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103 立て、走れ、そして狩れ

貴方にはいるだろうか、ともに戦場へと向かう誰かが。

貴方にはあるだろうか、戦場で行く理由が。

貴方には思うだろうか、その隣に立ちたいと思う者が。


さあ、戦いの幕開けだ。



※ 今回は残酷な表現こそありませんが戦闘シーンが微妙にあります。本当、真面目に微妙。


「散会!」

 誰の声かは判らなかったのは、単に秋水がキャシーに飛び掛られたからだ。

 ついでに言えば、視界が塞がったのはキャシーが自分自身ごと大きな布的なもので覆ったからだ。

 とりあえず、飛び掛られた際に秋水の位置になかなかふくよかな物体が押し寄せてきた事は割りとよくある事だったりするが、もしも色気のある空気を醸し出していたら即効で「貴方の見た事ない世界」に飛ばされるのだろうと言う事を本能レベルで認識している以上、秋水は決して邪な考えを抱く事はないと確信している。

 沢山の音が重なり合って同時に発生しているので、脳に届く音は一つ一つを分解して状況を理解するのは無理だと早々に諦める。

 この地下水路には遮蔽物が基本的にないので、秋水は悲鳴をあげる(いとま)もなくキャシーによりぶん回されている……文字通り、人形のようにぶん回されている。もし乗り物酔いのしやすい人物なら早速こみ上げてくるものと戦わなければならないだろう。

「秋水様、お手数ですがこちらにおいで下さい」

「……了解しました」


 これはアレですね「大人しく隠れてないで人の手を煩わせたりしないで下さい」と言う事ですね? 同時に「言う事聞いてくれないと、何があっても知らないよ?」の意味ですね。


「仕事は忠実にこなす所存でありますので」

「……お手数おかけします」

 キャシーの内心を正確に言い当てたような気がした秋水は、ふわりと掛けられた大きな布……ドーンが着ている様な長衣の様なものを身にまとう。秋水の目ではうっすらとした明かりの中で以前も見た触手の様な物体が置くの方から伸びてきたのは見えていたので、お言葉に甘える気は満々だ。

 はっきり言って、映像的に脳裏から排除したくてたまらない。

 同時に、以前とは少し違う感覚もあるのだが言葉には出来なかったのと色々な意味で余裕が全く無いと言う事実もあったりする。キャシーは防衛側に踏みとどまっているのではある……遠目にも距離感を保ちつつ防衛しながらも攻撃的な感じがするのは意外にもアインスだ。性格から考えると怖がって逃げるのではないかと勝手な事を思っていただけに失礼ではあるが、やはり意外感は拭えない。

「キャシー、アレはなんだと思う?」

 声をかけるなとは言われなかったので、秋水は思った疑問を口にしてみる。

 通常ならば戦ってる相手に対して声をかけるのは邪魔になると判断出来るが、どちらかと言えば余裕があるとキャシーも判断しているのが判ったのと。声をかけて欲しくないのであれば、キャシーは最初に言う。それは秋水が前もって以前に「声を掛けられて困る時は言って欲しい」と言った事があるからだがキャシーがそれを受け入れたからと言うのもある。

「そうですね、本体がこちらまで出て来ていないと皆様方も思われておられる様ですので何とも申し上げにくいのですが……魔生物の類ではないかと思われます。魔獣と言う可能性も否定しにくい事ではありますが、方向性のようなものが確定すれば話が変わるかと思いますが」

「つまり、情報不足?」

「はい、恐れながら」


 それはアレですね「ほとんどお前が食い尽くしたから研究が進んでない」と言う事ですね、すみません。


 言葉ではない部分で語った言葉を感じたのか、キャシーが前を向いていた視線をちらりとこちらに向けた。

 この主従ぽい関係者の二人、そう言う意味ではよく似ているのかも知れない……他の人達はこちらを認識はしているだろうが、上位ランク保持者のキャシーがついている為に信頼感は天井知らずの為に気に掛ける様子は欠片もない。アインスに関しては余裕がないのだろうが、よく見ているらしく足裁きに不安定な所は全く無い。

