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無力令嬢は闇堕ちいたします~わたくしに平伏なさい~  作者: やきいもほくほく
一章

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⑥


ティメアはこの敷地内から出たこともなければ、社交界に出たこともない。



『ティメア、あなたはずっとわたくしのそばにいないとダメよ?』


『……はい』


『何があってもわたくしが優先、そうよね?』


『……はい』


『ふふっ、可哀想なてティメア』



そう繰り返し言っては、彼女は満足そうに笑っていたことを思い出す。

エミリアが必要としているから価値がある。それだけだ。


(わたしはここから出られない)


考えないようにしていた現実を突きつけられた。

まるで死刑宣告のようだ。父の言葉がティメアの首を絞めていく。



『その古い考えは捨ててください。彼女には新しい可能性がある。先日も魔法が使えないと虐げられていた貴族の令嬢が……』


『……っ、ひどいわ!』



トリストンの声を遮るようにエミリアが叫んだ。

泣きそうな顔をして、手のひらで顔を覆ってしまった。



『これ以上うちの事情に踏み込まないでいただきたい。いくらトリストン殿下であれど許せませんぞ』


『ですがベリルバード公爵……!』


『トリストン殿下、今はエミリアのことだけを考えてくださいませ』



両親は焦っているように思えた。

それはトリストンの注目がティメアに向い、エミリアが不機嫌になったことが原因のようだ。

屋敷の者たちも常にエミリアの機嫌を伺っていた。

無表情で隣にいるだけで許されるティメアはある意味、特別なのかもしれない。

彼女のわがままは隠すこともなく、どんどん助長されていた。

もう誰も……両親でも止めることができないのだろう。

  


『ティメア嬢……』



久しぶりに名前を呼ばれたティメアは虚な瞳でトリストンを見た。

彼の縋るような視線を感じていたが、ここから抜け出せないティメアに手を伸ばす選択肢はない。



『お前はさっさと下がれ』


『……はい』



ティメアはトリストンに深々と頭を下げて、すぐに後ろへ。

両親やエミリアの感情を敏感に察知して動く人形でしかない。

あまりにもぞんざいに扱われたせいか、気にかけてくれる人物がいることに気づかないふりをしていた。

そうでなければトリストンに泣いて縋ってしまいそうだったからだ。


(希望なんて抱くだけ無駄なのよ)


一歩踏み出しそうになるのを必死に押さえていた。

トリストンの腕がゆっくりと下がっていく。

エミリアはティメアが下がり、機嫌が良さそうにトリストンの腕に絡みついた。

のちに二人で国を支えていくのだろう。


だがティメアの予想に反して、トリストンとエミリアが婚約することはなかった。

エミリアもあの日からトリストンの名前を口にすることはなくなる。

その理由をティメアが詳しく知ることはない。

今でも何故か彼のことを考えると少しだけ胸が苦しくなる。


(……一体、二人の間に何が?)


程なくしてエミリアは第二王子のフェルナン・ジー・パディトムとの婚約が決まった。

彼は銀色の髪でライトブルーの瞳、氷魔法という珍しい魔法属性を持っている。


トリストンと同じで端整な顔立ちだが、どこか冷たい印象だった。

それは彼が無表情で何にも興味を持たなかったからだそうだ。

つまり心に響くものがなかった。

それに膨大な魔力ゆえに、魔法のコントロールがうまくいかなかったそうだ。

誰にも心を開かなかったフェルナンは、エミリアのおかげで凍った心が溶けたといわれているらしい。

実際、エミリアを心から愛しているのだろう。

ティメアはよく二人で幸せだというところを何度も何度も見せつけられていた。



「エミリア、今日も君は世界で一番美しいよ」


「うふふ、ありがとう。フェルナン殿下、大好きよ」


「君に相応しい男になってみせるから」


「楽しみにしているわ」



微笑み合う二人を見せつけられてもティメアの反応はない。

エミリアもすぐに飽きたのか、ティメアの前でイチャイチャすることは次第に少なくなっていく。

彼女はこちらの感情が見えることを望んでいるのだと知っている。

何の反応を示さないのはティメアなりの抵抗だった。

しばらく経つと、ある人物のことを度々思い出すようになった。

『……ティメア嬢』

唯一気になるのはトリストンのことだ。


(どうしてトリストン殿下と婚約しなかったの?)


でなければエミリアは王妃になれない。

それなのに二人で話す内容といえば、国未来についてだ。

順当に考えて、第二王子であるフェルナンが国王になることはない。

それこそトリストンがいる限りは……。


そのあとにすぐにトリストンが謎の病にかかり、魔法が使えなくなったとは屋敷中の話題だった。

エミリア付き侍女たちは『エミリアお嬢様に逆らったから……』と、言って怯えていた。


(どういう意味? エミリアがトリストン殿下に何かしたというの?)


彼女が光魔法を使い、怪我を治せることは知っていた。

水魔法や風魔法を使うトリストンに、エミリアが勝ることがあるのだろうか。

その辺りの詳しい情報はこの邸から出たことがないティメアにはまったくわからない。


──ズキリ


頭が痛くなったティメアは顔を歪めた。

最近、寝不足なのか頭が重く、頭痛に苦しむことも増えていた。


(おかしい……ちゃんと寝ているはずなのに)


トリストンは今、数年前にできた魔法研究所で療養中。

魔法に関する病気はいくつか知っている。魔法を使えなくなるのは魔力の変質や、体質による変化で一時的にコントロールが効かなくなることも。

精神的な変化などもあるようだが、詳細は公開されていない。

そのままトリストンは表に出てこなくなったらしい。


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