102 始まりはいつも暗闇
もし、真実「生まれた瞬間」と言うものがあれば何時だろう?
母親の胎内から出てきた時? 初めて記憶を持った時?
それとも、細胞が結合した瞬間?
何にしても、どんな状況であったとしても。
きっと、始まりの記憶は暗闇から光差した瞬間なのではないだろうか?
「キャシー?」
レンの言葉が響いた事を、一行はすでにおかしな事とは認識しなかった。
「どうやら、妨害されているようです……魔力がそこかしこに充満している所から拝見しましても、すでに『お客様』は私共を『敵認定』されておられるようです」
「あんまり嬉しくない情報だね……というより、この場合は僕らが奴らの住処に踏み入ってる『お客様』になるんじゃないかな? 別に良いけど。
レインさん、通路はこちらで宜しいですか? 障害が酷くなっている以上、これで間違えていると言う認識は難しいとも思いますが」
本来ならばアインスの台詞ではないかと言う気もするが、何故か「討伐系の経験は少しはあるんだ」と言う事で前衛にレンとアインス、後衛にドーンが居る。後の者は基本その間にあり、キャシーは秋水と離れるわけにはいかないのでやや後衛より。ラーカイル医師はもう一人を護衛する意味もあって、同じくやや後衛よりだ。
もう一人……最初に、この職人都市レイニアス=シティへ彼らを案内した人物。
レイン。
「はい、道筋は間違っていません……とは言っても、隠し通路などがない限りはほとんど同じ通路に最終的には出る仕組みになっているんですけどね」
最初に見た時と同じ、淡い色彩の人物は怪獣大戦争の真っ只中を「こっそり出ちゃおうか」と相談している一行の中に紛れ込むように現れて「僕が共に行動する事で皆さんの行動記録となります」と言いだした。
本来、依頼人の許可なく事態の収縮に乗り出すのは契約違反と取られてもおかしくないが状況を鑑みるに「放置しておいたら間違いなく別方面での面倒が舞い込む」とか「親方、最初から俺達だけで何とかしろっていってるし」とか「所属ギルドも最終的には個々の判断に委ねるとかいってるし」などなどの都合の良い事だけを盾に動く事をほぼ決めていた矢先の渡りに船と言う感じだ。
唯一の不安どころと言えば、レインも「それなり」の役職ではないかと言う質問には「最高権力者があの状態では、大した仕事は出来ませんから……」と言うあたり、なかなかに苦労している様だ。これは職員の誰に対しても言える事ではあるが。
そう言う意味から考えると、これまでの虫扱いされていた使用人達はよくもあんな事が出来たものだと感心してしまうが、当のイル=スはほとんど国には帰らず。周囲の雑音に辟易した親方に至っては数十年にわたり引きこもりだった事が彼らの増長を促したと言うのだから、頭痛が痛い。
「何だって一人で出来ると思ってきたツケを払っているだけですから、皆さんは気になさらなくても良いですよ」
さらりと言ったレインの台詞は、本音なのだろう。
それにしても、オブラートにも包まずに言うあたりは……この地下水路での言動が地上には響かないと認識しているのだろうか?