 アックス……斧を武器にしているあたり、どうしてもリーチは短い。長剣と言うほど長くもなく、短剣と言うほど短くはない。腰からふくらはぎ程度の長さの刃を身に着けているレンに比べればと言う注釈がつくし、鋼の糸を操るドーンに至ってはリーチがどこまであるのか判ったものではない。

 ただ、どちらにしても防戦に集中しているキャシーの本日の武器は数十センチと言う所で床用埃取りに見えるし、秋水の背後に居るラーカイルに至っては武器すら持っていない……ギルド名『聖なる魔剣』と言うからには剣を使うのだろうと思えるが、そう言えば剣を持っている場面すら見たことない事に気がつく。

「……て、ラーカイル先生っ? いつここにっ?」

「ははは……気が付くのが遅いですよ、秋水君?」

「おや、ラーカイル様ならば先ほどからいらっしゃいましたが……何か問題でもございますか? 秋水様?」

「て言うか、いましたっけ……?」

「いやいや……最初からいましたが、それが何か?」

 嘘でしょ、それとは思っても口には出さない出せません、と言う言葉も秋水は飲み込む。

 一応、オブザーバー的な責任者としての役割はあるので本来ならば共に地下水路に入る事にはなっていたのだが、地上に残って庁舎と言うより怪獣戦争二人の事を何とか引き留めて欲しいと懇願……あれは、まさしく懇願されていた。

「地上は大丈夫なんですかね……」

 漸く搾り出す事が出来たのは、その程度と言うもので。

「仕方がないので、お二人共に睡眠薬と酒精を投与して置きました」


 今頃になって薬が効いてきて、恐らく半壊程度で済んでいるのではないでしょうか?


「色々とツッコミたい所が満載な様な気がするんですけど……先生……」

「気にしたら負けますよ」

「何にですか!」

「色々な事に、ですかね?

 どちらにせよ、頼まれた事は行いました……別料金で倍額ふっかけてやる……」

「ラーカイル先生、何怖いこと言ってるんですか……」

 穏やかな顔をしながらも吐かれる台詞が黒いと、その格差に色々な意味で衝撃が伝わるものだと秋水は知る。

「……おや、ついうっかり本音が。

 何しろ、あんな下らない事の為にドーンとの蜜月を邪魔されるなどと言う事態に……何しやがるんですか、レン・ブランドン。危ないじゃないですか」

 つい、とラーカイル医師が白衣を翻して僅かに場所を移動したと思うと。たった今までいた場所には僅かな合間でぐさりと剣が付きたてられている……ちなみに、この場合は武器の選択肢から一人しか該当者は存在しない。

「おやおや……こんな所で何をサボっているんですか、ラーカイル先生?」

「生徒の実力を添削するのも仕事なのでね」

「と言うより、都市国家レベルの依頼を生徒だけに押し付けるな!」

「出来の良い生徒を持つと、教師としては非常に楽が出来ると言うものです」

「て言うか、僕はギルドとは何のかかわりもないんですけど?」

「勝手に潜り込んで来たのはレン・ブランドン君ですし、上級ランク保持者が二人も居れば十分でしょう。何より、使えるのですから使われるのは諦めて下さい……良いのですか? 私を相手にしていてドーンの身に何か合ったとして後悔するのはレン・ブランドン君ですよ?」

 片やぎりぎり、片や余裕の表情で両者にらみ合っているが……。

 先に折れたのは、レンだった。

「絶対にいつか倒す……!」

「ご安心を、返り討ちにしてさしあげますから」

 謎の物体はまだ、うにょろんうにょろんと動き続けているのに平和な人達だと思わないでもない。

 もっとも、秋水がそう思っているのは相変わらず視覚的暴力の為に現実逃避をしているからと言うのもあるし。同じ程度は守られている事で心に猶予があるからだと言うのもある。

 褒められた話ではないが、秋水にとっての今の状況はどこか絵空事に近い。

「まったく……大の男が二人も揃って子供の様な事を……」

 思わず呟いてしまったキャシーの言葉に同意したいのはやまやまだが、自ら剣を振るって戦っているわけではない秋水に口出しする権利はないと思う。一応、確かに届けられた投擲用短剣は装備している。直ぐに狙いを付けて投げようと思えば出来るだろう、命中率についてはともかく殺傷能力は高くないのが投擲用短剣の特徴だから、一本を一度投げたら使い捨てに近い筈だ。それでも、秋水の血液を交えて作った事と合成魔石を付けた事で何かしらの付与効果はあると思われるのだが……そのあたりの講義(レクチャー)などを含めた全説明が職人都市のトップ二人の暴走によって省かれたのだから秋水的には怒って良いのではないだろうか?

