Lv.93 バートン
[Ⅰ]
ガルテナを発ってから3時間ばかり経過すると、前方に、広大な緑の平原が見えてくるようになった。
地図で確認すると、どうやら、あれがバルドア大平原のようだ。
モルドの谷を抜けた俺達は、そのままバルドア大平原に伸びる街道を真っ直ぐと北に進み続ける。
今まで少し閉鎖的な山の中にいた所為か、このバルドア大平原は凄く解放された気分になるところであった。
馬車の中から周囲をグルリと見回すと、果てしなく広がる平坦な緑の草原と、そこにポツンポツンと点在する林に加え、遠くに舞う鳥達の姿が視界に入ってくる。
そして、時折吹く心地よい風が、穏やかな大海原の波のように、草原を優しく靡かせるのだ。
それは美しい光景だが、どことなく夏の北海道に広がる牧草地帯のようにも見える。
その所為か、そこまでの感動は湧いてこない。
どちらかと言うと、懐かしさのようなものを感じさせる光景であった。
日本でもよく見かける風景なので、そう感じるのだろう。
まぁとりあえず、バルドア大平原はそんな感じの所である。
*
話は変わるが、このバルドア大平原からはマール地方でなくバルドア地方と呼ばれる地域になる。
この地を治める太守はイシュマリア八支族の1つであるラインヴェルス家が担っているそうで、このバルドア地方最大の都市であるバルドラントという街にて、執政を行っているようである。
そんなわけで、必然的にアレサンドラ家の管轄外になる地域なのだが、境となる部分に関所のようなものはない。
多分、そういった物が必要ない統治方法をしているのだろう。
ちなみにだが、イシュマリア国には地方が九つあり、それらは八支族とイシュマリア王家によって分割統治されているそうである。
各地域の統治形態は中世の欧州や日本でも見られる封建制度のようだが、統治する者が神の御子イシュマリアの血族ということもあり、この国では統治者による戦乱の歴史とかはあまりないそうだ。
とはいっても領地間における多少のいざこざはあるみたいだが……。
まぁそれはともかく、王家と八支族による地方分権型の統治システムは、建国以来うまく機能しているみたいである。
つーわけで、話を戻そう。
*
バルドア大平原に入ってからというもの、俺は少し気が楽になっていた。
なぜなら、辺りには背の低い草木しかない為、非常に見通しが良く、魔物の監視がしやすいからだ。
以上の事から、俺は少しだけ緊張を解き、肩の力を抜いて周囲の警戒に当たっている。
とはいえ、ここまでの道中、魔物との戦闘は4回ほどあった。
遭遇した魔物は、蝙蝠犬や、鬼百足、狂暴猿。姿は読んで字の如しな魔物である。
ゲームならば、序盤の敵なので、撃退するのはそれほど難しくはない。
だがしかし……王都に向かうにつれて、徐々に魔物が強くなってきているという、この事実が、精神的に重く圧し掛かってくるのである。
そして、俺は考えるのであった。
この先、一体、どんな魔物が待ち受けているのだろうかと……。
[Ⅱ]
バルドア大平原を暫く進み続けると、街道のすぐ脇に、幅100mほどの大きな河が流れている所があった。
馬の休憩がそろそろ必要だったので、俺達はそこで少し休むことにした。
俺はレイスさんとシェーラさんに馬の世話をお願いすると、馬車を降りて外に出る。
それから、両手を目一杯に広げて背伸びをした。
軽い屈伸運動をして、俺は旅の疲れを癒した。
暫くそうやって体を動かしていると、イアちゃんとアーシャさんが俺の隣にやって来た。
「コタローさんは、この辺りに来たことがあるのですか?」
「いや、初めてだよ。イアちゃん達と同じさ。アーシャさんは?」
「私も初めてですよ。ところでコタローさん、ルーヴェラまでは、あとどのくらいかわかりますか?」
「ちょっと待ってくださいね」
俺は馬車の中から地図を持ってくると、2人の前に広げた。
「地図を見る限りだと、あと暫くは進まないといけないようですね。今進んでいるアルカイム街道と、この河の位置関係を考えるに、多分、俺達はこの辺にいるんだと思います。ですから、もう半分以上は進んだようですよ。この調子だと、日が落ちる前には、今日の目的地であるルーヴェラに着けるんじゃないですかね」
今言ったアルカイム街道がルーヴェラへと続く道の名前であり、王都へと続く道の名前でもある。
ちなみにだが、アルカイムという名前は王都オヴェリウスのあるアルカイム地方へと続くことからつけられた名前のようだ。
わかりやすいネーミングである。
「では、順調に進んでいるんですね。よかったです」
「そのようですね。次の街はどんな所か楽しみです」
アーシャさんはそう言ってニコリと微笑んだ。
と、その時である。
「お~い、あんちゃん達ィ~、大変や~、向こうで大変な事が起きとるんや~」
流暢な関西弁が、俺達の頭上から小さく聞こえてきたのであった。
(ン……誰だ一体)
俺は声の聞こえた上空に視線を向ける。
そして、俺は驚きのあまり、思わず目を見開いたのだ。
「なッ、なんだありゃ!?」
そこにいたモノ……それはなんと、マーモセットのような愛らしい顔をした赤色の蝙蝠の翼を持つ魔物、バートンであった。
そのバートンは、黒い鞄をランドセルのように背負っていた。
(なんなんだ……この流暢な関西弁を喋るドラキーは……もしかしてバートン便?)