「あ、でも皆さんはこの事については隠してくださいね」
流石に、人の口に戸は立てられない事くらいは知っていると言うことなのだろうか……。
「地下水路には、正式な道以外にも抜け道的要素があると言う認識でよろしいでしょうか?」
キャシーの言葉に、レインは「ええ」と首肯する。
「元々は、この都市に付随するようにして地下水路も形成された……というより、元来は地下水路があってこそ地上の都市が建設された様です。結局、地下水路も元来の地形を利用した上で作製されていると言うのもありますしね。
ですから、地下水路を作る際に残された地盤は頑丈なものが多いのが特徴です」
そうでなければ、今頃は補強してあるとは言っても都市全体が沈むと言うのではなく要所要所で経年劣化する事によって崩落事故などが起きている可能性が高いと言う話もある。
「この地下水路って、魔法とか使ってたりするのかな?」
「そうですね……いえ、魔法の残滓となると素材的には使われておりません。どちらかと言えば魔法を介入しにくい素材、とでも申しますか……」
じっとキャシーが見つめる先には、どこまでも続くと思わされる地下水路の壁が延々と続いている。
地下の割りに汚れていないのは、時間によって満潮などで水によって自動線状されているからと言う予想外の不確定事項のおかげだが。ほんのりと光を放っているのは元来の素材だからと言う事らしい……ヒカリゴケの一種と言う見方も出来るが、お互いの放つ光によってお互いの光をカバーしていると言う所か。代わりとばかりに、外部からの光を本来は吸収して蓄光、放出と言ったシステムの筈の壁は外部から新たに届けられた松明の光を毛嫌いしているらしい。
「と言うより、太陽光を吸収して伝達する替わりに他の光明を嫌っていると言う感じでしょうか……?」
「昔は、そんな事も無かったと言う記述があるのですがね……長い時間を特にこれと言った補修作業も行ったりせず。また、この地下水路に出入りする者達も後ろ暗かったりする関係で強い光を好まなかったというのも背景の一つとしてある様です」
確かに、強盗だとか浮浪者だとか、みつかると不味い部類の人達が地下水路で酒盛りなどしていたら一発で見つかって捕まってしまうだろう。
と、一人静かにうむうむと頷いていた秋水。
「見つかると即効で殺されてしまうのはいただけないと言う事なのでしょうね」
「えぇぇぇぇぇっ?」
大騒ぎで驚きの声を上げるのは秋水だけで、他の面々は「え、なんで驚くの?」と言った顔をしている。
様に見える。
「……俺、なんかおかしい?」
「いやあ……なんて言うか……」
と、アインスは困った顔をしている。基本、善人ぽい人種であるだけに心底コメントに困っているのだろう。
その代わりとばかり、ちょうど良いのか他の面々は視線を逸らしてしまったが。
つまるところ、説明を丸投げされたと言う事になる。
「もしかして……?」
この場には、秋水の事に関して部外者のレインと言う存在がある。
ならば、秋水ははっきりと己が異世界からの来訪者である事は告げないほうが良い筈だと言う程度の知能はある。とは言っても、本来ならばアインスなどには知られて良いのだろうかという気もしないでもないが……そのあたりに関しては今すぐ考える必要はない事にする。
今更などとは言ってはいけない、感じてはいけない、想像してはいけないと己を奮い立たせてみる。
「地域によるんじゃないかなあ? ほら、船だと泥棒すると海に突き落とされるし、ウチのほうだと犯罪してなくても親が谷に子供を突き落として岩を落としても帰ってきたら夕飯が食えるとかあるし……」
「どこの獅子の教育方針っ?」
「そういうところが多いからなあ……半分は口減らし的な意味と見せしめ的な意味もあるけど」
「はあ……すごいな、色んな意味で。
ええと……俺の居た所って、すんごい僻地だったからなあ。て言うか、下手するとどんな手でも良いから子供でも良いから一つでも人手が欲しいって感じ? だから、悪い事したら何度か注意とか罰とか与える程度にしないと生きてこられないというか……」
咄嗟ではあるが、そもそも秋水の事に関しては誰も何も相談すらしなかったのだから即興で頭の中をフル回転させなければならない。今まで誰一人として秋水の事について興味やら好奇心を……少なくとも、正面からぶつけてくる人はいなかったし隠したほうが良いだろうとは思っても、そこまで言明されていたわけでも厳命されていたわけでもないのだから秋水の落ち度と言うほどの事はないと思うのだが……何やらすっきりしない気もしないでもない。
と言うより、内心では咄嗟に嘘をついてしまったがよかったのかどうかすら判断がつかないと言う状況だ。