「別にいいじゃないですか、キャシーさんも少しは肩の力を抜いた方が良いですよ?」

「……秋水様に悪い影響を与えると判断した場合、職務を遂行致しますのでお気をつけ下さいませ?」


 特に夜中の背後に。


 言われたわけでもない秋水の背中はゾクリとしたが、言われた当の本人は少なくとも秋水の目から見て何かを感じたようには見えない。動じないからなのか鈍感なのか……お互い、ギルドの上級ランク保持者同士が鈍感と言う事はないだろうと思われるので、あえて受け流しているだろう事は予測できるが……間に挟まれた秋水としては溜まったものではない。

「それにしても……長いね」

 ラーカイルの視線は目前に固定されており、先ほどからの本人曰くの軽いやり取りの間ですら逸らされる事はない。キャシーも先ほどの秋水を一度だけちらりと見ただけで、基本的には目前の状況から目を放しては居ない。

「防戦一方であれば致し方がない事ではないかと……せめて、本体を引きずり出すか本体の居場所が判れば話は違うのではないかと思われますが……」

「正体不明ってあたりが判断に困るかな?」

 魔生物、と呼ばれる存在がある。

 幾つかの魔力的実験により生み出された魔獣に近い生物ではあるが、人工生命体に近い。秋水の脳裏には合成獣(キメラ)と呼ばれる空想上の存在が浮かんだが、単純に考えればそれに近い。

 ただ、両者の違いは人工的に生まれるか否か。自然発生するか否か。そして。

「魔生物って……食べられるの?」

「いやあ……直接生齧りしたのは私の知っている限りシュースイ君が始めてだから少し判りませんかねえ?」

「ラーカイル先生、もしかして何か色々……ありました?」

 どうにも、秋水の目から見てラーカイルは何か……色々あったのだろうかと言いたくなる程度に最初のイメージから崩れてきた様な気がする。

 確かに、以前と変わらぬ眼鏡に白衣姿だ。その眼鏡は汚れも無く魔法で視力補強とは全く別な効果がついているらしく地下水路での足取りに迷いがないらしい。白衣も汚れの一つもなく、前こそ開けられているがぱりっとした感じなのは秋水の目がおかしくなっていなければ最初と同じだろう。

「まあ、確かにありましたけどね……色々と。

 言える事の一つとして、アレは魔生物としては……色々と言いたくなるあまり言いたくなくなる生き物です。と言うより、何故あんな形になっているのか不思議としか言い様がありません。

 あと、そんな不思議生物を生齧りしてしまったシュースイ君の体調を考えるとドーンが何を考えているのか……現在安定してるのが不思議なくらいで研究心はくすぐられます」

 何故だろうか、秋水とキャシーは同時になにやら怪しい状況に転がるのではないかと言う気がしてならない。

「秋水様の御身に悪影響を与えるような事は考えるだけ無駄でございますよ? ラーカイル様?」

「それは当然……人の形をしたものを、意味なく傷つけるのは本意じゃない」

 ラーカイルが渋い顔をしたのは珍しいらしく、キャシーの意識がぶれたのがラーカイル医師にも判ったらしい。

「私の過去を知っている人からすれば、それは当然だと言われる自信がありますよ」

「秋水様に悪影響を与えないのであれば、ラーカイル様がどの様な過去を背負っておられても問題はございませんが。それが何か?」

「いや?」


久しぶりに沢山声を出したドーン。

いい加減に溜まっていた様です。

魔生物という単語は僕の造語なので「違うんじゃね?」と思ったら正解かも知れません。もし、他の方の小説などでお見かけした事がある人は「パクリじゃね?」と思われても僕には心当たりがありませんので、こっそり教えていただけるとありがたいと思います。


さて、次回予告。

「ドーンが活躍するですってっ!?ちょ、世界を崩壊させるつもりですか!と思った人物が一人いたりしますが誰かは内緒です」

と言う感じで進むんですよ。

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