⑦
それから一年後──。
十六歳になったティメアは一年前と変わらない生活を送っていた。
トリストンの病は治ることはなく、フェルナンが王太子になるそうだ。
ティメアは静かな日々を過ごしていた。
エミリアは未来の王妃になるため、王妃教育を受けるために城に通っていたからだ。
それと同時に頭痛も治っていた。以前よりよく眠れるようになったのだろうか。
時折、彼女がティメアのもとに訪れてくるが何個か質問をすると、すぐに去っていく。
また彼女の気まぐれだろうと思い特に気にすることもない。
相変わらずティメアは世界の中心にいて皆から愛されている。
両親も相変わらずだった。
一方で、ベリルバード公爵家に養子の話が出ていた。
ティメアに婿を取らせて、公爵家を継がせるということはまったく考えていないのだろう。
これだけティメアに公爵家の仕事を任せておいて、この選択はあんまりだった。
執事の助言もあったが、両親はありえないと言った。
久しぶりに心が軋む。
『これ以上、魔法を使えない人間を増やしてたまるか!』
そんな言葉が聞こえた。どこかでわかっていた。
もうすべて諦めたはずなのに、わずかな期待を抱いてしまっていたらしい。
それを振り払うように〝無〟になるしかなかった。
それが自分自身を守る方法だとわかっていたからだ。
(わたしの居場所はどこにもない)
執務室で窓の外を見つめながら執事と帳簿の整理をしていると、父が険しい表情で部屋の中へ。
いつものように嵐が過ぎ去るのを待つために、深々と頭を下げて待っていたのだが……。
「お前には魔法研究所に行ってもらうことになった」
「…………え?」
ティメアの表情が久しぶりに動いた。
目を見開いたまま固まっていると、決定権はないと言わんばかりに父は話を続ける。
「魔法研究所の所長と結婚しろ。貴族ではないが十分だ」
「結婚……」
「そういう条件を出した。お前の嫁ぎ先は平民くらいしかないのはわかっていただろう?」
「…………」
「立場ある者と結婚できるだけありがたいと思え」
突然の言葉にティメアは唖然としていた。
どうやら結婚相手は六十六歳でティメアと五十歳の歳の差があるそうだ。
(ああ、そういうこと……)
だけどすぐに父の真意を汲み取る。
ベリルバード公爵家のプライドがあり、魔法研究所に送るということをずっと拒絶してきた。
法案であっても、それをしたくなかった。
だからこそ結婚という形で、ティメアを手放すのだ。
「忌々しいルールのせいだ。あの男め……姿も見せずに法案を通すとは」
「…………?」
「陛下もルーシー王女のこととなると甘い。まったく……信じられない」
ルーシー・ジー・パディトム。ティメアより二歳上で王家特有の水魔法を持つ。
ロイヤルブルーの髪に瞳の色はわからず、目元は閉じたまま。
レースの布で覆われているそうだ。そのため盲目なのではと言われている。
召喚獣はそれは美しい虹色の鱗を持った魚で、彼女は未来予知ができるそうだ。
パディトム王国の未来の行く末を決めているのは彼女だと言われている。
そしてエミリアがもっともライバル視している人物だ。
この一年間、フェルナンの婚約者となり城を出入りするようになったエミリア。
だが、王家は光魔法よりもルーシーの未来予知を重要視している。
ずっと自分が一番で、お姫様のように育ってきたエミリアはそのことが心底気に入らないらしい。
最近では、城から帰ってくると大暴れで周囲のものを壊してしまう。
手がつけられないエミリアに、さすがに彼女を溺愛している両親も手を焼いているそうだ。
侍女たちもよく愚痴を吐いている。
彼女たちの心休まる場所はここにしかないのだろうか。
それにエミリアに部屋に呼び出される回数も増えた。
そこでティメアは永遠に愚痴を聞かされている。
だからこそ、ここまでルーシーのことに詳しいのだ。
『お高く止まって偉そうに……! わたくしより上だなんてありえない。光魔法の恩恵は未来予知を勝るでしょう!?』
『みんなそう! ルーシー王女、ルーシールーシーッ! もううんざりよっ』
高級なクッションを引き千切りながら叫ぶエミリアが満足するまで、ティメアはその場に立っている。
エミリアはよく父に『ルーシーをどうにかして』と頼んでいた。
しかしその願いだけは叶えることができない。
ルーシーは別棟で厳重に管理されており、限られた人物しか会うことが許されていないそうだ。
それも彼女に選ばれた人のみ。
ルーシーは王国の危機を何度も救っており、国民たちは彼女に絶対な信頼を寄せて女神として敬っているそうだ。
いくらエミリアが病を治しても聖女止まり。
最近は大金がなければエミリアに治療を受けられないそうだ。
初めて自分より上の存在が現れたことで、エミリアが何度もルーシーに接触しようとしたため警備が厳重になったそうだ。
それに加えてトリストンとルーシーは先代王妃から生まれた子どもだ。
側妃で現在の王妃の子どもがフェルナンとあって、いまだにトリストンを王太子として、フェルナンを王太子として認めていない貴族も多い。
今回はベリルバード公爵家と現王妃が無理やり彼を王太子として押し上げたのだ。
実際、トリストンは一年も表舞台に顔を出していない。
不安定な状態だが、ルーシーから何の助言がなかった。
そんな混乱の最中、魔法研究所からの招集。
魔法が使えない者を強制的に集めていると聞いて、トリストンの顔が思い浮かぶ。
そしてティメアもそこに向かわなければならないということだ。
王家直々の命令に貴族たちも従うそうだが、そもそも魔法を使えない者自体が珍しくほとんどいない。
ティメア以外にも数人いたそうだが、無事に魔法が発現したそうだ。
しかもすべて珍しい魔法で国にとって有益なものばかりらしい。
ティメアは自分の手のひらを見た。
もしも自分が魔法を見つけたのなら、どんな魔法を使えるのか。
そのことが恐ろしいのと同時に、こそばゆい感じがした。
この感情の名前がわからない。いや、もう忘れてしまったのかもしれない。
「どんな魔法が見つかったとしても関係ない。二度と公爵家の敷地はまたげないと思え」
つまり結婚したのなら二度とここには戻ってくるなということなのだろう。
心臓がうるさく音を立てる。
用済みになった。ここから出らることができる。もう解放されるのだ。
頭に駆け巡った言葉はどれも自分がずっと願っていたことなはずなのに、なぜか素直に喜べない。
ティメアがいつものように「はい」と返事をした。
結婚という事実が引っかかるが、新しい人生が始まるのかと思うと悪くない。
ティメアは父の指示通りに魔法研究所に向かうことを決めた。
結婚相手の名前すら知らないまま……。




