④
母親から吐き捨てるように言われた言葉が、今も耳にこびりついて離れない。
ドレスを剥がすように脱がされたティメアは、訳もわからないまま地下に閉じ込められた。
罪人のような扱いを受けていた。
ろくに食べ物を与えられずに、光がまったく入らない暗闇の中で自問自答する日々。
(どうして私は生まれてきたの……? なんのために……?)
ボロ雑巾のように放置されたティメアを助けるものは誰もいない。
その時からだ。
度々、記憶がなくなることがあった。
最初は寝ているのから夢なのだと思っていた。
けれど自分が寝ている場所とは違うところに移動していることがあった。
出口の見えない日々。
たまに与えられる食事についているフォークで自らの命を断とうと考えていた時だ。
──ワンワンッ
たまに聞こえる犬の声。小窓を見るけれど犬の姿はなかった。
(今の声は……何?)
その日は犬が気になってしまい、死にたいという気持ちが薄らいでしまう。
それから何度も何度も、ティメアを慰めるように不思議と犬の鳴き声が届いた。
時折、聞こえる鳴き声が気になって仕方なかった。
記憶がなくなるのも、犬の声が聞こえるのも、きっと牢の中で気が触れたことによる妄想なのだろう。
体力も気力も限界だった頃……。
ティメアのもとにエミリアと母親がやってきた。
『まだ生きてたのね』
母親はゴミを見るような目を向けていた。
彼女たちに気づいても手を伸ばす気力もなく、ただ見つめていた。
(つらい……くるしい……)
もう手に入らないのなら、何も見たくはない。
絶望したティメアは無意識下で自ら命を断つ選択をする。
どんなに愛されようとしても、魔法がなければ誰もティメアを見てくれない。
食事とともに置かれていた古びたフォークが手元にあった。
(どんなに努力しても魔法を使えなければ無駄……わたしは必要ない人間なんだ)
ティメアは喉元にフォークを突き刺した。
(……やっと解放される)
次は王女以外に生まれ変われたら……そう思っていたのに。
目が覚めたら明るく白い天井が目に入った。
天国に行けたのではないか、ティメアがやっとの解放に笑みを浮かべた時だ。
『──ティメアッ!』
誰かに抱きしめられると首に感じる痛み。
エミリアの薄ピンク色の目とあった瞬間にゾッとした。
それよりも驚くのは、自分が生きているということだった。
(なんで……私は死んだはずなのに!)
もう何もかもどうでもよかったはずなのに、怒りの感情が湧き上がってくる。
エミリアはティメアの名前を呼びながら涙を流している。
震えが止まらなかった。襲いくる現実に気がつきたくなかったからだ。
『わたくしが魔法を使わなかったら、あなたは死んでいたのよ……!? まさかこんなことになっていたなんて』
どうやらエミリアの光魔法のせいで死ぬこともできずに、生きながらえてしまったらしい。
今、楽になれたらどんなに幸せだっただろうか。
彼女の腕を振り払いたくて仕方なかった。
『お父様とお母様もやりすぎよ! 地下牢に閉じ込めるなんてひどすぎる! わたくしはティメアがいないと……っ!』
力強く抱きしめられて骨が軋む。ティメアは遠くを見ながら三人の会話を聞いていた。
『お前が死んではエミリアの評判に関わる!』
『これで反省したのなら、二度とエミリアに迷惑をかけないで』
散々罵られた結果、エミリアの希望により生かされることなやなる。
死ぬことすら許されないのなら、どこに逃げればいいのだろう。
ティメアはそっと首に触れる。傷は完全には治ってはいないようだ。
まだまだ彼女の力は未完全らしいが、今回のことで光魔法の偉大さを知れたと喜んでいた。
光魔法は怪我や病は治ってしまう。即死しなければならなかった。
しかし弱りきった自分の力では、致命的な傷を与えるには至らなかったらしい。
『これであなたはわたくしのものよ?』
耳元で聞こえた言葉に愕然とする。
目を見開いていたティメアだったが両親もやってきた。
すべて感情は地下牢に置いてきた。
もう何にも興味がない。厳しくこちらを睨みつける両親から視線を逸らす。
『エミリアに救われたんだ。これからお前の命はエミリアのものだ』
『…………』
『返事は? また閉じ込められたいか!? 魔法を使えないだけでなく、迷惑をかけるとは、この……っ!』
父に胸元を掴まれたティメアの首は力無くガクリと落ちる。
彼が殴ろうとどうでもよかった。
彼らに関わること、それこそ絶望なのだから。
『お父様、もうやめて! ティメアは私の大切な妹なんだからっ』
その言葉に耳を疑った。チラリと彼女を見ると楽しげに笑みを浮かべている。
どうやらエミリアにとって、ティメアは引き立て役として必要らしい。
彼女の操り人形にされてしまう、そう思ったが拒否権はないのだろう。
すべてを受け入れてしまえば、不思議と気持ちが軽くなった。
それからはエミリアのために動く人形になった。
エミリアの評判を上げる引き立て役だ。
魔法を使えない『無力令嬢』を支えるエミリアの評判は次々と積み上がっていく。
彼女がほしいものはティメアがそばにいるだけで簡単に手に入る。
こちらが落ちれば、自然とエミリアは上がっていく。
この頃からティメアに嫌がらせする侍女はほとんどいなくなった。
その理由はわからない。彼女たちは逃げ帰るようにして公爵邸を後にしたという。
新しい侍女が入ってきても、その繰り返しだった。




