⑤
──そしてティメアとエミリアが十五歳になった時のこと。
平民よりもボロボロの布切れをまといエミリアの愚痴を聞き、そばにいる。
それ以外は父に押し付けられた書類を処理する日々だ。
(また税を上げるのね。こんなに散財していたら、すぐに皺寄せがくるわ)
そう思っても、ティメアは何も言わずに書類を作成するだけ。
呼び出されたときはエミリアのもとに行く。
表情はまったく動くことない。ただ時間が過ぎるのをエミリアの隣で待つだけ。
引き立て役としての仕事が終われば、あまった食事をもらい物置小屋へと戻る。
淡々と仕事をする日々。
何の反応も示さないティメアを侍女たちは中身のない人形だと言った。
深夜だけが、唯一自分を解放できる場所だ。
月明かりを見つめながら考えている犬の鳴き声はもう聞こえない。
眠ったつもりはないのに、気づいたら朝になることもしばしばだ。
地下牢にいる時から、夜中の記憶がないことがあるが、もうどうでもいいことだった。
(もう……どうでもいい)
この地獄から逃げ出す方法は〝死〟のみだ。
今日、本邸では豪華な誕生日パーティーが開かれていた。
国中から貴族たちがエミリアを祝いにやってくる。
そこでエミリアは召喚獣を紹介した。
十二歳の誕生日に一度だけ召喚するチャンスがあるそうだ。
召喚獣が主人を選ぶため、相応しくないと判断されると現れることはない。
つまり魔法を召喚獣に認められなければ現れないといい、見栄で生きている貴族たちにはぴったりだった。
エミリアの召喚獣、それが有翼のユニコーンだった。
過去にユニコーンは召喚されたことがあり、それも光魔法を持つものだったそう。
角には毒や汚れた水を清める効果があり、非常に獰猛。
だが処女の懐に抱かれて大人しくなるそうだ。
真っ白な体は光の当たり具合によりオーロラのように輝いていた。
エミリアは大満足で『ユニ』と名前をつけた。
ユニは何故かティメアの前で姿を現したことはない。
『魔力がなければ、召喚獣が見えないのかしら』
侍女たちに嫌味を言われたがどうでもいい。
実際、ユニは誰の前にもほとんど姿を表すことはない気高いユニコーンだった。
馬鹿にしていた侍女たちが足蹴りにされていたのには笑ってしまった。
エミリアですら扱いに苦戦するほどだ。
パディトム王国の貴族たちはユニコーン見たさに公爵邸に集まっていた。
ますますエミリアの評価が上がりだすと当然のように王族との結婚が囁かれ、王太子トリストンとの結婚が有力だった。
トリストン・ジー・パディトムは王国で国で初めて三属性を持つ。
複合を使い手で、火魔法、風魔法、もう一つは公には明かされてはいない。
国民に大人気の王太子で、その理由は透き通るようにネイビーブルーの髪と宝石のように透き通るライトグリーンの瞳の色が特徴的だ。
誰もを虜にする端整な顔立ちと物腰柔らかな対応、独特な低い声は令嬢を虜にする。
エミリアも彼との婚約を望んでいた。
毎日部屋に呼び出されては『わたくしに相応しいのはトリストン殿下だけよ』と、何度もそう聞かされていた。
ティメアは彼女の鏡のようだ。
刷り込まれるように聞かされる言葉に頷かなかったのはわずかな抵抗だった。
光魔法という特別な魔法に相応しいのはトリストンだけなのだそう。
ベリルバード公爵家も王妃を輩出できると喜んでいた。
またエミリアの思い通りになるのだと思っていた。
(エミリアの願いが叶わなかったことなどないもの)
とんとん拍子に顔合わせが決まった。
彼も婚約者候補の家を回るそうで、ベリルバード公爵邸が一番初めだそうだ。
そして公爵邸にトリストンがやってきた。
エミリアは大喜びで、今までにないほどおしゃれをして自身を飾り立てた。
ティメアは挨拶をすることもなく、早々に物置小屋へと戻ろうとしたときだ。
なんと彼は『ティメアにも挨拶をしたい』と申し出たのだ。
忌々しそうな父の顔を横目に、ティメアはトリストンに挨拶をする。
急に呼び出されたため、ドレスを着る暇もない。
トリストンに挨拶をした後、ティメアがいつものように自分の役割が終わるのを待っていた。
しかし彼の視線はこちらに注がれている。母と父がティメアを隠すように前に立った。
(服装のことを指摘されたら困るものね。格式高いベリルバード公爵家ですもの)
トリストンの顔が険しくなっていく。
彼からの視線を感じていたが、目を合わせないように意図的に逸らしていた。
『少しでいい。ティメア嬢と話をさせてくれ』
『は……?』
なんでこんな自分と話そうとするのか、その理由が気になる前に諦めてしまう。
何か心が騒めいている。ティメアほ指先がピクリと動く。
トリストンの言葉にエミリアの満面の笑みが曇る。
それを見た母が彼女を庇うように動いた。
『トリストン殿下、本日はエミリアとの顔合わせのためにいらしたのでしょう?』
『ああ、わかっている。だが……』
『トリストン殿下も知っていると思いますが、この子は魔法を使えませんわ』
『新しく魔法研究所が設立されたのは知っているだろう? どうしてティメア嬢をそちらに向かわせないのか気になっているんだ』
トリストンの表情は険しく、声には怒りを孕んでいる。
(魔法、研究所……?)
少しだけ光が覗く。そこで初めてトリストンと目が合ったような気がした。
ライトグリーンの瞳は吸い込まれてしまいそうなほどに美しい。
(綺麗……宝石みたい)
そう思っていると、さらにエミリアの機嫌が悪くなる。
『この子は恥晒しだ。ベリルバード公爵邸から出すわけにはいかない』




