Lv.90 密談
[Ⅰ]
執務室の前に来た俺は、扉をノックした。
程なくして、扉が静かに開き、中からティレスさんが現れた。
「待っていた。さぁ、中に入ってくれ」
「はい、では」
俺は促されるまま、執務室へと足を踏み入れる。
中はティレスさん以外誰もいない。
つまり、俺と密談をしたいという事なのだろう。
俺は応接用のソファーへとティレスさんに案内された。
そして、互いに向かい合う形でソファーに腰を下ろし、ティレスさんは見覚えのある帳面のようなモノをテーブルの上に置いたのである。
「コタロー君。これなんだけど、何か分かるかい?」
俺はそれを見た瞬間、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
なぜならば、その帳面は旅に出る前、一度目にした物だからである。
俺は恐る恐る言葉を発した。
「エ……エレンディアの酒場にある……冒険者名簿ですか」
「ああ、その通りだ。で、これをなぜ君に見せたのか……もう理由は分かっているよね?」
俺は無言で頷いた。
ティレスさんはそこで、パラパラと帳面をめくって、とあるページを広げる。
そして、そこに書かれている登録者名を指さしたのである。
「これは4日前に登録された冒険者の項目なんだけど、ここに君の名前に続いてアーシャの名前があるんだが、このアーシャはウチの妹で間違いないね?」
「はい……間違いありません」
どうやら、アーシャさんの工作は失敗に終わったようだ。
言い訳になるかもしれないが、俺は冒険者登録する時に、偽名を使っておいた方がいいと、一応、忠告はしたのである。
だが、アーシャさんは……
「大丈夫です。名前だけですから、誰も気付きませんよ」
と言って本名で登録したのだ。
その為、俺はもう少し説得しておくべきだったと、今になって後悔したのであった。
「やはりそうか……いや、俺もおかしいとは思っていたんだよ。父上が王都に向かう時、てっきり付いて行くものとばかり思っていたのに、こちらに留まったからね。そしたら、案の定だったというわけだ。俺もこれを見て驚いたよ。守護隊の人手が足らなくなってきたから、エレンディアの酒場・マルディラント店の冒険者登録名簿を取り寄せてみたら、君達の名前が書かれていたのだからね。で、これは一体どういう事なんだい? もしかして、オルドラン様からの指示なのか?」
俺はどう答えようか悩んだが、もはや弁解の余地なしと思い、正直に言う事にした。
「いえ、違います。私がヴァロムさんの件を聞いて王都へ向かおうとしたら、アーシャさんも付いて行くと言い出したんです。私も反対はしたんですが、押し切られる形になってしまい、結果的にこうなってしまいました。本当に、申し訳ありませんでした」
俺はテーブルに額がつかえるくらい、深く頭を下げ、丁寧に謝罪した。
これしかできなかった。
ティレスさんは溜息を吐いた。
「まぁそんな事だろうとは思ったよ。アーシャは言い出したら聞かないからね。おまけに、結構、根に持つ性格だしな……」
「ええ……」
俺達の間に、シーンとした重い空気が漂い始める。
この様子を見る限り、ティレスさんもアーシャさんには苦労しているのだろう。
「ま、まぁ、アレだ。それについては、とりあえず、置いておこう。今、問題なのはそこじゃないからね」
「ええ。それでどうされるのでしょうか? アーシャさんに諦めるよう説得するのでしたら、私にも責任があるので、手伝いますが」
ティレスさんはそこで目を閉じ、無言になる。
だが程なくして、予想もしない言葉が返ってきたのであった。
「いや……アーシャには引き続き、君達と共に王都へ向かって貰おうと思っている」
「えッ!? いいのですか? 今までは大丈夫でしたが、この先どうなるかわかりませんよ。魔物も多くなってきている感じですし」
「それはわかっている。しかし、漠然とだが、何か嫌な予感がするんだ。昨今、魔物の数が急激に増えているのは君も知っているとは思うが、王都の周辺ではそれ以外にも、別の現象が起きているらしいんだよ」
どうやら新たな異変が起きてるようだ。
「別の現象……」
ティレスさんは頷くと続ける。
「これは配下の者から聞いたのだが、ここ最近王都では、見た事もない強力な魔物が日に日に増えているそうなんだ。それに加え、王都は今、オルドラン様の投獄や、陛下の変貌といった今までにないおかしな事も起き始めている。だから、近いうちに何かとんでもない事が起こりそうな気がしているんだよ、俺は……」
異変のオンパレードが現れてるみたいである。
これは確実に良くない兆候だ。
「では尚更、アーシャさんが同行するのは不味いのでは?」
「そう……確かに、そんな所へアーシャを行かせるのは私も気がひける。だが何かあった場合、父上をすぐに避難させられるのは、アーシャの持つ古代の魔導器以外方法がないんだ。だからだよ」
「それならば、風の冠を他の方に……って、アーシャさんがそんな事を許す筈がないですね」
アーシャさんの性格から考えて、あれを他人に渡すというのはあり得ない事であった。
なぜなら、風の冠のお陰で、自由を手に入れたからである。
風の冠はアーシャさんの唯一無二の宝物なのだ。
