に見えるが、可哀想に思うだけならばいつだって出来る。
恐らく、カーラの言っている事は間違いではないだろう。一流を目指していると自称している商売人の端くれである彼女に情報の重要性は身に染みてよく判っている筈だ、これまでもこれからも情報は金属や木製の武器を、防具を持たない彼女の武器であり防具となるだろう。
「ムナ殿、視野を広くお持ちいただきたい」
鋭い視線が、その体から発せられる気と呼ばれるものが、その脳内にあるだろう様々な知識が、そこからつむぎだされてゆく判断力、繋がる情報、届く言葉が広がってゆく。
広がり続ける、世界となる。
「恐らく、あなたは思ったのだろうと私は思う。
思いも寄らぬ偶然から起きた、様々な出来事に対処するだけで精一杯だったのでしょう。
ですが、その時々で対応した浅慮な判断により現在。この工房が、未来ある二人の技術者が言葉にする事も筆舌にし難い状況に陥ろうとしている……ムナ殿、貴方はどうされたい?」
カーラは、確かに麗しい表情をしている。
けれど、それは触れれば汚れてしまう様な絵画的な美しさではなく土に塗れ血に汚れても決して崩れ落ちることのない美しさである事を見る者は知るだろう。
慈悲深き女神でもなければ、花の美しさを持つ王女ではなく、大地にある一人の人物。
「どう……とは……」
「想像してください、貴方の庇護にある子供達を守る為に。どうしたら守る事が出来るか。
どうしたら、貴方の望む子供達であるのか」
いや、その言い方は一歩間違えるとアレな気がするのですが……。
と言う声は、どこからも発せられないので誰にも聞こえなかったし。ついでに言えば誰にも届くことはない。
「想像……」
「このまま放っておけば、恐らく今あなたが想像している事は現実のものとなるでしょう。
よろしいのですか? それで?」
うわ、この人ってもしかして性質悪いですか?
そんな言葉も以下同文。
長すぎた前置きを忘れさせる切り口では、これまでの流れから考えるとムナにとってカーラの言葉は絶対的な影響力を持っているだろう。
と言うより、ムナと言う人物は少なからずこの街で生きてきた筈なのに考え方が純粋と言うべきか。
よく、これで外商担当などと言う事が出来たものであると感心すらしてしまう。
「望みは、なんですか?」
相手を最初に叩きのめす、とことんまで叩きのめす。
自らの力で立ち上がれぬ程に、その膝を足を手を折る。
放っておけば、相手は自ら迷路を作り出す。作り上げた迷路は、決して抜け出す事も破壊する事も出来ない。
何故なら、きっかけこそ始まりは他人から与えられたものではあるが後に作り上げたのが自分自身である限りは誰よりも何よりも強固なものとなるのだから。
そうして、差し伸べるのだ。手を。
向けるのだ、瞳を。
故に思えるのだ、救いだと。
「どう、どうすれば……どうしたら、あの子達を……工房を……!」
恐らく……これはカーラの魂が聖性されていると言う事も理由の一つなのだろう。
対象者を自在に操る作用があるのかと問われれば、それは判らない。けれど、普通に語るよりは説得力と言うものは格段にあがるだろう。望むと望まずに関わらず、カーラの身に起こったことを知っているのならば、その思い込みから来る偏見に近い印象から人は勝手に想像するものだ。そして一度植えつけられた想像は更に勝手な発展をする。
「教えてください、どうされたいのですか?」
「守りたい……あの子達を、先代から受け継いだ工房を、受け渡したいんです……」
「それだけが単に望みであると言うのであれば、彼らに起こるこれからの様々な出来事は経験として体験する事も必要かもしれませんが……」
「何てことを言うんですか!」
「でも、実際問題として他の工房でその手の動きが始まっていないとは限らないわけですよね……ムナさんだって今の今まで私達から聞かなかったら知らなかったわけだし?」
どちらかと言えば、もしかしたらアインスと言う人物は他人の尻馬に乗ると言うと言い方が悪いが追い討ちをかけるのが大好きなのだろうか……または、大得意と言う見方もある。
「それは……ですが……」
「実績を作るべきだと言うのは、そう言う意味です」
メイジャ工房が現在、立ち位置がかなり危うい。
この街の事について大した情報を持っていない筈のアインスでも知っている程度の事で、どこまでの情報を入手出来るのかはともかく全てではないだろう。それでも、昨日や今日情報ギルドに入った者であったとしても数日はこの街にいれば大きな情報と言うものは手に入るものだ。
例え、今は職人都市の足元で起きているだろう怪異が一番の大きな話題であるとしても。
「これは一つの例え話なんですが……」
秋水が、ふと口を開いた。
まさしく、たった今思いついたと言わんばかりだ。
「発言しても?」
秋水の言葉にカーラは女王のような仕草で頷く……ただ「頷く」と言う仕草だけでこれだけの表情が出来るのだから女性は怖い。否、女性でなくとも怖いだろうと感じるのは秋水もまたムナの様な自ら作り上げた強固な思い込みに捕らわれているのか……それとも?
