90 無理、無茶、無駄はやってから言え
貴方には希望があるだろうか
貴方には願いがあるだろうか
貴方には欲望があるだろう
だけど想いが届くかは別の話
だけど望みが叶うかは別の話
ぱちくり、と言う音がしたかの様に思えた。
それが、一体誰の音かまでは考えなかった。
「……くく……ふっ、く……」
ただ、笑っている男が一人。
「ほ……本気で、言って……るんですか?」
目が笑っているが、これは嘲笑う方の笑うだろう。
「ええ」
当然の事を聞くな。
完全に目が笑っていないカーラは、それでも表情が変わらないあたり器用だ。
しかし、この場には他に同じ様な事が出来る人が少なくとも4人はいる。
「工房と道具を貸せ? 魔石を作って取り付けろと?」
「ええ」
「ああ……それはスバラシイ考えですね、職人都市の法律にも触れない」
「そうです」
「ははは……あはは……出来るわけないじゃないですか!」
今の今まで笑っていたムナは、途端に表情を変えた。
被っていた化けの皮が剥がれたかのような速度で、ついていけないか拍手をするべきか観客は悩む。
「ほう?」
「そもそも、メイジャ工房に他所の技術者を入れるなど……ごめんこうむります」
おとといきやがれ。
恐らく、ムナの心境としてはこんな感じだろう。
いっそ塩でも投げつけてやりたい気持ちかも知れない……この世界に「嫌な客には塩を蒔く」と言う風習があればだが。
「技術者なんて入れませんよ」
ひやりとした空気は、カーラから発せられていた。
正直な所、前提条件として「魂が聖性された」と言う事を聞いていた割りに発言が……何と言うか……情け容赦ない様な気がしてならない。
もしくは、根本的な所を勘違いしていると言う見方もあるにはある。
つまり、清濁併せ持つ事で黒でも白でもない灰色にある場合もあれば。逆に、決して灰色のままで曖昧のままでは許されないと言う見方が。
「それは……どういう……」
魂が聖性されると言う事は、割とお祝い事に含まれるらしい。
つまり、魂の持主が清浄な資質を持っている為に起こる事。より、魂の持主の資質が高いと言う見方をされる。
故に、滅多に現れることはない聖性された魂の保持者は自らが隠れる事も隠される事もなく。場合によっては、声高々に周囲によって知らされる事もあると言う。
慈悲深き神に近き清浄なる魂を持つ孤高たる光り輝く存在……そんな風に、世間では見られている。
と、ムナも思っていたのだろう。
恐らく、仮にムナが情報ギルドでそれなりの地位にあってささやかとは言いがたい金額で情報を買う事が出来たとしたら……そんな甘っちょろい事ではない事を知るだろう。情報ギルドに入っていても高額な金額が必要になる情報と言うものは、基本的に情報ギルドに入っていない者には決して知らされる事はない。
しかも、情報ギルドでそれなりな金額が必要になる情報と言うのは、決して昨日や今日入ったばかりの下級ランクの保持者には幾ら積んだとしても購入することは出来ない。
だから、ムナが知らなかったとしてもおかしな話ではない。
ムナが入っているのは、あくまでも商人ギルドと職人ギルドであり、その余波で外商ギルドに名を連ねているのだから。
「貴方は先ほど仰いましたね、『他の技術者をメイジャ工房に迎え入れる事はない』と」
一言一句間違えることはなく、と言うわけではないが心情的には間違っていないのだろう。
ムナは、こくりと顔を頷かせた。
「私も、ある意味においては同感です。
この工房に宿る魂には、それに相応しい技術者が腕を振るうべきであると思います」
ムナの目がちょっとした混乱と、訝しげなものに見える。
それは、そうかも知れない。
これまでの話の展開から想像すると、ムナは一人でかなり努力していたのだろう。職人都市の職人達は下町的な切符の良い人の良い所がある、大抵の事は一杯の酒でなかったことにする事もあると言うものだ。
けれど、中にはそうでもない者も存在する。
偏見だろうが、そういう存在と言うのは大抵が性格が悪い。おまけに自覚がある者も少なくはないので、開き直って無茶な要求をする者も少なくはないのだろう……ここで自分自身は悪くない、性格も悪くない、無茶な要求など一切しないと思い込む者は数こそ少ないけれど存在する。