アーシャさんの声が聞こえてきた。
「あら? バートン便のバートンじゃありませんか」
「やはり、あれがバートン便なんですか……」
「ええ、間違いありません。鞄を背負った赤いバートンですから」
「赤いバートンは、書簡配達してるんでしたっけ……」
そういえば以前、ヴァロムさんがこんな事を言っていた。
遠隔地の書簡配達業務は、バートン便が良く使われているというような事を。
しかもヴァロムさん曰く、この赤いバートンは結構な距離を休みなしで飛べるだけでなく、幾つかの攻撃魔法も使えるので、危険地帯の書簡配達員みたいな事を生業としているのだそうだ。
おまけに、人と会話も出来るほど知能も高く、話の分かる魔物なので、人とも仲良く共存共栄できるそうである。
*
余談だが、貴族お抱えのバートン便もあるそうだ。
以前、ヴァロムさんに書簡を持ってきたバートンも、オルドラン家のお抱えバートンらしいので、その辺は色々と込み入った事情があるのだろう。
俺のプレイしたゲームでは敵だったが、ここでは意外にも人間社会に溶け込む種族のようである。
つーわけで、話を戻そう。
*
流暢な関西弁を喋るバートンは、馬車の屋根に降り立つと、慌てたように話し始めた。
「あ、あんちゃん達、イキナリですまんけど、この先の十字路付近で、旅の商人が魔物の集団に襲われとるんや。護衛についた冒険者だけでは多勢に無勢で手に負えんようやから、助けてやってや。お願いや! あんちゃん達、強そうやし」
さて、どうしたもんか……。
人間と共生してる魔物なので信じたいところだが、このバートンが一芝居うっている可能性も否定できない。
だが、もし本当ならば放っておくのも後味が悪いところである。
とりあえず、俺は皆の意見を聞くことにした。
「魔物かぁ……。皆、どうします?」
「かなり差し迫った状況のようですので、助けに行った方がいいのでは」
と、アーシャさん。
「ありがとう、綺麗なネェちゃん。ネェちゃんならそう言うてくれると思った。綺麗なだけじゃなくて、すごく素敵な人やわぁ。棘の無い綺麗な女の人に、こんな所で会えるなんて思わんかったわぁ。長生きはするもんやで、ほんま」
するとアーシャさんは今の言葉に気をよくしたのか、声高にこう告げたのだ。
「コタローさん、早く行きましょう! こうしてる間も、魔物に苦しんでいる方々がいるのですよ!」
中々煽てるのが上手いバートンのようだ。
とはいえ、本当ならば確かに不味い。
おびき寄せにキテる感じではないが……ここはこのバートンの言う事を信じてみるとしよう。
「レイスさん、馬の調子はどうですか?」
「もう少し休みたいところだが、事情が事情だ。仕方あるまい。行こう、コタローさん」
「じゃあ、行きますか。と、その前に……。襲っている魔物はどんな奴等なんだ? それと魔物の数は?」
敵の情報は得ておくに越したことはない。
「襲ってるのは、ごっつい百足と茶色い大猿が10数体に、ドルイドとかいう酒樽みたいな格好のけったいな奴等が8体や。キツイ敵かも知れんけど、助けてあげてぇな」
今まで遭遇した敵の特徴から、ごっつい百足はオウガピートあたりで、茶色い大猿がアングリーエイプってとこだろう。
数が多いが、その程度の魔物なら、何とかなりそうだ。
「面倒だが、仕方ない。急ごう」
「よっしゃ、そうと決まれば善は急げや。ワイについてきてぇな」




