⑨
まるで命令のような言葉に戸惑ってしまう。
(さっきお父様と約束していたのに……どういうこと?)
再び何も返事をしないティメアを突き飛ばすように前髪を離した。
尻もちをついたティメアを見下ろすエミリア。
彼女がまったく知らない存在になっている。そう思った。
舌打ちをしたエミリアは背を向けて、あることを提案する。
「明日はわたくしも一緒に行って、ティメアを魔法研究所に送るわ」
「……エミリア」
「かわいい妹と会えなくなるのよ? このくらいいいでしょう?」
「あなたは妃教育が……っ」
「体調不良と言って誤魔化しておいて。お母様、よろしくね」
「……そんな」
エミリアは以前にも増して、やりたい放題だった。
久しぶりに両親と話している姿を見たため驚きを隠せない。
こちらを向いて微笑むエミリアが何かを企んでいるのかもしれない。
けれどティメアにはどうすることもできなかった。
──次の日。
ティメアはわずかな荷物を持って門の前に立っていた。
誰もいないと思っていたが、エミリアが一緒にいるせいか両親の姿があった。
こんな扱いをされたとしても十六年間過ごした場所だ。
わずかな希望と感謝に頭を下げた。
「今までありが……「エミリア、すぐに帰ってくるのよ」
「わかっているわ」
「魔法研究所に顔をだすなよ。わかったな、エミリア」
「約束するわ。お父様こそ、あの本を忘れないでよ」
まるでティメアはここにいないようだった。
彼らの瞳にはエミリアしか映っていない。
(……最後の言葉すら届かない)
最後だからと、期待をしてしまった自分に嫌気が刺す。
ティメアを心配してくれるのは執事や昔からいる年老いた侍女くらいのものだ。
彼らと目を合わせたティメアはもう一度だけ頭を下げて馬車に乗り込んだ。
エミリアが「狭い馬車ね」と、文句を言いながら後ろに続く。
馬車が発車する。馬車から見る景色は初めて見るものばかりだ。
本の挿絵で見た程度の街の景色しか知らないため、いつのまにかティメアは外を見るのに夢中になっていた。
彼女はいつも通りにペラペラと話すかと思いきや、黙って窓の外を見ている。
ティメアはエミリアがついてきた理由を考えていた。
もちろんティメアとの別れを惜しんでいるわけではないだろう。
魔法研究所に興味があるわけではないはずだ。
すると突然、エミリアから声がかかる。
「いい加減出てきなさいよ。一年も何なの? わたくしを試しているのかしら」
「…………?」
「チッ……なんでもないわ」
ティメアは首を傾げた。
はたまた何かを聞き逃してしまったのだろうか。
会話の内容がよくわからない。
「ねぇ……」
「……はい」
「お願いがあるの。聞いてくれない?」
ティメアは窓の外からエミリアへと視線を映す。
「魔法研究所で療養中のトリストン殿下を始末してほしいの」
「…………え?」
「そうすればルーシーは苦しむことになる。そうでしょう?」
ティメアは大きく目を見開いた。
どうしてエミリアがこんなことを言うのか、理解ができずに固まっていた。
「あなたらわたくしの願いを叶えてくれるわよね?」
「……っ」
「今までもそうだったでしょう?」
ティメアは何も答えられなかった。
どうして病で弱ったトリストンを始末しろと言うのか。
『ティメア嬢……』
トリストンに敵意を向ける理由がわからない。
あの時、トリストンに名前を呼ばれたことが忘れられない。
(……エミリアとトリストン殿下は何があったというの?)
すぐに返事をしなかったことで、エミリアは「聞いているんでしょう? まぁ、いいわ」と、不機嫌になっていく。
しかしこの願いを聞くことはできない。
エミリアの赤い瞳でこちらをじっと見つめていた。
(もしかしてわたしも石に……?)
瞳の色が変わったことに疑問を持ったまま、いつものように彼女が気が済むのを待っていた。
「やっぱり〝あなた〟には効かないのね。不思議だわ」
エミリアはティメアに何を期待しているのだろうか。
今までもたびたび会話が噛み合わないことがあった。
けれど今日はそれが顕著だ。
(目の色がいつもと違う……それを言ってもエミリアを怒らせるだけ)
ティメアは口をつぐむ。
「〝あなた〟が出てこないなら、こちらにも考えがあるわ。最後のチャンスよ。答えなさい」
「……エミリア、お姉様?」
「~~~~っ! そう〝あなた〟まで、わたくしを無視するの」
「なんのこと? わたしは……」
「そっちそのつもりなら、こっちにだって考えがあるわ」
エミリアがパチンと指を鳴らすと、馬の鳴き声が聞こえた。
つまらなそうに窓を見ている彼女が恐ろしくて、何が起きたのか問いかけることすらできない。
次第に街の景色が遠ざかっていき、ガタガタと馬車が揺れていく。
周囲には家や人がなくなり、枯れ木が広がった。
どんどんと森の奥深くまで進んでいき、不気味な景色に鳥肌が立つ。
(こんなところに魔法研究所があるわけない。一体、どこに向かっているの……?)
次第に風が冷たくなっていく。馬車が山道を乱暴に進んでいく。
様子が気になり御者を見ると、彼の首は変な方向に曲がっていて前を見ていないことがわかる。
ただ手だけは動いている。
それに馬の首にはエミリアの目元のひび割れのような跡が根のように広がっていた。
(な、なに……? 何が起こっているの?)
馬車に掴まり衝撃をいなすのに精一杯なティメアと違い、エミリアは楽しげに笑っていた。
目を閉じている彼女の目元には同じようにひび割れがある。
「ああ、この辺でいいかしら」
そう言葉を発した瞬間、馬車が急停車する。
しばらくすると扉が開く。やはり気のせいではなく御者の首はあらぬ方向に曲がっているではないか。
目は白目を剥いており、正気とは思えない。
ティメアは小さく悲鳴をあげた。エミリアは平然と彼のエスコートで馬車を降りる。