怖いと感じるだけ、まだマシなのだろうか?
「俺の知っている言葉に『殺人は嵐の夜に限る』と言うのがあります……いや、ここでいきなり殺せとか言う話じゃありませんから、その当たり勘違いしないでくださいね。お願いしますよ?」
即座に止めなければ危険なことになりそうな気がする、と思った秋水の勘があたっているのかいないのかそれは秋水にしか判らない。
ただ、恐らく放っておいたら何かが起きていただろう事は簡単に想像がつく。
すこぶる、考えたくない方向性で。
「この場合に関しては、逆の方向性でも良いんじゃないかと思って」
「逆……ですか?」
「今の俺の言った事って、嵐の夜なら目撃者も存在しにくくて証拠も残りにくいって意味で。この場合は逆に大きな話題があるから隙を突いて、この工房の名を上げるチャンスだってカーラは言いたいんじゃないかと思うんだけど……どうだろう?」
ふむ、と言う仕草でカーラは首を傾げてみるところを見ると。
秋水にしてみると、合っているのかいないのかよく判らない所がある。
「シュースイ様は、どうやら駆け引きは得意ではないようでいらっしゃる?」
「……とか言う以前の問題として、そろそろ話を切り上げたほうが良くないかなって気がするんだけど?」
「と言いますと?」
ふと見れば、好奇心溢れる眼差しでこちらを見ているカーラと、話についていけてないのだろうムナ。そう言えば君達いたんだねと言いたくなる、ドーンとレン。
「個人的にはどうでもいいんだけどさ……」
「はっきりしませんね? 言いたい事があるのならば、はっきり言っていただいても宜しいのですよ?」
怒るでも不機嫌になるでもなくカーラは言うが、単に顔や態度に出ないだけなのか。それとも、すでにムナは手中に落としたと思っているかの、どちらかと言う事なのだろうか……。
「いや……俺はともかく、あの二人っていつまでも放っておいて良いのかと思うんだけど……」
気のせいなら良いんだけど、と言う言葉を飲み込んだのは余計だろうかと思ったからだ。
どちらに転んだ所で、直接的な被害さえ無ければ構わないとは思うのだが。
そのあたりも、言わないほうが良い事だろう。
「この建物に、ナム様とマイナ様、ユウナ様以外の方は?」
「おりません……以前は、従業員を含めて数十名おりましたが……」
「まずは、お二方の安全を確認してからの方がよろしいですね」
カーラが攻撃の手を緩めたのは、特に意味があるわけじゃないです。
単に……「容量が足りなくなった」から。
1話を10kb以内で抑える努力をしています。だから長くなるのですかねえ?
と言うわけで、次回予告。
「ムナさんはギャグキャラではございません。いや、本当。いじられキャラでもございません。本当だよ?ところで弄られて無いと秋水とアインスって存在感ゼロじゃね?」
ちなみに、キャシーは自発的じゃないのは仕事中だからですがドーンは基本です。




