Lv.97 温泉調査
[Ⅰ]
仕入れから帰ってきた俺達は、ラティに案内され、宿の1階にある温泉浴場へと向かった。
(久しぶりに温泉に入れるな……今日は湯船にドップリとつかって、ゆっくりしよう)
通路を進んでゆくとT字路が現れる。
ラティがそこで俺達に振り向いた。
「この先が温泉浴場や」
前方に目を向けると、T字路となった通路突き当たりの壁に、この国の文字で、男湯と女湯と書かれていた。
混浴を少し期待していたところだが、さすがにそんなうまい話は無いようだ。残念……。
アーシャさんがそこで俺に振り返った。
「ではコタローさんにレイスさん、私達はこちらですので、ここで。もし貴方がたが先に上がられたならば、部屋で待っていてください」
「わかりました。そうさせてもらいます。じゃあ、またあとで」
「ええ、またあとで」
そして、女性3人組は、女湯へと歩み始めたのであった。
3人を見送ったところで、俺はラティに礼を言っておく事にした。
「ラティ、ありがとうな。わざわざ、案内してくれて。お陰で助かったよ」
「ええんや。気にせんといてくれ」
「さて、それじゃあレイスさん。俺達もゆっくりと疲れを癒すことにしますか」
「ああ」
俺達も男湯に向かって歩き出す。
「あッ、ちょっと待った、コタロー。そういえば……言い忘れた事があったわ」
ラティが俺を呼び止めた。
「ん? なんだ、言い忘れた事って?」
するとラティは、レイスさんをチラ見し、少し言いにくそうに話し始めたのだ。
「これはな……ワイ自身の相談事やさかい、コタローだけに話したいんやが、ええやろか?」
「じゃあ、コタローさん。私は先に行っているよ」
ラティの様子を見て、レイスさんは気を利かしてくれたみたいである。
「ええ、後から行きます」
レイスさんがいなくなったところで、ラティはニヤニヤしながら、小声で話しかけてきた。
「コタロー……大きな声では言えんのやけどな。ワイ、エエ場所を知っとるんや。今からそこに行かへんか?」
俺もつられて小声で訊き返す。
「は? なんだよ、エエ場所って?」
「そんなん決まっとるがな。女湯が覗けるところや。超穴場やでぇ。今から行けば、アーシャねぇちゃんや、シェーラさんの裸も拝めるかもしれんで。どや?」
「な!?」
俺は思わず周囲をキョロキョロと見回した。
そして、誰もいないのを確認したところで、俺はラティに言ったのである。
「な、何を言ってんだよ、お前は……。お、俺にそんな性癖は無いぞ。お前は俺をそういう奴だと思っていたのか」
とはいうものの、内心、覗きたかったのは言うまでもない。
俺も男だから、こればかりは仕方がないのだ。
「あれ、変やな……コタローはそうなんか?」
「へ、変って……何がだ?」
「コタロー達のような種族のオスは、若いメスの裸見るのがごっつい好きやって聞いてたんやけどな……。まぁええわ。ほんじゃ、ワイだけで見てくるわ」
ラティはそう言って、くるりと反対方向に向きを変える。
俺は思わずラティを呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待て!」
「なんや。コタローは、行かんのやろ?」
「バートンのお前が、人間の女の裸なんか見て面白いのか?」
「おもろいっつーか、なんやろな、この気持ち……とりあえず、何かを制した気分になるんやわ。まぁそういうわけやから、ちょっくら行って覗いてくるわ」
「ま、待て! い、行かないとは言っていないぞ」
「ほな、行くか?」
思わず首を縦に振りそうになったが、とりあえず、少し確認しておく事にした。
「その前に訊いておく事がある。見つかったりはしないんだろうな?」
「勿論や。でも、木の板が腐ってるところが少しあるから、そこだけは注意せなあかんけどな」
「そこにだけ注意すればいいんだな?」
「せや」
俺は次に、一番の疑問点を問いかけた。
「じゃあ、もう1つ。ズバリ訊くけどさ、なぜ、俺にこんな誘いをしてきたんだ。何か下心があるのか?」
「下心なんてないって。ワイはコタローと友達になりたいから、お近づきの印にと思うて、この話を持ってきたんや。ワイはコタローの事、ごっつい気に入ってるんやで」
多少、野心的なモノが見え隠れする言い方だったが、なんとなく嘘は言ってない気がした。
7割ぐらいは信用してもいいのかもしれない。
「で、どないする? 行くか? ホンマは好きなんやろ? アーシャねぇちゃんはともかく、シェーラさんはええ身体しとるでぇ、見る価値ありや」
「そうだな……」
俺は目を閉じ、アーシャさんの裸体とシェーラさんの裸体を想像した。
彼女達の一糸まとわぬあられもない美しい姿が、俺の脳裏に展開される。
(小ぶりなお椀型のチッパイと、やや張りのある豊かなオッパイ……見るべきか、スルーすべきか……)
どうしようか悩むところだ。が、しかし!
