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101 トンズラをこくのは防衛本能って事で

人と言うものは案外外側に居る状態こそが理解を深める事が出来るものらしい。

状況の中側に居ると理解が出来ない事があるのは、情報が一方通行になるからだ。故に、別の方面からものを見る事が出来ないからどうしても何度考えても同じ答えしか出てこない。


故に、一つ提示したい。

逆でなくても良い、少しだけ。一歩で良い、ものを見る角度を変えてはいかがだろうか?


「つ……疲れた」

 珍しく白衣を日常業務以外で汚したラーカイル医師は、滲ませた疲労感から独特の背徳感を駄々漏れさせている為に周囲ののぞいてくるメイドさん達は遠巻きながら視線が痛い。ついでに怖い。

 もしかして狙われてるっ? と思うだろうが、もしかしなくても狙われていると言うのが正しい。

「なんでいきなりこんな目に……僕らが何したって言うんだ……」

 掛け値なしにぐったりとしているアインスは、意外な事にラーカイル医師に次いで視線をびしばしに集めまくっているが……完全に無視している。これはアインスばかりを責められる話ではなく、殺意の含まれない意識や視線は排除する癖がついているだけの話だ。

「説明いたしましょう」

 にょきっと生えたのは安定のキャシーで、他の面々が大なり小なりぐったりしている最中に一人で通常仕様だ。

 ただし、ドーンは判断がつかないので除かれるけれど。

「きゃ、キャシー……?」

「左様でございます、秋水様」

 どこから出したのかを考えるのは止めた秋水は、キャシーから差し出されたアサイーのドリンクを何とか飲みながら「これはもう超常現象のレベルだよなあ」と思っていたりする。

「僕らが知らない間に、一体何があったんだか……」

 どこか薄汚れた感はあるものの、流石に高価な服な為か怪我などは無い様子のレン。

 傍らのドーンは僅かに長衣に乱れがあるらしくて甲斐甲斐しくレンに世話をされているが、何しろ真っ黒くろすけな事もあってどこがおかしいのか素人目には判らない。

「確かに、これまでとは比べ物にならぬほど書類が届いている現在進行形というものはございます。差出人が異なりますので内容は微妙に異なりますが、簡潔に吟味した場合の内容はほとんどが先ほどの幾つかに分類されます。それはもう……間違い探しレベルでございます。

 加えて、市民からの苦情も同じだけ増加しております。怪異をはじめとしてアンレーズ工房の強引さと言うのも、含まれてしまうわけではございますが……まあ、それはそれで宜しいのですが」

「いいんだ?」

「はい、私共には何ら関係のない話でごさいますので。

 つきましては、呑んだくれ外交官が三日ほど禁酒をしているので対応に借り出されていると言うのがストレス解消を補って新たなるストレスを生じております」


 しぃぃぃぃぃぃぃぃん……。


 世界から音と言う音が消えると、きっとこんな感じなのだろうと誰かが思ったりしてみる。

 実際には、視界の隅でキャシーがお茶の支度をしているのだから衣擦れであるとかティーカップやティーポット、スプーンなどの擦れる音がしているとしても全くおかしくないのだが、そんな音は欠片も耳に届かない。

「と言う事は、イル=スさんって今……」

 なぜだろうか、室内に居る全ての人達の心が少なくとも「面白そう」と感じていない事だけは確かな気がする。

「酔っ払い外交官の癖して酔っ払っていない状態でございますので、生意気ですから絞めてまいりますか?」

「いや、無意味な殺人ってどうかと思うんだ……」

 と言うより、何故か「殺る」事が前提となっているのがおかしいのだが。

「遠慮なさらなくても宜しいのですよ、秋水様?