「耳障りの良い事だけを口にして、この工房を乗っ取る……そんな人が多くなってしまった事は親方様もさぞかし憂いておられる事でしょう。でも、それが現実でもあります」
身に覚えがあるのか、ムナはぎりと音が鳴るほど噛み締めて手を握り締めている。
勿論、その表情から見てみると「お前も同類じゃないか」と言っているのが見て取れる。それでも「魂を聖性された存在」と言う前提がある以上は判断保留と言うのが正しいところなのかも知れない。
「現実を受け入れろなどと、聖職者のような事でも口にするつもりですか?」
「まさか……そんな事を口にした所で無意味である事が理解出来ているのに無駄な労力を使うわけないじゃありませんか」
ケチ臭いと言うか、商人らしいと言うべきか悩む台詞である。
実際、ムナも悩んだのだろう。
確かに、カーラは魂が聖性されたと噂されている人物だ。恐らく間違いでも嘘でもないだろう、けれど魂が聖性される事と善人やお人よしになると言う事はイコールではない……この当たり、かなり宗教と一般人の間では隔たりがある。
純粋な魂とは、何か。
聖性されるとは、何か。
無邪気である事や悪意がない事が、果たして純粋であると言う事なのだろうか?
「宜しいですか……前提としてお忘れでしょうが、私はこのメイジャ工房をマイナ様を主として契約を果たしています。この契約には経済的なコンサル……相談事も含まれています。
契約者は、ムナ様。貴方ではありません。
恐らく、アインス様はそのあたりの事をご存知の上で先ほど仰られたのでしょう……『傲慢』であると。
主の許可なく、どちらかと言えば許しを得る前に丸め込んで追い出し自らが商談に当たる……確かに、メイジャ工房としての話であるならば考慮の一点のみにおいて関わる憂慮はあります。
ですが、私とマイナ様の契約はそれだけではありません」
ぴくり
僅かに、ムナの表情が反応した。
どうやら、いまいちカーラとマイナの間で交わされた契約内容に関しては熟知していない様だ。
そして、カーラは判っていたからこそ打ち合わせもせずに先にアインスに話をさせて様子を見ていたと言う事になる。
「一つとして、このメイジャ工房の再建的な建て直しがあります。ムナ殿は技術者である二人が成人した暁には問題が全て解決すると思いたいのでしょうが、いかに歴史あるメイジャ工房の技術者であろうと成人直後の子供に仕事を割り振る相手がどれだけいると思います?
また、最低限でも名前を売っておこうと思ってお二人を他の店舗へ雑用の貸し出しをさせているみたいですが、その実態をどれだけ把握しているのです?
このままでは、確実にお二人は潰される事でしょう。この工房もろとも共倒れにさせられるのがオチです」
「……どう言う事、ですか?」
現行の職人都市の法律では、基本的に合成魔石に関わらない。所謂、鍛冶や服飾などの「職人」としての技能が必要だと言われている能力に関しては資格の取得年齢の限定はないが「金銭」が絡んだ場合は話が別となっている。
「お二人は、本人の意思か……それとも上手く誘導させられているのか、法律に違反していると他の工房では認識されています。少なくとも、評判のよくない店に出入りをしている時には噂に上るほどのものですが、ムナ殿耳に入らないのは情報が操られているからです。
このまま成人して、お二人が工房の主として開いたとしても客が来ないか。経済的な困窮の為に工房を畳む際に買い叩かれてお二人が奴隷同然に身売り状態になると言うのが、現在のリッツ商会の見解です」
「まさか……」
からくりは、こうだ。
まず、最初は二人の手の届くところに材料や道具を置いておく。依頼内容などがわかるように置いてあれば、尚良い。
二人の子供は、よくも悪くも好奇心旺盛で純粋で無邪気な部分がある。悪く言えば欲望を抑えにくい。
子供達が少しでも、道具や品物に手を触れてしまえば好奇心は刺激される。こっそり作業にでも入った所で複数名の目撃者を作っておけば良い、通りすがりならば尚よしだ。子供達は最初は上手く隠せると思うだろうが、そのうちに「やってもいいいんだ」と言う事になる。
