105 迷子の…迷ってないけどコレは拉致
鬼ごっこやかくれんぼをする時、置いてきぼりや探してもらえなかった経験はあるだろうか?
ちなみに、僕はあります。
自分から消えた人はいるだろうか?
どちらも全く違う事、けれど場合によっては同じものに見える事。
そこから、いなくなると言う事。
ただ、それだけの話。
「秋水様? お疲れでいらっしゃいますか?」
「いや、大丈夫と言えば大丈夫だけど?」
確かにゼロではないが、体力的にも精神的にも疲労が蓄積されているのは理解していた。
正直、このままの状態が続くといつになったら地上に戻れるのか。仮に戻れたとして「半壊で済んだ」と言うラーカイル医師の言葉をどこまで信用したら良いのか判らなくて零れたため息だなどと、言うに言えない。
「大丈夫と言うお言葉は大変失礼とは存じ上げますが、自己申告である以上は確認作業が必要であると進言致します」
つまり、端的に言えば「信用あると思うな」と言う所だろうか?
正直な所をいえば、これもこれでため息を付きたくなる衝動にかられる台詞だ。判らなくはないが。
「精神的な疲れだったら、すごく感じてるけどねえ……」
これは「お前のせいだ」と取られるかどうかは微妙なラインの台詞だろうと秋水は思うし、一瞬だけキャシーが無反応になったので応とも否とも取れる反応ではあるのだが……いかんせん、微妙すぎてなんとも言えないと言う悲しい事実があったりする。
「致し方がございませんね……行儀と言う点では大問題ではございますが、状況が状況でございます」
「て、今どこから出したの?」
次の瞬間、秋水の向上した筈の目でも追いつけない速度でキャシーの手には水筒と焼き菓子が用意されていた……どこから出したかと言うのも確かに問題ではある筈だが、おたまとフライ返しがどこに消えたかを問うべきではないだろうか? と言う事には考えが至らなかった様である。
「ドーン様より、秋水様の組成構造から摂取する食品に制限はございませんが高確率で効率を高めるのであれば素材を吟味する必要があるのではないか。と言うご意見を頂きました」
言い回しは難しいが、要するに栄養のバランスを考えろという意味だろうと秋水は想像する。
意外に汚くはないとは言っても、綺麗とも言い切れないのが地下水路だ。何より薄暗いから通常の視覚ならば感じない程度には長年染み渡った水によって得る汚れと言うのは確実に存在する。
「……これ、何?」
渡された水筒の中身は甘酸っぱい……きんきんに冷えていると言うわけではないが、これは体温に近い方が食品から得られる栄養素の吸収率がよくなるからだと言うのが理由の一つらしい。技術はある筈なので、きっとわざとなのだろう。そんなものと、焼き菓子は飲み物より甘さが強いケーキだ。
「なんでも、ドーン様曰く職人都市周辺地域では栽培もせずによく取れる植物で付近の住民からは『悪魔の実』と恐れられている……とは申しましても、色合いが暗いので縁起がよくないと思われていたのがそもそもの原因とか。古い文献によりますと保存食として重要視されている稀な事もございましたが、現在では自生しているものの放置されるか一定の距離以上には民家に生えぬようにされていると言う事でございます」
「なんか、聞いた事がある様なない様な……?」
秋水にとって『悪魔の実』と言われて思い出したのは想像と創作の世界の人体に影響のある植物的な物質ではあるが、今口にしているものは色が悪いだけで味は普通に果物の甘酸っぱさを主張している。どちらかと言えばベリー系の味で、確かに食べた覚えがあるが思い出せないのが不思議なほどだ。とは言っても、それほど物事に詳しくはないのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「そう言えば、ドーン様と街へ視察にお出になられた際に大量にお持ち帰りになられましたが……?」
