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浄霊討魔譚  作者: 雷鳥
東京編
26/57

禁忌の残滓

禁忌を破った夜。

"やつ"が姿を現した。

ーーそして、禁忌を犯したものを抹殺しにいく…!

黒霧島と雲井は桔梗の間へと向かう。桔梗の間の扉はドス黒いオーラを放ちながら紫に変色している。


「ちょっとなんで開かないの!」

「おそらく霊が扉を封じ込めたんだ。」

「なんでそんなことをするの?」

「やつは確実に2人を処理したいんだ。だから内側から扉を封印した。」

「…ねぇ。その封印って霊のエネルギーに由来するの?」

「ああ…そうだ。」

「じゃあこれでどう!?」


雲井は扉に護符を貼り付けた。ドス黒いオーラはみるみるうちに消え、変色した扉も元の色に戻った。


「おお。やるなお前。」

「ふふん。まあね?」


黒霧島は勢いよく桔梗の間の扉を開けた。


「八尺瓊!」


そこにはしゃくちゃんの目玉に手を伸ばしている仮母女の姿があった。黒霧島は印を結ぶ。手に黒い羽のようなオーラが現れる。


「鴉!」


黒霧島は空を裂くように放出したカラスを仮母女にぶつける。


カァー…カァー…


仮母女はカラスを振り払おうと両手を振り回した。


「よし、手を離した。」

「任せて!」


雲井は護符に生のエネルギーを込めて投げつける。

その護符は仮母女の肩に当たった。黒霧島は印を結び、袖口から大量の蜘蛛を出した。そしてそれを柊哉としゃくちゃんに向かわせ、包み込ませた。


(きんも…)


黒霧島にドン引きしつつ、雲井は霊体を崩しにかかった。

「昔、この村ではある村掟があった。その村掟というのは表面上は少子化対策だったけど、実情は女性を物のように扱い、散々使い古した後は目を潰してしまうという人権もクソもないような村掟だった。そんな村掟のせいで人生がめちゃくちゃにされた女性達の怨恨、それがあんたの霊体よ!」