この時点で問題なのは「その工房の者は誰も見ていないから注意をしない」と言う事になる。
見ていないものは注意が出来ない、注意をしないから工房に責任はない。通りすがりの人達が子供たちは作業をしていると言うかも知れないが、誰一人として管理下の下での作業ではないから子供達の独断と言う事になる。
特に、第二技術者のユウナあたりが失敗でもしてくれれば尚良いだろう。材料を無駄にさせただけではなく、成人して営業許可もない者が勝手な事をして工房に損害を出すと言うのは子供であっても良く無い事なのは承知している筈だ。故に、例えユウナあたりならば全力でムナに知られるのを恐れるだろう。マイナとて同じだ。
「性質の悪い工房にとって、マイナ様とユウナ様は金の卵……歴史と名のある工房つきの、まさに金の鉱脈。
陥れて囲い込む為ならば……人も変わるでしょうね」
心当たりが、ないわけではないのだろう。
時折、子供達は失敗をする事があるのか浮かない顔をする場合がある。
ムナもそれとなく周囲の人たちに目を光らせてもらう様に頼んではいるが、今のメイジャ工房にかつてほどの眼力はない。それも悲しい事に残念な結果になる理由の一つだ。
職人都市の人々が、敵になったわけではない。
ただ、彼らは法律を気にしないだけだ。最低限の法律……自分達に被害が出たり職人都市崩壊とかでもない限り、彼らの力が必要だと思わない限り、温かく見守っている事しかしないのが彼らの立ち位置だ。
そこには、決して日々の暮らしで得た小さな糧を日々の楽しみで使い切るのが忙しいから……では、ない、かも……知れない。
「ですが……それと、これが何の関係が……」
「実績作りです」
「じっせき……ですか……?」
「はい。マイナ様とユウナ様の実績を作り、最悪でも合成魔石の取り扱いに関しては世間に見せ付けるべきであると提案します。少なくとも、合成魔石の精製及び作製が出来るのであれば現行の武器や防具に関しては二の次にしても取り返せます」
「それでは工房ではありません!」
「古い考えを捨てろ、とは言いません。
ですが、放っておけばメイジャ工房は吸収されて名ばかりになるか。または強姦輪姦乱交奴隷の憂き目にあって最後は薬漬けで売り飛ばされる可能性も捨て切れません」
えぐいぜ、姉ちゃん!
男性諸兄の顔色がすこぶる悪くなるが、カーラは全くもって動じない。
レンが動じていないのは己に関係がないと見越しているからなのと、ドーンに被害が及ばなければ構わないと思っているからだろう。
「現に、すでに今から技術者二人は遠まわしに操られ始めています」
「そんな……まさか……」
ムナの顔も蒼白と言うより青くなっているのは……一体何を想像したのだろうか。
と言うより、どちらをと言うべきか。
「マイナ様がお優しいと言うのも、理由の一つであり。ユウナ様が素直すぎると言うのも、理由の一つでしょう……ああ、性的関係と薬に関してはまだ阻止されていますのでご安心を。
幾らなんでも、あの外見でとなると犯罪行為とみなして流石に周囲は止めるかと思いますが……」
生々しい内容に心がぽっきり折れそうだというべきか、それともすでにぽっきり折れてしまったと言うべきか悩むあたりは、まだ余裕があると言うべきかも知れない。
「私は、雇い主であり契約者を守りたい。
商人として、人として、女として。
そう願い実行する事さえ、貴方は否定しますか? ムナ殿」
さて……聖性というものに対して僕は特にこれと言った制約を設けてはおりません。
だってこの世界の「聖」と「魔」についての制約もないのです。いや、書いてないと言うのもあるけど。そもそも論として「魔」と言う概念が我々の知ってる悪魔信仰や邪教とはちょいと異なります。ある意味、そう言う「種族」と言う扱いとも言えます。この世界の「宗教」に関しては…いつか気が向いたらって事で。
そんなこんなで次回予告。
「世の中には色んな趣味趣向の人がいて、別にそれ自体は犯罪じゃないけれど実行したら犯罪だって知ってるよね?よね?と言うわけで良い子は実行したらいけないよ?秘密は暴かれたがるんだからね!」
なんて事も世の中には、あったりなかったり。