ここはラティと友好を深めておいた方がいいと考え、俺は暗黒面の誘いにホイホイと乗る事にしたのである。
というわけで……。
「ゆこう」
「ゆこう」
そういうことになったのだ。
[Ⅱ]
俺はウルザの2階にある、とある部屋へとラティに案内された。
そこは、この宿の物置のようで、室内には毛布やシーツみたいな寝具類が沢山積まれていた。
要するに、関係者以外立ち入り禁止の部屋というわけである。
それはさておき、部屋の中に入ったところで、ラティが小声で俺に囁いた。
「奥の壁にある窓から女湯の屋根に出られるんや。せやさかい、女湯はもう、目と鼻の先やで」
「うむ。苦しゅうない。ではラティ隊長、よろしく頼む」
「ハッ! コタロー将軍! こちらになります」
ラティも俺の口調に合わせてきた。中々、ノリの良い奴みたいだ。
部屋の中に入ったラティは奥へと進み、木製の窓の前へと俺を案内してくれた。
窓は押上げタイプのようで、今は閉め切った状態である。
「では将軍、暫しお待ちを」
ラティはそう言って、物音立てず、そっと窓を押し開けた。
すると次の瞬間、夕日に照らされるルーヴェラの街並みが、俺の視界に入ってきたのである。
それは夕日が沈む前の美しい光景であった。思わず、見入ってしまうくらいに……。
この美しい光景を見た所為か、一瞬、俺の中に罪悪感のようなモノが芽生えてきた。
(何やってんだろ、俺……こんな事をしていていいのだろうか……ああ、もう!)
俺はそこで頭を振り、雑念をなんとか振り払った。
(ええい! こうなった以上、もはや後には引けぬわッ! 男子たるもの、一度決めた事はそれに邁進するのみじゃ! 今はすべき事に集中せねばならんのじゃぁ! 我が生涯に一片の悔いなしじゃァァァ!)
とまぁそんなわけで、覚悟を決めた俺は窓からソッと顔を覗かせ、とりあえず、周囲の確認をすることにした。
すると窓の桟から50cm程下がった所の壁から、1階部分の屋根が伸びているのが俺の視界に入ってきたのである。
屋根の形状は、東屋とかでよく見掛ける四角錐型で、茶色の木板を鎧張りにしてあるタイプのモノであった。
結構面積も大きく、パッと見でも100㎡くらいありそうな感じだ。
「将軍、この下が女湯になりますが、ここからは少し足元に気を付けて進む必要があります。なるべくならば、屋根の上側を歩いて頂きたいのであります」
「ほほう。……して、そのわけは?」
キリッとしながらラティは告げた。
「実は、こちら側の浴場は日当たりが悪い事もあって、屋根が少し腐りかけている所があるのでございます。しかし、そこを注意さえすれば、素晴らしい光景をお見せする事が出来ると、私は約束します」
「屋根が腐っているとな……。確かにそれは注意せねばならぬ。だが、隊長……外は夕暮れ時とはいえ、まだ若干明るい。上の方だと少し目立たないか?」
これは当然の疑問であった。
ラティはウインクする。
「将軍、それについてはご安心を。一度、窓から降りて周囲をご確認ください」
「うむ」
俺は物音をたてないよう注意しながら女湯の屋根の上に降り立ち、周囲をゆっくりと見回した。
(おお、これは!?)
すると、なんと驚いた事に、周囲には背の高い浴場の柵がバリケードのように張り巡らされており、それが死角になって、下からこちらは見る事が出来ない仕様となっていたのである。
それだけではない。
もう1つ驚くべき事実があったのだ。
それはなんと、宿の壁には窓が1つしかないという事であった。
そうなのである……今、我々が潜った窓だけが、ここに来るための唯一の道なのである。
つまりッ!