「ああ、君の言うとおりだよ。アイツの性格上、あの魔導器を人に貸すなんて事は絶対ない。ましてや、取り上げてまでなんて事をしようものなら、父上がいない今、何をするかわかったものではないからな。だから、このまま君達と共に、王都へ向かってもらうのが一番手っ取り早いんだよ」
「そうですか。しかしですね、良いのですか? 旅には危険も付き纏いますし、仲間も我々だけなのですが」
「ああ、それはわかっている。だが、アーシャも風の冠の事は誰にも話したくはないだろうから、今のまま、君達と共に旅を続けてもらうのが一番いいと思うんだよ。夕食の時の様子を見る限り、アーシャも君達を信頼している感じだったからね。それにアーシャは、ラミリアンの者達にも風の冠の事を話したのだろう?」
「ええ、まぁ……」
どうやらティレスさんが俺達を夕食に誘ったのは、どんな仲間なのかを見定める為だったようだ。
これは流石に気が付かなかったところである。
「そこで、だ。本題に入ろうと思うが、今日、ここにコタロー君を呼んだのはだね、君の目から見てラミリアンの3名はどうなのかが訊きたかったからなのだよ。君はイデア神殿での時もそうだったが、物事を深く見る目を持っているからね。で、どうなんだい? 信頼できそうな者達なのか?」
俺は首を縦に振ると、イアちゃん達の素性を少しだけ話すことにした。
「はい、信頼は出来ると私は見ております。夕食の時には触れませんでしたが、実はあの3名は共に、ラミナス国の騎士であった者達なのです。ですから腕もありますし、旅慣れてもいるので、私達も非常に頼もしく思っているのですよ」
「なんだって、彼等はラミナスの騎士だったのか……なるほど、どおりで……。実は先程の晩餐の時、一介の冒険者にしては珍しく礼儀作法を心得ているなと俺も思ったのだよ。そうか……ラミナスの騎士だったのか」
イアちゃん達の素性を知り、ティレスさんも少し安心したようだ。
それはさておき、俺も幾つか気になる事があったので、それを訊ねる事にした。
「あの、ティレス様。先程、陛下の変貌と仰いましたが、どういう事なのでしょうか? 以前、エレンディアの酒場に立ち寄った時にも、そんな噂を聞いたのですが……」
その直後、ティレスさんは表情を曇らせた。
「そうだな……君にも話しておくとしよう。実はね、アムートの月に入ってすぐの頃に、こちらからイシュマリア王へ使者を送ったのだが、その時、謁見した者の話によると、陛下は二言三言答えはするものの、何を話してもまるで関心を示さず、無気力で無感動だったそうだ」
「無気力ですか……」
もしかすると、精神的な呪いをかけられてるのかも知れない。
「ああ。それから、その使者はこうも言っていた……以前、謁見した時と比べると、まるで別人のようであったと。そして、イシュマリア城にいる者達は皆、陛下の変わりように狼狽えているのだそうだ。つまり、それが今のイシュマリア王なのだよ。しかもそれに加えて、ついこの間あったオルドラン様の投獄だからね。今のオヴェリウスは、少し異常な状態なんだ。俺が父上の身を案ずるのも、そういうところからきているのさ」
俺はイシュマリア王に会った事がないので何とも言えないが、良く知る者からすると別人に思えるくらい人が変わったという事なのだろう。
「ちなみにですが、イシュマリア王がそのような感じになり始めたのはいつ頃からなんでしょうか?」
「使者の話によると、ゴーザの月に入った頃かららしい」
「という事は、我々がイデア遺跡群に行って暫くしてからですか……」
「確かにそうだが、その件はあまり関係無い気がするがな」
「そうかもしれませんが……少し気になりますね」
考えすぎなのかもしれないが、そこが少し引っ掛かるところであった。
しかし、今考えたところで答えは出ない気がした。
とりあえず、今は置いておくとしよう。
「まぁそれはそうと、コタロー君。アーシャの事をよろしく頼むよ。アイツはああ見えても、君の事を高く評価しているからね」
「勿論です。アーシャ様の事はしっかりとお守り致します」
「ああ、よろしく頼む。それとだが……これも君に渡しておくよ」
ティレスさんはそこで立ち上がり、ソファーの近くに立て掛けられた2本の剣を俺に差し出したのである。
剣は銀色の鞘に収まっており、金色の柄と十字を描くように交差する鍔の中心には、赤い宝石が埋め込まれていた。
まぁハッキリ言って、かなりカッコいい西洋風の剣であった。
だが、剣を渡された意味が分からないので、俺は訊ねた。
「ええっと……この剣は何なのでしょうか?」
「これは破魔の剣といってね、邪悪なモノを退ける力を持った魔法剣さ。その上、ギルアの魔法も籠められている。そして、我がマルディラント守護隊の精鋭が装備する武具の1つでもある。これをレイスさんとシェーラさんに君から渡しておいてもらいたい。俺もアーシャを君達に預ける以上、何もしないわけにはいかないからね」
「わかりました。2人にはそう言って渡しておきましょう」
「ああ、よろしく頼む」
その後、俺はアーシャさんに関する指示を幾つか承ったところで、執務室を後にした。
そして翌朝、俺達はガルテナへと向かい、風の帽子の力で空高く舞い上がったのである。




