①⓪
そして有翼のユニコーンが現れる。
不満そうな鳴き声を上げるユニコーンを撫でた。
しかし興奮しているのか頭の角をティメアへと向けて、足を動かしている。
今にもこちらに突っ込んできそうな勢いだ。
エミリアは躊躇いもなくユニコーンを撫でて、落ち着かせている。
「ユニ、いい子ね……」
彼女は言葉ではなく〝馬車を降りろ〟と、命令するようにティメアに視線を送る。
震える足を動かして、ティメアは馬車を降りた。
肌寒さと恐怖に自らを抱きしめるように腕を回す。
見渡す限り木があって、魔法研究所があるように思えない。
エミリアは森の中を進んで、何かを探すように辺りを見回している。
荷物を持ったティメアはエミリアの後に続く。
森の中を抜けると、断崖絶壁へと辿り着く。
奥には森が広がっており、空との距離がいつもより近い気がした。
もうすぐ日が沈んでしまうのか、オレンジ色に染まっていた。
端の方には月が見える。知らない景色に足がすくんでしまう。
「あの…………ここは……」
「もう一度言うわ」
エミリアはティメアの肩に手を置いた。
力がこもった指先が肩に食い込んだ。耳元に寄せられた唇。
「さっさと出てきなさい。姿を現せって言ってんのよ!」
「……!」
何も答えなかったそとでエミリアの声が荒々しくなる。
ティメアは何も答えなかった。いや、答えられなかったというべきか。
「わたくしのそばにいると言ったわよね? そうでしょう!?」
「…………っ!」
意味がわからないため、ティメアは何も返事ができない。
この態度がエミリアを苛立たせることはわかっていた。
(エミリアお姉様はどうして怒っているの……?)
予想通り、エミリアからは大きなため息が聞こえた。
久しぶりに彼女を怒らせてしまったようだ。ティメアは俯いた。
彼女の気が済むまでこうしているしかない。
「わたくしが、これだけしてあげたのに恩を返そうとは思わないの?」
「…………恩?」
「そうよ? 誰にも愛されないあなたをそばに置いて地下牢で飢え死にしそうになったあなたを助けたのもわたくしでしょう? 仕事をあげるようにお父様を説得したのもわたくしじゃない」
「……!」
「わたくしがいなければ、あなたは死んでいたのよ?」
ティメアが知らなかった事実が次々と明かされていく。
どうやらベリルバード公爵家にいることができたのはエミリアが必要としていたからだ。
(わたしが少しでも役に立つからじゃない。すべてエミリアのためだった)
今まで懸命にやっていたことがすべて無駄だった。
それに地下牢に閉じ込められたのはエミリアが嘘をついたからだ。
散々愛される自分を見せつけておいて、この言い草には笑ってしまう。
一度も恩を感じたことはない。地下牢に閉じ込められたあの時にすべて置いてきたのだ。
「それなのにわたくしの願いを聞いてくれないなんて、こっちは無力でなーんにもできないくせに生意気じゃない!?」
「…………」
「何も知らないくせに、被害者みたいな顔をしてんじゃないわよ……!」
崖の上にいるせいか、風が強く髪が舞ったせいでエミリアの表情を見ることができなかった。
「コイツを死なせたくなかったら、わたくしに平伏しなさい!」
その言葉を聞いた瞬間、息ができなくなった。
脳裏にこびりつくように何度も反響している。
ティメアは彼女の妹でも人形でもない。ただの奴隷だったのだ。
エミリアはどうにかして、ティメアを従わせようとしているのだろう。
(もう…………どうでもいい)
ティメアは反射的に言葉を返す。
「嫌よ」
「…………は?」
それはエミリアに初めて反抗した瞬間だった。
いつの間にか日が沈んで、夜が来る。
「ねぇ……〝あなた〟はどっち?」
「わたしは〝ティメア〟よ!」
その問いかけに、思わず自分の名前を叫んだ。
結婚という名目でベリルバード公爵邸を追い出された。
もう二度とエミリアに会うこともない。
魔法研究所がどんな場所かはわからないがもう彼女に答える必要はないだろう。
彼女に従う日々は魔法研究所に行くことで終わるのだ。
空っぽな自分が大嫌いだった。
でも今は少しだけだが自分のことが好きになれたような気がした。
「はぁ…………」
エミリアは大きなため息をついた。
「お前如きが、わたくしに楯突くんじゃないわよ」
そう言ったエミリアは当然のようにエミリアの頬を叩いた。
重たい痛み。衝撃にしばらく動くことができなかった。
エミリアの顔が怒りで赤くなっていた。
強い風が吹いた。風に押されて一歩後ろに下がる。
それと同時だった。
「わたくしのものにならないなら、いらないわ。消えてちょうだい」
「……え?」
エミリアに胸元を押されたティメアは浮遊感に目を見開いた。
「さよなら〝ティメア〟」
久しぶりにエミリアに名前を呼ばれたような気がした。
ティメアの体はどんどん落下していく。
なんとか手を伸ばすけれど、誰もティメアの腕を掴んでくれない。
──ワンワンッ
どこから犬の鳴き声が聞こえた気がした。