「ああ、あれはドーンが作ってくれたからだけど……アサイーだっけ?」
「……ドーン様がお作りに、なられた? ですか?」
言葉の音から考えると「あれ、何か間違えたかな?」と秋水が思うのは当然だったが。
「いえ、何分にも意外な事と感じまして……ドーン様は発明家としても研究家としても名高いお方ですので、効率的に栄養を摂取できる友好的な手段を判断される事も可能だとは思いますが……」
立ったまま飲み食いする事に抵抗はないが、落ち着かないのも事実で。
そんな中、ドーンが食べ物を作ってくれたと言う事に何で複雑な感じをキャシーから受けるのか秋水には想像もつかない。
「何か問題でもあるの?」
「いいえ、問題はございませんが……大変貴重な体験ではないかと。少なくとも、私が記憶している限りでドーン様が学園都市の新開発事業において身内以外の方に味見を依頼される事はないと聞き及んでおります」
「……パウンドケーキって、この世界にないの?」
「いえ、焼き菓子はございますがアサイーと言う植物を使用されると言う事は基本的にまずありませんので」
秋水が「理解不能」と言う表情をしているのを見て説明不足を思い至ったのか、キャシーは続ける。
「アサイーと言う植物は、職人都市周辺には自生する野草でございます。もしかしたら、学園都市の一部地域にも栽培している場所はあるかも知れませんが、あくまでも研究資料としての話。一般の方々の口に入る様なものとしては検討されておられないでしょう、しかも職人都市では普及し始めたばかりの食材であれば、情報が規制されてもおかしくないと言うのに住民の皆様方の台所をお借りして大量に作成されたと言う点が理解不能です」
「ええと……つまり、ドーンの行動は産業スパイだって言われたら否定出来ないレベル?」
「はあ……まあ、そう言う言い方も出来るかも知れません」
これから一つの都市で産業として成り立たせようとしている品物を使い、他の都市の住民が無関係な人物に服用させる事をスパイ行為だと言うかどうかは別として。
「それって……大丈夫、なのかな?」
「今の段階では何とも……」
「そう言えばさ、キャシー……大丈夫なのかな?」
「何がでございますか?」
秋水は、内心で実の所を言えば葛藤している。
言って良いのか悪いのか……気分的には『言うべきか言わざるべきか、それが問題である』と言う所である。
「俺達、置いてきぼり食らったみたいだけど?」
「はい、左様でございます」
周囲には誰もいない、誰一人としていない。
「……知ってたの?」
アインスも、レンも、ドーンも、ラーカイル医師も、レインすらいない。
「はい、当然でございます」
「あ、前に俺を探しに来た時みたいな余裕があるとかっ?」
「目標値でございましたら、秋水様以外には付けておりませんので他の方々の居場所に関しては検討も付きません」
「……えっ? 俺達って迷子っ?」
「いえ、まだ迷子と言うほどでは……はぐれ……秋水様っ!」
とん
体調ではなく精神的な疲労を覚えた事を知った上で、キャシーがかけた声に応えた秋水ではあるが。
次の瞬間、キャシーが庇い立てしようと伸ばした手の方向と秋水が体を傾けた方向が同じだった為に返る筈の反応の想像違いにキャシーは僅かに目を見張る。
偶然だろうか? 違うだろうか?