今の俺達の姿は、空飛ぶ鳥ぐらいしか見ることが出来ないのだ。
「コタロー将軍、いかがでございましょうか。これならば、心行くまで、覗きが出来まっせ……じゃなかった。出来ると思われます。それに、今出てきたこの窓は換気用ですので、閉めてしまえば、もはや我々がここにいるなどとは、誰も思いませぬでしょう」
「確かに、そなたの言うとおりだ。ここならばじっくりと堪能できよう。つーわけで、ラティ隊長、そろそろ目的地へと出発しようぞ」
「畏まりました、将軍。では、私の後について来てください」
「うむ」
ラティは移動を開始する。
俺は忍び足でラティに続いた。
程なくしてラティは立ち止まり、俺に振り向いた。
「コタロー将軍、こちらです。この少し窪んだ所に小さな穴が開いておりまして、そこから美しい下界の様子が見渡せるのです」
「うむ。案内、ご苦労であった。後で褒美を遣わすぞ」
俺は喜び勇んで一歩足を前に出した。
だがそこで、ラティは俺を呼び止めたのである。
「将軍、お待ちください。その前に1つ、言っておかなければならない事があるのです」
「言っておかなければならない事とな? して、それはなんであろうか?」
「実は、この窪みの下側は温泉の湿気の影響で、かなり脆くなっておりますので、窪みの上側から覗かれた方が良いかと思われます」
「ほう、例のやつだな。しかし……上側からとな……」
俺は窪みの下側に目を向ける。
すると、ラティの言ったとおり、窪みの周辺やその下側にある板は、少し黒ずんで瑞々しい色をしていた。
本当に湿気で腐っているような感じだ。
ここは確かに注意が必要である。
つーわけで、俺は暫し考える事にした。
(むぅ……窪みの上からだと屋根の傾斜と重力の影響で、相当苦しい前屈み体勢での見学になるのは必至。いや、恐らく、体勢を維持するのが精一杯で、見学どころではないだろう。何か良い方法はないだろうか……。何か良い方法は……ハッ!?)
その時であった。
俺の脳裏に、ある道具が過ぎったのである。
ちなみにそれは、昨日手に入れたあのアイテムの事であった。
そう……魔導の手である。
使うなら今でしょ、てなもんだ。
「ふむ、なるほど。では、隊長の忠告には従うとしよう」
というわけで、俺は早速、魔導の手に魔力を向かわせ、屋根の天辺に見えない手を伸ばし、それを命綱のように使いながら、窪みへと近づいた。
窪みの手前にやって来た俺は、そこから更に近づく為に、足を一歩前へと踏み出す。
だが、その刹那ッ!
―― ズルッ ――
ななな、なんとッ!
バナナの皮の上に足を乗せたかの如く、ズルリと俺の足は滑ってしまったのだ。
そしてあろうことか、俺は体勢を維持する為に、窪みへと足を乗せてしまったのである。
その直後、メシッという板の割れる音と共に、俺の右足は屋根板を踏み抜いた。
(ヤ、ヤバッ!)
俺は慌てて、屋根の下側に手を付き、足を引き抜こうとする。
だがしかし!
それがいけなかった。
それが、事態をさらに悪化させてしまったのだ。
なぜなら、脆い下側に体重をかけてしまった為に、今度は下側の板からもメシメシという音がし始め、最後にはバキバキという音を立てながら、板が割れてしまったからだ。
こうなると後はもう、絶体絶命の最悪な展開が待つのみ。
「しょ、しょしょしょ、将軍ッ!」
ラティの慌てる声も聞こえてくる。
そして次の瞬間、俺の身体は万有引力の法則に従い、下界へと落ち始めたのであった。
(あわわわッ! おッ、落ちるゥゥゥ!)
だが、しかしぃッ!