仮母女の霊体にノイズが走る。実体が崩れる。仮母女の動きが止まった。


「隙だらけよ!」


雲井は護符を仮母女に直接貼り付けた。仮母女は塵になって消えた。


「終わった…」

「いや、まだ油断するな。」



その時襖の方から声がした。


「おきゃくさまー…どうなさいましたか…」


この声は4人の接客をしていた番頭の声だった。襖が開く。そこにあったのは長い髪の毛だった。

2人の背筋が凍りついた。さっき浄霊したはずの仮母女の姿がそこにはあった。


「ちょっと…どういうこと!?」

「やはりそうだったか…良く考えれば最初からおかしかった。」

「それを早く言いなさいよ。」

「言ったぞ。」

「え?うそん。」

「まじまじ」



少しして脱衣所の方からも音がする。濡れた足跡はこちらに近づいてくる。雲井は後ろを振り返った。

そこにもまた仮母女の姿があった。


「2人もいるなんて…!」

「さあ…ほんとうにそうでしょうか…」


脱衣所の方の仮母女がそう言った。鏡の中から髪の毛が出てきた。その中からゆっくりと姿を現した。


「まじで?」

「まじですまじです。」


部屋の温度は冬の雪山のように凍え切っていた。雲井は静かに護符を投げつけた。仮母女は塵となって消えた。


「一人一人はそんなすぐに浄霊できるみたいね。」

「ああ、だがこの量だ。大変だぞ。」


黒霧島は印を結び、手に這い回るような感覚に侵されながら袖口から蜘蛛の大群を出した。


蜘蛛達は仮母女を一体ずつ浄霊していく。しかし、仮母女は山水のように湧き出てくる。浴場の温泉の中からぞろぞろと脱衣所に向かってくる仮母女の大群が見えた。


「やっば…」


そんな時、柊哉が目を覚ました。


「な…なんだこれ!」

「あんた、動けんの?」

「う…動けない。」


柊哉は仮母女がかけた金縛りの術によって身動きが取れない。


「はあ〜…仕方ないわね。」


雲井は柊哉に護符を貼り付けて術を解いた。


「ありがとう。」

「あんたはしゃくちゃんを守ってなさい!」

「あいよ。」


黒霧島は前方から来る仮母女を一体ずつ浄霊していた。


「こいつら、いつまでかかるんだ?」


襖から出てきた仮母女を浄霊しても、また鏡の中、畳の濡れた足跡の中から出てくる。


「こんなのキリがないぞ…」

「あんた、ちょっと手貸せる?」

「無理だ。」

「そう、じゃあ八尺瓊に頼むわ。」

「八尺瓊が目を覚ましたのか?」

「そうだけど?」

「仮母女だが、こんなに出てくるのには多分カラクリがある。これをあいつにも伝えてくれ。」

「しょうがないわね。」


雲井は柊哉にも同じこと伝えた。


「カラクリ…?」

「そうらしいわ。」

「ところであんた、手貸しなさい。」

「なんで?」

「コックリさんを呼ぶ。」

「今?危険だよ?」

「守って貰えばいいの。」


黒霧島の方を見ながらそう言った。


「ったく…やればいいんだろ。」


黒霧島は再度印を結び、手に這い回るような感覚に侵されながら、蜘蛛を袖口から出した。その蜘蛛は黒霧島の形を模った。その蜘蛛達に守られながら2人はコックリさんを始めた。


「「コックリさん、コックリさん。おいでください。もしおいでになられたらはいにお進みください。」」


10円玉は"はい"に移動した。


「コックリさんコックリさん。力を貸してください。」


10円玉は動き出した。



「え?山奥の温泉宿ですけど…術者の位置情報って特定してるんじゃないんですか?」


10円玉は動き出した。



雲井には嫌な予感がよぎった。


「とにかくそこに来てくれませんか?宿があるはずです。」


10円玉は動き出した。



雲井の悪い予感は的中した。


「すみません。終わります。」


雲井は10円玉から指を離した。


「ちょっと、どうすんの?」


柊哉が雲井を問い詰めた。


「黙ってなさい!」


柊哉は黙って浴衣を着た。しゃくちゃんにも浴衣を着せた。そして、雲井の護符を一枚盗んでしゃくちゃんに貼り付けた。


「あんた何してんの?」

「ごめん。よく考えたらしゃくちゃんにも術がかかってるかなって。」


しゃくちゃんは目を覚ました。


「え?…なに?」

「目覚めたか?」

「ねえあんた達、刃物ってないかしら。」

「刃物なんてないぞ。」

「そう…」


雲井が残念そうな顔をする。


「でも、刃物っぽいものならあるぞ。」

「なに?」

「やつの爪だよ。」

「爪…一か八かやってみるしかないか…」


雲井は懐からテディベアを取り出した。


「な、何をするの…?」


雲井は適当な距離を保ったテディベアを仮母女の方に向けた。


「むずかしい…」


仮母女の爪が自分に当たらないようにしながらテディベアの腹を爪で裂かせるのは至難の業だ。


「私たちも加勢する?」

「当たり前だ。いくぞ!」


柊哉としゃくちゃんも仮母女の大群に立ち向かう。


雲井はやっとの思いでテディベアの腹を裂かせることに成功した。雲井はさっと脱衣所に行き、テディベアから綿を取り出した。次に袋から自分の爪・米を取り出して入れた。そしてテディベアの裂けた腹を赤い糸で縫った。風呂桶に水を溜めて、