キャシーの目が語っていた事を、秋水は気が付いた。
「秋水様、お怪我はっ!」
「大丈夫!」
己が傾いたのとキャシーが触れた時の勢いのままで秋水は文字通り転がり、前転をしてから上半身を起こす。
確かに、普通ならばあの程度で怪我をする可能性は多くはないが。これまでの蓄積された日々がある以上はキャシーにとって秋水はまだまだ油断の出来ない体の持主だと言う認識があるのは、仕方がないと言えるだろう。
「うわ……っ!」
キャシーの声に応えた次の瞬間、秋水の顔すれすれのところに何かが通り過ぎたのがわかった。
もし、秋水の目が以前のままだったならば決して見る事は叶わなかっただろう。けれど、今はそんな事はないので見て取る事が出来る。
「触手っ?」
どこから出したのか、おたまとフライ返しを再び取り出しては応戦している……何かうっすらと光り輝いているのは伝説の武器……ではなく、恐らく打ち合わせ通りに魔術で保護されているのだろう。気のせいか、あまり効果が出ていると言う風には見えない気がしてならないのが残念だが。
「何故こちらに……」
触手は何本もあると言う事なのか、それとも触手とは違う本体も幾つかあると言う事か、考える事は幾らでも出来るが今はその時ではないだろう。少なくとも、ドーンが散歩する犬よろしく本体の元に案内させている真っ只中に襲われたと言う事は、一本や二本ではすまないという事だ……想像するのは遠慮したいが現実には勝てない。
先ほどとは違い、盾ではないが前衛にいた人達がいない為に必然としてキャシーが前衛として出なくてはならない。触手は相変わらず、うじゅるうじゅると音を立てて這いずり回って着てはそこいら中にびったんびったんと吸い付くように動き回っているので人の様に視覚で相手を捕らえていると言うわけでは無さそうだが、やはり先ほどとは違いまっすぐに向かってこないと言う事は相手にも事情と言うものがあるのだろう……触手の事情と想像して正直、秋水はこみ上げてくるものを感じずにはいられないが。
「くっ……!」
流石に、いかに『女中王』の名を冠するキャシーとは言っても不意打ちで力技でこられると全力を出し切る事は難しい様だ。押されている、とまではいかない辺りが流石と言いたくなるが見ていた秋水とて余裕があるわけではなく「ひぃぃぃぃぃぃっ!」とか情けない声を上げながらもぎりぎりの所で何とか避けていると言う状態だ。
「秋水様、どうやら触手どもには役割分担がある様です」
「……そそそそそそそう」
「どもるにも程がございませんか?」
「おおおお大手数ううううううううかあああああああああ」
「……もう宜しいです、口を閉じていらしてください」
ぴたり
自分で口を閉じろといって何ではあるが……以前からそうだとは思っていたが、あまりにも素直すぎてキャシーは戸惑いっぱなしだ。
「な……!」
「秋水様っ?」
これは、恐らくはキャシーの失態ではないだろうと秋水は思う。
なぜなら、まさか将来不明に近い生物的な触手がいきなり先っぽから分裂して片方を囮にしてもう片方でキャシーの仕える相手に巻きついて攫っていくなどと想像がつくかと言われたら無理もないだろう。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぐぅううぅぅぅぅぅうぅうぅぅぅぅいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ?」
ドップラー効果も空間に響きながら、西部劇で馬に引き摺られるが如くの有様で触手によって引き摺られてゆく秋水は背中が痛いとか言う事を考えながら、足の方向に軽く走っているだろう足音を感じて……ここで何か感じる所があったのだが言葉には出来ない感じも同時にして。
「痛ぇしっ!」
がつん
通常、この都市の屋台骨的な形で作られているのだから曲線がメインに作られている地下水路だが。それでも、幾つかは柱だったり直角に曲がるような所と言うものは存在する。ちょうど、その角のどこかに頭をぶつけてしまえば痛いのは普通だ。
「ふざけんなぁっ!」
秋水には本来、好戦的な精神と言う持ち合わせはない。本人曰く「世の中が面倒くさくて怖くなってイヤになって引きこもっていた」と言う程度には面倒臭がり屋で、本人曰く「平和主義」だ。
出来るならば、可能な限り人と関わらずに生きて生きたいと切に願っていたくらいだ。
とは言いながらも、本人曰く「普通の人」と自称するくらいなので被虐趣味はない。やられたらやり返すまではいかないとしても、謂れのない暴力に対して何も感じないとは言わない。
キャシーはとっても出来たメイドさんなので、フォローすると「面倒だから引っ込んでろや」と言うのを遠まわしに伝える為に「あえて」逸れました。他の人たちにとっては割とどうでも良い話なので放置しました。
……あれ、フォローになってないかな?
因みに、実を言えば秋水の本性は結構口悪いです。
では次回予告。
「わざと逸れただけで迷子じゃなかった、事件が終わったらしれっとした顔で合流する気満々だったキャシーを出し抜くとは、やるね!触手!」と言う感じになりましたかねえ?