この時の俺は冷静であった。
すぐさま魔導の手に意識を向かわせて、魔力をマキシマムに籠め、俺は宿の屋根に向かって見えない手を伸ばしたのである。
そして、自分の身体を引き上げるような形で、一気に地上20mの高さへと飛び上がったのだ。
無我夢中であった。
もはや、あれこれ考えている場合ではなかった。
そして、魔導の手を使って一気に宿の屋上へ飛んだ俺は、への字になった屋根の天辺にしがみ付き、「ゼェゼェ」と息を荒くしながら、ホッと胸を撫で下ろしたのである。
(な、なんとか危機を脱することが出来た……よかったぁ……魔導の手を持ってて)
下からはガヤガヤと騒ぐ、慌ただしい声が聞こえてきた。
恐らく、俺が踏み抜いた屋根の破片が、浴場に降り注いだからに違いない。
最悪である。
程なくして、ラティがこちらへとやってきた。
するとラティは敬礼をするかのように片側の翼を曲げ、キリッとした仕草で俺に告げたのであった。
「将軍! ワイは貴方の命がけの行動に敬意を表しますッ。というか、あないな風に飛んだ人、初めて見ましたッ!」
「と、飛びたくて飛んだんじゃないわ!」
そして俺は思ったのだ。
あまりアホなことはするもんじゃないな、と……。
[Ⅲ]
想定外の事態になった為、俺は女湯見学を諦め、温泉へと向かう事にした。
その道中、ラティが俺に謝ってくる。
「コタロー、ごめんな……。足元がヌルヌルになってるのは、予想外やったんや。勘忍してや」
ラティはショボンと目尻を下げた。
この様子を見る限りだと、悪気はないのだろう。
「いや……まぁあれは、俺も注意不足やったわ。良く考えたら、木が腐っている状態だというのを忘れていたよ。不用意に足を乗せた俺も悪いから気にすんな」
そう、木が湿気て腐っている場合は、殆どの場合、ヌルヌルなのである。
某総合格闘技の試合でもあったが、ヌルヌルでは捕まえる事すらままならないのだ。
「そ、そうか。ほんなら、ええわ。今度また、埋め合わせはちゃんとするさかいな」
「いいって別に。そんなに気にすんなよ。ン……あれは」
俺はそこで前方に目を凝らした。
なぜなら、温泉の入り口付近に人だかりができていたからである。
しかも、何やら物々しい様相となっていた。
「もしかすると、さっきのやつかもしれへんなぁ。コタロー、ここは知らんふりしとこうな」
「ああ、そうしよう」
俺とラティは、何食わぬ顔でそこへと向かった。
すると近づくにつれ、なにやら緊迫した声が聞こえてきたのである。
「おい、しっかりしろ!」
「ゲイル! アンザ! ヒュイ! 返事をして!」
どこかで聞いた声であった。
俺は近くにいる野次馬のオッサンに、白々しく訊いてみる事にした。
「あの、何かあったんですか?」
「ン? ああ、なんか知らんが、温泉の屋根が落ちてきて、下にいた客に直撃したんだそうだ」
「ほ、本当ですか!?」
「なんやてッ」
それを聞いた俺とラティは、人ごみを掻き分け、負傷者の所へと急いで向かった。
俺達の所為で女性に怪我を負わせてしまったかと思うと、いてもたってもいられなかったからである。
それにもしかすると、アーシャさんやイアちゃん達に被害が及んでいるかも知れないのだ。
程なくして負傷者の所へ辿り着いた俺は、そこで意外な者達の姿を見る事となった。
するとなんと、床には、腰にタオルを巻いて股間を隠した素っ裸の若い男が3人倒れており、またその傍には、彼等を介抱する3人の若い男女の姿があったのだ。
俺はこの者達を知っていた。
「テト君達じゃないかッ」
「あ、コタローさん」
「どうしたんだ、一体?」
倒れている3人と同様、素っ裸で腰にタオルを巻いたテト君は、困ったように話し始めた。
「そ、それがですね、突然、屋根が崩れてきて、この3人に破片が直撃したんです。戦いの傷を癒そうとこの宿に決めたのですが、まさか、こんな事になるとは……」
俺はそれを聞き、顎が外れそうになるほど、口をあんぐりと開けた。
それからラティに詰め寄り、小声で捲し立てたのである。
「ど、どういう事だよ。俺が覗こうとしてたのは男湯だったのか! どうなんだよ」
ラティは目を泳がせた。
「そ、そういえば、あの場所……今日は男湯の日やったんや。5日おきに変更されるの忘れてたわ」
俺は脳内で叫んだ。
何じゃそりゃァァァァァ! と……。
そして、俺は脳内で、彼等に謝罪したのである。
すまん、と……。