「なるほど……シュースイさんのいた所は随分と閉鎖的で平和な所なんですね」
「はあ……まあ、訪れる人なんて滅多に無かったから……」
秋水の自宅には、と言う限定だが。
とは言いつつ、それも実際には確かかと問われるとどうだろうかと言う疑問もある。
何しろ、秋水の記憶は簡単に言えば虫食い状態だ。重箱の隅を突くように説明しろと言われた日には、恐らく合格点は欠片ももらえないだろう。
「確かに、そうなると滅多に人手を無くすわけにはいきませんね。子供であろうと立派な労働力である事に代わりはありませんし……」
「そうそう」
だが、とりあえず今は話をあわせておいたほうが良いだろう。何となく。
他の人たちは誰も止めないし、かと入って後押しもないのは乗れないからと言う事かも知れない。
「では、どうして都市へ出てこられたのです?」
「ええと……その当たりに関しては……実は、あんまり覚えてなくて」
「覚えていない?」
別に嘘つきになるつもりも予定もないが、世の中には詐欺師の理論と言うものがある。
全て事実を口にすれば、それは嘘ではない。
全て嘘を口にすれば、それは理論的な破綻に気が付かれる。
理想的なのは、2:8の割合で真実と嘘を混ぜる事だ。口にしている本人が事実と嘘の境界線が曖昧になってくれば尚良いだろう。説明を求められても嘘ではない、けれど事実でもない事を織り交ぜる事によって新たなる真実を紡ぎだされる事になれば、それは完全な事実を越えて嘘を越えて真実となる。
「学園都市に現れたのは最近の事らしいんだけど、どうも最近の事が結構曖昧で……倒れてる所を助けてもらったらしいんだ。スーパーメイドなキャシーも付けてもらって、至れり尽くせりして貰ってる。
俺が今、この都市に来てるのって色々な経験をさせて記憶を取り戻す手段の一つとする……というのが理由の一つだったらしい。そりゃ、こんな大きな仕事だなんて最初は俺も気が付かなかったし最初はアインス達も様子を見る程度までの仕事を請けていたつもりだったんだろうけど」
ちらりとレインが周囲を見回すと、黙々と行軍を続けるが誰からも否定の声は上がらない。
「皆さん、どうかしたんですか?」
レインの言葉にも、どうしたものかと言う空気が流れているのだけは秋水にも理解出来る。
理解出来るのだが……やはり、何一つ打ち合わせらしい打ち合わせをしていなかった秋水にしてみたらレインと同じ程度には戸惑うだけだ。
「ええと……キャシー?」
「はい、何か御用でいらっしゃいますか? 秋水様」
ちらりと、目線で秋水はキャシーに問いかける。
常ならばこちらが、そこまで聞いてないんだけどと言いたくなるほどの勢いで情報を流し込んでくれるキャシーにしては珍しく歩みを止めずに微動だにせずこちらを見つめてくるだけだ。
正直、歩く蝋人形みたいで秋水は恐怖心を覚える。
いつもとの違いが不明と言う見方もあるが、かと言って普段とは確実に違うところはある……様な気がするのも確かだ。
「どうかした?」
「何がでございますか?」
口で語る言葉以外で、秋水には理解出来ない技術などで彼らは会話を可能としているらしいと言うのは。割と以前から知っていたのは確かで、けれどあえて「どうやってるの?」とか聞かなかったのは「きっと聞いても教えては貰えないだろう」と思っていたからだ。それに、必要であるとキャシーが認識したのであれば嫌がっても放っておいても無理にでも秋水は習得させられていただろう。
しかし、今の様な状態となれば話は別だ。
「キャシー、俺は皆みたいに言葉ではない所で理解する事は出来ない。少なくとも、出来るとは欠片も思わないし、やった事がないって事を抜きにしても出来るとは思えない。
だから、悪いんだけど皆が何を相談して何を決めたのか……出来たら、教えて欲しい」
一拍の空白があり、何かの躊躇いを見せたと思った。
少なくとも、秋水がそうキャシーは反応したと思った次の瞬間。
ぶつ切りです。
そろそろクライマックスです。
最初からはクライマックスなんてやりません、やりませんよ?
何事にも準備段階は必要なのです、そして。
そろそろ行きますよ、クライマックス。
とか言ってみる次回予告。
「始まった戦闘、柔らかい双丘は通常は幸福の象徴かも知れませんが気にしたらデッドラインDESU! 野郎にとっては超死亡フラグ。痴漢行為もそこまでの覚悟が欲しいものですね! 勿論社会的制裁は通常運行ですよってわけで恨みはないですが貧血で倒れた時にホームへぽいされた事は当分忘れません、昨年の話ですけどね」
と言う意味不明な所から始まります。