 イル=ス様のお嬢様も大変迷惑を蒙っておられりますので、奥様に送付成されているお手紙が長編小説並みになって送料の料金票を睨みつけて折られると言う事ですし」

「いやいや、遠慮してないし。て言うか、ナニソレ?」

「はい、イル=ス様のお嬢様は日々を日記として奥様に日々のあれこれを面白おかしく。時には平穏な日々に香辛料を混ぜ合わせているものを送られておりまして。お嬢様から送られたお手紙を奥様が娯楽本として出版なされてなかなかの売れ行きと言う事でございまして……」

「いやいやいや、もうどこからツッコミ入れたら良いかよく判らないよ?」

「ちなみに、秋水様がご覧いただいておりますシリーズ本でございます。先日も新章が展開された本が発売されておりますので、すでにお部屋には届けていただくように手配済みでございます」

「そうなんだ、それはありがたい……」

「つきましては、最新刊には私共の旅の記録も収めてあるかと……」

「いやいやいやいや! ナニソレっ?」

「私の楽観的希望的観測に過ぎませんが……」

 日記が本になって出版されていて、しかも自分達が出演しているなどと言われて平静を保てるほど秋水は神経が太く無いと自分自身で思っている。この世界では普通の事なのかと思って周囲を見回していると、それが当然の事として受け入れているのか。それとも、単に理解が及ばないだけなのかは見ただけではよく判らない。

 と言うより、秋水にしてみれば一安心させてもらったと思ったら叩き潰された様な気持ちだ。

「ですが、流石にありのままでは問題がございますので奥様の検閲的に名称及び団体名などにつきましては修正が入っておられますし。また、今頃は『珍しく正気を取り戻した駄龍VS王様』の久々の戦いとして実況中継を……皆様、いかがなされましたか?」

「いやいやいやいやいや! 止めろよ!」

 こくこくと全員が首肯した姿を見て、キャシーは文字通り「はて?」と小首を傾げる。

「何か問題でもございますか?」

「いや、どこに問題がないのかが俺は知りたい……いや、知らなくて良い」

「さようでございますか」

「さようでございますよ」

 許されるのならば、それこそベッドに潜り込んで「嫌な夢は早く忘れよう」とばかりに不貞寝してしまうのが秋水の本来の行動パターンではあるが……残念ながら、この世界においてそんな事をしておくのはどうかと言う話もある。別に、それをする必要はないと言っても構わないのではあるが体に染み付いた癖と言うのはなかなか抜けないものである。

 とは言っても、ふと見ればアインスは秋水よりも更に判り易い感じで頭を抱えて現実逃避してはドーンにぺしぺし叩かれ、その向こう側に居るレンに「それ呪いだから!」と言いたくなるほどの形相で何かを呟いている/……それを許容しているドーンの心の広さに感心するべきか、それとも何かを悟っているとして同情するべきか悩んでみる。

「では、皆様」

 そこでキャシーが声を発したのは、どう判断するべきなのか。

 ここが事件真っ只中のサスペンス小説のクライマックスであるのならば「名探偵、皆を集めて『さて』と言い」と言う所だろうが。

「出発の支度を行いましょう」

「「「「はい?」」」」

 ラーカイル医師、アインス、秋水、レンの声が重なった。

 ここで更に「はて?」とばかりに反対側にこくんと頭を傾けるキャシー。

「流石はドーン様、秋水様曰く空気を読んで行動を起こされておいでですね」

「ど、ドーン……?」

 すすす、とキャシーの側に近寄ったドーンは。長衣の内側に色々と仕込んでるあるらしい道具の点検を始めた。

 無言でキャシーに小さな白い手を伸ばすと、阿吽の呼吸で「どうぞ」と手渡されるのは整備の為の道具らしい。

「皆様は依頼を果たさないおつもりでいらっしゃいますか?」

 面々の顔を見渡したキャシーは、更に「はて?」と小首を傾げる。

「つきましてはラーカイル様、このままですと色々な意味で御身も危険ゲージが……それも面白いかも知れませんね」

「どう言う意味だい、キャシーさん?」


 ばちばちばちばちばち!!


 出来れば、二人とも良い大人なんだからもう少し攻撃的にならないで居て欲しいものなんだけどなあ……などと、年少組みが思ったり思わなかったり。

「そりゃあ……あのままだと、親方VS龍の対決に巻き込まれたり。巻き込まれたりした人達から何とかしてくれって訴えられたり、怪我人とか出たら治療とか依頼されたついでに言い寄られて押し倒されたり……あ、本当に面白そうかも?」

「レン・ブランドン君?」

「何ですか、ラーカイル先生?」


 ばちばちばちばちばち!!