「最初はゆいが鬼だから。」


そういうと、風呂桶にテディベアを入れて桔梗の間に帰ってきた。


「何してたんだよ?」

「"ひとりかくれんぼ"よ。」

「なんで急に…」

「八尺瓊、私たちは仮母女の境界に入っているの。」

「それはそうだろ。この部屋の結界を壊して入ったんだから。」


遠くから黒霧島が言った。


「違うのよ。仮母女の境界というのはこの部屋のことじゃなくて、"この村"全体が仮母女の境界なの。」

「村全体だって?」

「そうか…この村に来た時点で既に境界を跨いでいたという訳か。」

「そう、だからこの境界を崩壊させないと私たちは助からないの。」

「でも、なんでそう言えるんだ?」


柊哉が雲井に質問する。


「"コックリさん"よ。私たちとコックリさんの情報では齟齬があった。それは、コックリさんと私たちで見てる世界が全く違うからよ。」

「なるほど…」

「で、ここからが私の作戦。私は今ひとりかくれんぼをしている。」

「!?」


黒霧島が驚愕した。


「鬼を交代するタイミングで急いでこの宿を出る。」

「そうするとどうなるんだ?」

「殺戮兵器と化した鬼がなりふり構わず私を探す。つまり、宿の仮母女は一網打尽ということよ。」

「それ、大丈夫なのか?」

「正直この作戦は賭けに等しいわ。」

「そんな作戦だめだ。今すぐにやめろ。」


黒霧島は雲井に強く言った。


「あんた、仲間を信じないの?」

「は?」

「これはあんたが柊哉に言った言葉よ。」

「……わかった。早く鬼を変われ。」

「最初からそう言えばいいのよ。」


雲井は浴場に戻り爪をテディベアに突き立てて言う。


「次はまるちゃんか鬼だから」


雲井は急いで桔梗の間に戻ってきた。


「急いで外に出るわよ。」


4人は仮母女の大群の隙間をするすると避けて宿の外に出た。


宿の外にも仮母女が大量にいた。


「ちっ!ここにもか…」

「ちょっとあんた、何か境界を崩壊させるのないの?」

「ない。…が、思い当たる節がある。」

「なによそれ?」


雲井は黒霧島に問いかける。


「最初に行った寺覚えてるか?」

「ああ、あれね。」

「あそこに何か鍵があると思う。」

「じゃあ行きましょう。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

草安寺


「ここね。」

「ここはそうあんじです。なにかごようでしょうか」


寺の中から仮母女が出てきた。それの頭には髪の毛がなかった。


「あの坊主までもが仮母女だとは…!」

「どうする?」

「無理やり浄霊させてでも行く。」

「それはどうでしょうね…へへへ。」


地面が小刻みに揺れている。墓石の前の土から髪の毛が見えた。土が盛り上がってくる。そこから仮母女が姿を現した。


「「「「おはよーございまーす」」」」」


さらに後ろからも足音がする。


「「「すみません出家しに来たんですけど…」」」


石段からも仮母女が来た。よくみるとさっき塵になったはずの仮母女もいる。


「くそ!八方塞がりだ!」

「ここは俺が食い止める。お前達は先に境界を破壊してくれ。」

「ちょっとあんた!何考えてんの?死んだらどうすんのよ!」

「"仲間を信じろ"、お前から言われたはずだが?」

「……!」


雲井は唇を噛みつけた。


「わかったわよ。その代わり、死んだら殺すから!」

「やれるもんならな。」


「……」


黒霧島は集中した。


「蜘蛛!」


蜘蛛は黒霧島を模った。仮母女はさらに数を増やした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


雲井と柊哉、しゃくちゃんは黒霧島を置いて先に進んだ。仮母女の慟哭が後ろから聞こえてくる。


「先輩、大丈夫かなぁ…?」

「大丈夫。先輩ならきっとな。」

「これかしら?」


雲井達は禍々しいオーラを放っている石碑を見つけた。そこにきた途端、無音になった。虫の声、風の音、仮母女の慟哭も無くなった。


「この石碑、悲しいオーラを感じるよ…」


しゃくちゃんは柊哉の腕に抱きついて言った。


「ああ。俺も感じる。おそらくこれが、"仮母女の発生源"だろう。」

「これを壊せばいいのね?」

「どうやって壊すんだ?」

「「……」」


3人に静寂が訪れた。誰一人として石碑を壊す術を持っていないようだったからだ。そんな静寂をしゃくちゃんが破った。


「わたしなら…いけるかも。」

「え?どうやるの?」

「柊哉ごめんね。またわたしの力を使うことになるけど…」

「いいんだ。今はここから出ることが先決だ。使ってくれ。」

「わかった…」

「なに?なにすんの?」

「びびんなよ?」


しゃくちゃんは力を解放した。身長は八尺まで伸び、声も男声のように低くなった。


「で…でか!」

「じゃあ…壊すね?」


しゃくちゃんは石碑を持ち上げて地面に思いっきり叩きつけた。石碑は木っ端微塵に砕け散った。


その時、あたりの空間に裂け目が出現する。その裂け目から朝日が差し込んできた。


「なに!?」



「終わったか…」


裂け目から差し込む朝日で仮母女たちは塵と化した。じきに裂け目は空間全てを包み込むほど巨大なものとなった。


仮母女の境界は崩壊し、真実の姿が顕になる。

そこには寺だったものがあった。木は朽ちており蜘蛛の巣が張り巡らされていた。


石段を降りた。そこには山を切り開いて作られたであろう町はなく、自然に還った建物だったものが寂しげに佇んでいるだけだった。


「おわ!びっくりした。急に出てこないでよ。」


そこにはコックリさんがいた。


「コックリさんありがとう。あなたのおかげであの世界の謎が解けました。」

「そうなの?よかったじゃん。」


なにも事情を知らないコックリさんは困惑している。


「じゃあね。ばいばい。」

「さようなら。」


雲井は手を振ってコックリさんを見送った。


「何してんの?」

「なんもない。」


石段から足音がする。


「先輩かな?」


柊哉と雲井は石段に目を向けた。そこには満身創痍の黒霧島がいた。


「先輩!?大丈夫ですか?」


柊哉が急いで駆け寄る。柊哉は何かを察知した。


「ちょっとあんた…なんでこんなになるまで!」


雲井が涙を浮かべながら急いで近づいた。


「雲井…悪かったな…約束が守れないで…」

「喋っちゃダメ!」

「雲井…最期に一つだけ…態度悪くて悪かったな…」

「今が1番悪いわよ…ばかぁ…」


雲井は黒霧島を抱きしめ、そして泣き声を混ぜた声で言った。黒霧島の頬には雨が降ってきた。

現在、天気は快晴である。じきに黒霧島の呼吸が少なくなってく。その度に雲井は泣いていた。


石段からもう一人降りてきた。


「うわっ!怪我人だ!早く救急車を!」

「おい!そこの憑霊使い!救急車を呼べ!」

「……へっ?」


雲井は泣き声まじりに困惑した。目の前で死んでいるはずの男が目の前で救急車を呼ぼうとしているからだ。


「なんで…あんたがここにいるの?」


雲井が抱きしめていた黒霧島は蜘蛛になって分散した。


「ぷっ…バカなガキが1匹騙されたな。」


黒霧島は口角を上げていった。柊哉は黒霧島に近づいた。


「いやー先輩も酷いことするんですね〜。」

「いやいや、こんくらいなんとも…」


雲井は話している黒霧島に近寄って抱きついた。

黒霧島は尻餅をついて地面に座り込んだ。


「もう!ばかあ!なんでこんなことするの!」


雲井は涙で顔面がぐしゃぐしゃになりながら言った。


「ほんとに死んじゃったかと思って…わたし…!」

「まさかあんなのに騙されるとは思わなかったぞ。」

「うるさい!ばかあ!」

「わかったから。早く離れろよ。」


涙で濡れた袖口で雲井を振り払おうとする。しかし、雲井は全然離れないようだ。


「おいお前ら、こいつどうにかしろ。」

「あらやだ奥さん。熱々ですわね。」

「そうですね〜。新婚さんかしら?」


柊哉としゃくちゃんは黒霧島を揶揄うように言った。


「さーて、帰りますよ。車お願いします。」

「おい待て、まずはこいつをなんとかしろよ。」


雲井はなかなか黒霧島から離れようとはしなかった。


黒霧島は雲井を引きずって車に戻る。その途中に村を少しだけ見渡した。聞き込みをしたはずの寺、泊まったはずの宿、見たはずの民家、悉く朽ちていた。


「俺たちは、過去に迷い込んだのか…?」


やっとの思いで車についた。泣き疲れて寝ていた雲井を後部座席に寝かさせて、車にエンジンをかけた。

車のリアガラスの手形には水分が付着していた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

海鳥の宿跡


そこに温泉はなく、朽ち果てた建物だけが寂しげに聳え立っていた。


〜秋桜の間〜


そこには泊まっていたまま人が消えてしまったような部屋があった。


「服もそのまま、飲み物もそのまま、誰か泊まってたまま時間が経過したみたいだな…」


そこには雲井と黒霧島の着替えが朽ちた状態で置いてある。


「…ここにはないか。じゃあ隣だな。」


〜桔梗の間〜


秋桜の間と同じように着替え、飲み物が朽ちた状態で置いてある。まるでさっきまで人が泊まっていたかのように。秋桜の間と違うのは布団が敷いてあることくらいだ。


「ここもか。なんだよこの宿は。」


〜桔梗の間・浴場〜


朽ち果てた籠が散乱した脱衣所を抜けて浴場が構えている。そこには朽ち果てた風呂桶の中にボロボロのテディベアがあった。そのテディベアには赤い糸で結った跡があった。


「へぇーこれが"ひとりかくれんぼ"の依代か。」


男はそのテディベアを回収した。

ーー能面をつけ、黒いバケツハットを被った男である。


テディベアの結った腹から水滴が垂れてきた。

なんか源氏物語で仮母女みたいなやつあったよな。

"光源氏が行為後、寝ていたら隣で一緒に行為してた女の子が殺された"みたいなやつ。

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