 だから、良い年齢……じゃないのは片方だけど。少しは大人になって欲しい……と思った面々は間違っていないだろう。

「と言うわけで、秋水様とアインス様の武器はこちらでございます」

「「あ」」」

「……強奪してきた?」

「無礼でございますよ、レン・ブランドン様?」

「ごめんなさい」

 思わずと言った感じで口に出ていたらしいレンの言葉に反応したキャシーには、何かを感じたのだろう……レンが思わず謝ってしまうような、何かが。

「これ……」

「あ、ちゃんと合成魔石ついてる?」

「メイジャ工房は歴史ある技術工房でございます、一度引き受けた依頼を蔑ろにする様な根性を持ち合わせて居る者は当代の工房にはおられません」

 じぃぃぃぃぃぃぃん、と感動するのは当然かもしれない。

 あの瞬間の子供達二人と大人の感触から言ったら、仕事を途中で放り投げだされる可能性とてあったのだ。

 少なくとも、引き受けた仕事を餌にもう一度くらい呼び寄せられる事くらいは想像出来なくは無い。

「とは申しましても、当事者のドーン様とは同じパーティであると言うだけで何の関係もないお二方だったからこそ仕事を仕上げていただいた事やら、こうして武器そのものではなく合成魔石の仕事のみと言う事があったからこそ。また、この仕事の仕上がり次第でメイジャ工房の復活を伴う足がかりともなるべきだと言う見方もございますので、運がよかったと言う見方もございますが」

「何か、途中まで良い話っぽかったのに。がっかりと言うか残念と言うか……」

「問題でもございますか、アインス様?」

「イイエ、ゴザイマセン」

「超棒読みでございますよ、アインス様?」

「ソレデモ、ゴザイマセン」

 どこから出したのか、テーブルの上に置かれたのはメイジャ工房で作った投擲用の短剣と斧。

 斧は付け根と手持ちの部分の間に透明に輝く石の様な物がはめ込まれている。よく見ると、石の部分を中心として斧の全体にいきわたるように模様が描いてあるのが回路の様に見える。

 投擲用の短剣も似たようなもので、デザイン的にはそれほどの差はない。

 手に取ってみると、投擲などほとんどしたこともないけれど手に馴染む感じがするのは「作製する際に体液を混入したから」だそうだ。後は使いこなすだけではあるのだが、読んだ本にも感覚的にも経験がない以上は宝の持ち腐れ感がするのだけが残念だ。

「シュースイ君」

「ラーカイル先生……なんですか?」

 つい今し方まで、ラーカイル医師はレンと大人気ないいい争いをしていた筈だが飽きたのか。それとも休憩を挟むつもりなのだろう。

 こう言う事、実は割りとよくあったりする。

「これは言っていなかったキャシーさんにも問題があるのは確かだし、方針的にも仕方がない所もあるのは確かなんだが……出来れば、シュースイ君には武器を持って立ち向かって欲しくないと言うのが医師としての見解だ」

「まあ、確かに使い方とか判りませんから前線には立てませんけど……」

 やっていたのが元の世界で命の危険など可能な限り少ない、スポーツ的なものを少しやっただけなのだから、命をやり取りするような前線に出たくないと言うのもある。

 これは言わないから誰も知らない筈だが……実の所を言えば、秋水には命に関わる危険性が実感出来ていないと言うのもある。キャシー辺りは認識しているかも知れないとは思うものの、現実味を感じないと言うのはよくない傾向だと秋水は思っている……何度も倒れて、死に掛けた事すらあると言うのに。


いきなりぶち壊れた親方に訪れた変化……その意味する所はなんだろうかと言えば、きちんと考えているのでお待ち下さい。判る人は判るかも知れませんが、判らない人は想像も付かないかも知れません。普通ですね。


そんな感じで次回予告。

「別に無理に捻じ曲げようとか思ったわけじゃないんだよ、でも偉い人が構ってくれないと下っ端は大変だから脱兎のごとく逃げちゃったのは否定出来ない!でも選択ミスった感も……あれえ?」

と言う状況だったりします。ラストスパートいくぞお!

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